第四話 先輩と俺
緋菜と連絡が取れなくなってひと月。そのうち連絡が来るだろう、と高を括っていたのは何時までだったか。会えたらちゃんと話そう。そう『会えた後』のことを考えていたけれど、まさかここまでそれが困難になるとは思わなかったのである。
と言う訳で、俺は今日も悶々としていた。勿論仕事はしっかりやっているが、子供たちが帰ってしまうと一気にその間所のが流れ込んで来る。二月になっても、気持ちは何も変わらず。そして、何も出来ない日々が続いていた。日誌を書こうとパソコンを立ち上げる。古いそれの起動時間の隙間に、俺はこそこそと携帯電話を開いた。
「連絡ねぇよな……」
ちょっと見るだけだ。もしかしたら、ということだってある。そんな淡い期待を未だ持っている俺は、あからさまに落胆していた。緋菜からも、成瀬くんからも連絡は着ていない。
成瀬くんはあれから、何度か連絡を入れてくれているようだった。僕の方が気兼ねしないかも知れないから、と言って。優しい彼のことだ。きっと間を開けながら、連絡を入れてくれているのだと思う。けれど、それも良い返事は得られていない。彼もいちいち『今日もダメだった』と連絡を寄越すのに、気が引けるのだろう。その報告も、今は週に一度程度のものである。
あぁ、それにしても。何でここまで、緋菜は頑ななのだろう。成瀬くんにも反応なしと言うことは、余程機嫌を損ねたかこのまま俺たちから、フェードアウトするつもりかも。一つ不安を見つけてしまうと、それはどんどん大きく曇っていく。事の発端は、正月に俺と喧嘩をしたことが始まりだろう。その後、陽さんと喧嘩になって、それを俺は怒った。全て緋菜にしてみれば、面白くなかった訳だ。はぁぁぁ、と長い溜息を吐いてから、パソコンと向き合った。
「二月十……四日。曇り、と」
あぁ今日は世に言う、バレンタインか。緋菜は誰かにあげるのかも知れない。アイツは、きっとモテるから。言い寄って来る男はいるだろう。そう思うと、この時間がもどかしくて仕方がない。手を伸ばせば届くと思ってたのに。すぐ隣に居たのに。もっと他にやれることが、あるんじゃないか。
「また溜息吐いて。何があったの」
「あぁ、お疲れ様です。何でもないですよ。こう曇りの日って、何となくどんよりしません?」
「いやぁ……雨の方がするんじゃない?」
「まぁ、確かに」
呆れた顔をした瑠衣先生は、そんな話をすると俺にメモを差し出した。日誌に書ければ使って、と。そこには、俺の見ているクラスのことが書かれていた。教室の外での出来事を、彼女は時々こうして知らせてくれるのだ。
「いつもすみません。助かります」
「いえいえ」
自席に彼女が戻ると、俺はそれをじっくりと読んだ。自分が見ていた面と違うものが、見えているかも知れない。子供の成長を見落とさないようにはしているが、それはクラスの中だけでは分からないこともあるのだ。
「あっ……」
声を出して、俺は慌てて飲み込んだ。三枚に渡って書かれていたメモ。その一番最後に、『今夜空いてる?』と書かれていたからだ。空いてはいるが、それをここで話すわけにもいかないか。携帯を手にして、ササッと瑠衣先生に送った。空いてますよ、とだけ、簡単に。
見渡せば、いつも話をしているような先生たちが大人しい。早く帰りたいのか、大きなタイピング音がそこら中から聞こえて来る。バレンタインだからか。そうして、ようやく俺はハッとする。瑠衣先生がこう誘って来る意味は何だ?と。きっと、深い意味などない。そう思うけれど、何だか引っ掛かる。彼氏の愚痴だろうか。でも、今日はバレンタインだ。それならば早く帰るだろう。じゃあ一体……?そして携帯に返事が来る。『じゃあ、前に一緒に飲んだ店で待ってる』と。そこに書かれた店名は、俺が彼女の肩を抱いた居酒屋だった。俺の気持ちがブレ始めたあの場所である。
瑠衣先生には彼氏がいる。俺は、緋菜が好きだ。あの時一瞬でも、彼女のことを好きなのではないかと思ったが、それは違うと確信したんだ。そうだ。何より瑠衣先生には彼氏がいるのだから、そもそもそんな話になる訳がない。
正しい答えを見つけると、心に先輩と後輩という線引きをして、俺は手を動かした。何か愚痴を聞いて欲しいのだろう。一人で勝手に焦った俺は、そう言い聞かせた。
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