第三話 乙女の私と覚悟
「私さ、決めたよ。やってみたいこと、見つかった」
今日はこれを伝えることが、目的の八十パーセントを占めていると思ってもいい。決意を誰かに語ることは、いつだって緊張する。無理だと笑われるかも知れない。その思いが消えないからだろう。でも、きっと彼女はそうしない。だってこれまで、私のダメな所を受け入れた上で、こうして様々な未来を見せてくれたのだから。だから今緊張しているのは、私の気持ちの問題だ。本当に出来るのか。無理なんじゃないか。そう思っているのは、彼女ではなく私だからだ。
「陽さん。私、ブライダル目指したい、です」
「はっ、はい。ヤダ……緊張しちゃった」
「もぉ、何で陽さんが緊張するのよ。変なの」
笑ったけれど、こうして受け入れてもらえるのは、本当に嬉しい。今までの友人とだって、きっと私が素直に接していれば出来ただろうに。この年になるまで気が付くこともなかった。あぁでも、今気付けて良かった。人生は未だ、長いはずだから。
「でもさ……仏壇屋と結婚式って真逆でしょ。大丈夫かな。嫌がられるかな」
「うぅん、どうだろう。ダメってことは絶対に無いと思うの。何かそれを活かせるような言い回しが出来れば、転職活動に有利になると思うんだ。インパクトも残るだろうし。それは考えて行こう」
「うん……」
「大丈夫、まずはやってみよう。資格とかあったりするのかな」
「あ、うん。それは調べて来たよ。これなんだけど」
自分で調べたメモを差し出す。私に出来るかは分からないけれど、やってみたい、って初めて思った。それは正反対にあるような業界で、だからこそ目を引いたのだと思う。観光よりもずっと、仕事として私には魅力的に見えた。内情は色々あるだろうが、それはどの業界だって同じだ。やってみなくちゃ分からないじゃないか。
「緋菜ちゃん、沢山調べたんだね。仕事の合間にやったの?大変だったでしょ」
「まぁね。でも自分のことだから。休憩とか使って、色々やったの」
「そっかぁ。凄いねぇ。じゃあ早速手を付けないと。尻込みしている場合じゃないものね」
「そ、そうだね」
決めたならば行動は直ぐに。悩んでいる時間が勿体ないってことかな。心の準備が出来てないけど、きっと一人になったら尻込みするのは目に見えてる。陽さんは何でもお見通しなんだ。
「学校に通う?それとも通信?」
「うぅん、それは結構悩んだんだけど。収入の面もあるし、通信で取れたらと思ってて。だからちょっと不安なんだけどね……さぼっちゃいそうで」
「何言ってるの。今の緋菜ちゃんなら大丈夫よ」
「そうかなぁ」
「大丈夫。私も確認に行くし。仕事帰りにちょっとだけ寄ることくらい出来るもの。監督者が居れば大丈夫でしょ?」
返事ではなく、お願いします、と頭を下げていた。彼女に何のメリットなどないのに、こう言ってくれる。実際にそうしてくれなくていいのだ。寄り添ってみてくれている人が居る。それだけできっと、私は頑張れる。そんな気がしている。
それから、転職に有利な試験を一緒に確認する。陽さんの目線で見ると、また違うのがあるだろうから。それに、似た資格が多くて良く分からないという不安もあった。結局は、優しいお姉さんに甘えているだけかも知れないけれど。出来そうな資格の試験日程を確認すると、それまでの大まかなプランニングをする。一日に勉強にどれくらい取れるのか。やってみないことには分からない。でも、既にワクワクし始めた私。大丈夫だ。
「先ずはこの講座申し込もう。あとは、それから……」
陽さんが率先して、計画の後押しをしてくれる。その通りに出来ないかも知れない。その不安な拭えないけれど、やってみなくちゃ分からないんだ。何度も私自身に、そう鼓舞していた。
「緋菜ちゃん。忙しくなるよ」
「うん。こんなの久しぶりだから、不安だけどね」
「そうね。でもきっと楽しいわよ。自分でやってみたいと思ったんだから。働きながらあれこれすると言うことは、きっと焦ってしまうと思うの。上手くいかないことも多い。でも、時間がかかっても良いんだよ。焦らずに、自分が理解出来るまで、時間を掛けよう。ね?」
うん、と大きく首を振って、コーヒーカップを手にした。もうすっかり冷めている。そう言えば最近は、酒量も減った。やらなくちゃいけないこと、いや、やりたいことがあって酔っている場合じゃなかったのだ。そうなると、コーヒーや紅茶何かを飲む時間が増えて。陽さんと喧嘩になった、そういう物の愉しみ方も少し興味を持ち始めたところだ。
「ねぇ、緋菜ちゃん。もう一回聞きたいんだけれど、いい?」
「何?ブライダルで良いのかってこと?」
「ううん。昌平くんのことよ」
「あぁ……うん」
さっきまでワクワクしていた自分は、何処へ消えたんだろう。不安と焦りと会いたい気持ちが、ブワッと噴き出した。
「緋菜ちゃんは、会いたいんだよね?」
「うん。本当は直ぐに会いたい」
「そうだよね。でも、自分の先をちゃんと見据えてからって言ったよね」
「うん。そうしようと思ってる」
「今、大雑把に計画を立てたけれど、どう?四月には、昌平くんに会えそう?」
うぅっと黙り込む。答えがないのだ。昌平には、ちゃんと変われた私で会いたい。今までごめんねって。今まで有難うって。ちゃんと笑って伝えたい。でも、それは……いつだろう。
「四月って言ったのは、年度の切り替えで良いかなって言う単純な話なの。緋菜ちゃんの気持ちとはまた違う。でも、ズルズル先延ばしにしちゃうのは、良くない」
「そうだよね。うん。分かる」
「今決めなくても良いんだけれどね。でも、気持ちは固めて行った方が良いかなって」
陽さんは穏やかな顔で、私を諭すように話し掛けた。彼女の言うことは、納得出来ている。まだ今じゃない。私、こんなに変われたのって、まだきっと笑えない。
じゃあいつだろう。試験が終わるまで?それとも、転職し終えるまで?そんなに時間が経ったら、ルイと結婚してしまうかも知れない。そうなったら、遅すぎて後悔する。
「四月……四月にする。先過ぎて、忘れられちゃうのも嫌だし。でも直ぐって言うのは、まだ堂々と胸を張れないから」
「うん。そっか。そうだね」
「うん。四月。細かいことは、勉強を始めてみてからにしようと思います」
「はい、分かりました。焦らないで頑張ろうね」
陽さんの微笑みに、ギュッと口を結んで頷いた。
私が決めた期限。それは始まってしまったら、あっという間だろう。先の見えない希望に、私は心躍るような不安なような、複雑な気持ちでいる。だけれど、それでも私は昌平が好きだった。意外と乙女の私は、会いたい気持ちで一杯だったりする。でも、ちゃんと見て欲しい。変われた私を知って欲しい。明るい未来じゃなかったとしても、それで良い。その覚悟だけをしっかり持って、私は陽さんに微笑み返した。
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