第三話 それは、俺のせいなのか(下)

「緋菜ちゃんって、あまり上手に人に助けてって言えないタイプだよね。だから余計に、直ぐに助けてくれなかったのが嫌だったのかな。陽さんなら助けてくれるって思ったろうし」

「それはさ、そうかも知れないけど。ちょっと自分勝手なんだよな、緋菜は」

「そうだよねぇ。誰しもさ、そんなことってあるじゃない。それにしても、ここまで言い切るなんて、何か確信があるのかな。そうじゃなければ、ただの嫌がらせだよ」


 珍しく成瀬くんの言葉に孕んでいる、怒りを見た気がした。彼にしてみれば、好きな人をあんな風に言われたのだ。きっと面白くはなかったはずだ。


「確かにそうだよなぁ。ただ緋菜は、成瀬くんに相談をされたのが嬉しかったんだと思うんだ。俺たちの中で年下で、頼られたりはしないだろ?それだから、急にやる気になったと言うか。お節介に火が付いた、と言うか」


 緋菜をフォローするというよりは、彼らの恋を実らせようと、やる気を出していた事実は伝えたかった。本当に嬉しそうだったから。それだけは、嘘だと思いたくなかった。


「お節介、か。だから、僕に騙されるななんて言って来た?でもそれってさ、僕のことは心配してくれたのかも知れないけれど、彼女は陽さんを信用していないことになる。何だかそれは……寂しいよね」


 悲しそうに目を伏せて、成瀬くんは溜息を吐く。同じ感覚は持てないが、俺にとっても陽さんは友人だ。彼の言うことは、理解することが出来た。


「緋菜はどうして、男がいるなんて思ったんだろうな。聞いてみるか」


 徐に携帯を手にすると、成瀬くんは慌ててそれを止める。待って、と俺の腕を掴むのだ。


「それは止めよう。緋菜ちゃんが余計臍を曲げるかもしれない。僕に忠告してくれただけ。二人の関係を悪化させるようなことは、したくないよ」

「いや、悪化って言うか。俺は確かに緋菜のことは好きだったけど、もう駄目だと思うんだ。あの我儘と上から目線。呆れて、百年の恋も冷めました。だけど、友達としては今まで通り居ようかなと思ってんの。別に付き合ってた訳でも、告白した訳でもない。それにさ、皆と居るのは楽しいし」


 意識的にニィッと口を横に広げて、笑って見せた。成瀬くんは複雑な表情でそれを見ている。それでも俺の決意は、もう揺らぐことはない。


「先ずは陽さんに確認をしよう。あの二人の中で、何かが拗れているだけなのかも知れないから。それに、僕たちの予想が合っているとしてね。今朝僕に連絡が着たってことは、まだ陽さん緋菜ちゃんは話は出来ていないと思うの。だとしたら、陽さんは時間を作って、緋菜ちゃんの話を聞くと思う。彼女はそう言う人だから」

「それは、確かに。陽さんは、絶対に時間を作るだろうね」


 そうなんだよ、と言うと、彼は口をギュッと結んだ。その意見は、確かにそうだった。陽さんは、緋菜の為に話を聞く時間を作るだろう。拗れているとしたら?拗れていなくて、ただ緋菜が『男がいるはず』と思っているだけだとしたら?


「成瀬くん。それって、揉めない?」

「そう、だよね。やっぱり、そう思うよね」

「うん。二人が拗れてるのに会うとして、何かしら言い合う気がする。拗れてなかったとしても、緋菜は陽さんに男がいると思ってて、成瀬くんにもいい顔をしてると思ってる……修羅場だよな」


 俺たちは顔を見合わせて、大きな溜息を吐いた。緋菜の勘違いだったとしても、アイツは陽さんに食って掛かるだろう。その光景が思い浮かんでしまう。


「ちょっと一度、陽さんに電話してみて良い?」

「あ、うん」


 成瀬くんはサッサと携帯を操作し、それを耳に当てる。俺はどうにか気持ちを落ち着けたくて、ナッツを口に放った。ナッツに鎮静効果があるかなんて、知らないけど。

 陽さんも流石に仕事を終えているだろうが、直ぐには出ないようだった。一度切って、また掛ける。成瀬くんはそれを二度、繰り返した。


「今、出られないのかな。出なかった」

「そうかぁ。忙しいのかも知れないね」


 成瀬くんは、大学の就職課なんて迷惑しかかけた記憶しかない、と笑った。それには、俺も賛同した。やる気はあっても、空回りするんだよな。思い描いたように面接がいかなかったりして。良く励ましてくれた職員がいたな。何となく陽さんも、同じように学生を見ている気がした。


「でもなぁ。俺はさ。陽さんに男がいるなんて、思ったこともなかったんだよね。俺たちと普通に年越ししたし。緋菜は、誰かと一緒に居るところ見たんかな。親しそうにしてたとか?」

「あぁ……うん。それはないと思う」

「へ。あ、そうなんだ」


 成瀬くんの言い方が不思議だったが、四人の中で、彼だけが知っている陽さんが在るのだろう。それを聞き出そうとは思わないが、今の様子では、それは間違いなさそうだった。

 軽快な談笑も出来ずに、数分経ったろうか。緋菜にそれとなく聞いてみるよ、と、そろそろ言おうかと思った時である。テーブルに置かれた成瀬くんの携帯が震えた。

表示された名は、小川陽。成瀬くんは、俺にアイコンタクトをして、それを受けた。


「陽さん、ごめん。今どこにいる?話して大丈夫?え、あぁ。そうなん、だ。あぁ、なら良かった。今ね、ちょっと昌平くんと居てさ。聞きたいことがあって。え?緋菜ちゃんと会うの?そっか。ちょっと待って」


 成瀬くんが受話口を押さえて、今から会うんだって、と言う。その顔色は、焦りが見えた。


「とりあえず、俺たちも行こう。店聞いて」

「うん、分った」


 成瀬くんは懸命に、だけれど本題には触れずに、陽さんを説得する。じゃあ後で、と何とか話を纏めた彼は、大きく項垂れた。


「ごめん。昌平くんが仲直りしたいって言ってるって言っちゃった」

「あ?……まぁいいよ。陽さんはどんな感じだった?」

「それが、彼女は普通で。やっぱり、電源切ってた時に連絡が着たみたいでね。話聞いてあげられなかったからって、言ってた」

「そうか。じゃあ二人の間が拗れてる訳ではなさそうだ、と」

「だね……」


 案の定、緋菜は陽さんを呼び出していた。いや、逆かも知れないけれど。でも俺には、アイツの無駄に傲慢なお節介が目に見えている。


「上野で降りたって言ってたから、近いと思う。今、店の情報送ってくれるって。月曜日なのに、ホントごめんね。昌平くん」

「いや、そもそもは緋菜がやったこと。成瀬くんも陽さんも被害者じゃん。とりあえず向かおう」

「……あ、着た。入谷口の方だ」

「よし急ごう。着いてから、上手いことやろう」


 俺は成瀬くんを急かしたが、少し時差を作って行こう、と窘められる。いつの間にか俺の方が、焦り始めていた。

 これは、俺のせいなのか。彼と話をしながら、ずっと思っていた。緋菜が暴走をしているのは、アイツの問題。でも、緋菜がその考えに至るには、俺とのことが原因かも知れない。陽さんを傷付けるようなことになっては、申し訳が立たない。とにかく、止めなければ。俺はその気持ちで一杯になっていた。

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