第四話 私の乙女心(上)

「なぁ、緋菜。日光って、日帰りで行ける感じ?」

「日光かぁ。行けないこともないかなぁ、って感じ。日帰りだと温泉は厳しいかな。そういうプランも載ってるけどね。こういうのって大抵、思い通りにはいかないから。特に皆で行くとさ、はしゃぎ過ぎたりしちゃうじゃない?現実は」

「ほぉ。なるほどなぁ」


 昌平と浅草の方の大きな本屋で、旅行情報誌を覗き込んでいる。本当は、携帯に旅行アプリを入れてあるのだけれど、それは言わなかった。本を覗き込んだりして、デートっぽくなるかな、と思ったんだ。そんなこと絶対に、言わないけれど。


「そうなると、例えばゆったり温泉に入りたいってなったら、都内だとか本当に近場か一泊かってところか」

「そうだね。あとは見たい物とか、そういうのでも変わるよ」

「うんうん」


 何だか楽しそうに昌平が聞くから、私は直ぐに嬉しくなる。単純なんだ、人間なんて。視界の端で結婚情報誌を見ているカップルだって、彼は面倒臭そうな顔をしているけれど、さっき彼女に見えないように微笑んだのを見ていた。本当は嬉しいのに、恥ずかしいのだろう。分かるよ、彼。私は見ず知らずの男に、勝手に同調している。


「ねぇ、こういうのは?ちょっと贅沢な、みたいな。部屋に露天とか付いてる感じかなぁ」

「あぁ確かにそれも良いけどな。そういうのは、二人で行くもんだ」

「えっ、あぁ……そうか」


 語尾が下がっていったのは、意見を切り捨てられたからではない。昌平は私を意識してはいないのだな、と感じたからだ。

 だって、「そういうのは二人で行くもんだ」なんて言うのならば、照れてみたりとかするんじゃないの?完全に漫画の押し売りだけれども。やっぱり昌平は、私のことは妹と同じとしか思っていないのだろうな。乙女心はシュンとしたけれど、そういうのは気付かれたくない。きっとまた、子供だと馬鹿にされるから。


「ねぇ、昌平自体は、日帰りと一泊ってどっちが良いの?あの二人は、置いておいて」

「俺?そうだなぁ。折角行くんだし、のんびり温泉に入って、ゆっくりしたいな。車で日帰りとかだと、酒も飲めないし」

「そうだよねぇ。最低二人は運転するとなると、アルコールはなしか。それだったら、選択肢を既に減らしてから誘わない?一泊で旅行に行こうよって」

「それもそうだな。それがダメだったら、日帰りを計画し直しても良いか」


 うん、と目を合わせた。忘れかけていたけれど、私たちは今、四人で出掛ける為の計画をしている。これはあの二人の為なのか、誰の為なのか。何だか私は、忘れてしまっていた。だって、大好きな人たちと旅行に行くということに、誰よりも私自身が楽しくなってしまったんだ。せめて、昌平も同じだといいな。


「あぁあの二人、一緒に行くって言ってくれるかなぁ」

「どうだろうな。成瀬くんは、緋菜に言ったんだろ?陽さんのことが好きだって。だとしたら、成瀬くんは大丈夫だろうな。拒むとしたら、陽さんだ」

「だよねぇ……」


 二人して、うぅん、と唸る。次のお休みが陽さんと合えば、相談があるんだって誘ってみようか。旅行に行きたいんだけれど二人じゃ恥ずかしくて、と。彼女は私の恋の味方だ。それを先に言っておけば、安易に反対はしないだろう。だって、陽さんだもの。


「成瀬くんとも、先に話し合った方が良いかなぁ。私、相談されたじゃない?だから、こういうのはどう?って」

「いや、それは……どうだろうな」


 昌平が難しい顔をして、考え込んだ。何も考えることなんてないのに。やっぱり、この間除け者にされたのが引っ掛かっているのかな。成瀬くんが、昌平じゃなくて私に相談をしたことが、面白くないんだろうか。


「とりあえず、陽さんには先に聞いてみる。だって、皆で乗り気になっちゃったら、断りにくいかも知れないし」

「まぁそうだよな。断られることも考えておくべきだよな」


 そうなんだ。陽さんは、前に温泉に行きたいと話した時にやんわりと断って来た。あれは、年末年始は混んでいるんじゃないかという理由だったと思うけれど、そもそも、こういうことが嫌なのかも知れない。面倒だなって思うかも知れない。そんなのって寂しいけれど、頭の片隅には置いておいた方がいい話だ。


「よし、一泊である程度の場所を絞ってから、相談してみよう」

「緋菜、上手くやれるんか?」

「馬鹿にしやがって」


 イィッと不貞腐れてみたけれど、上手くやれる理由など言えるはずがない。まぁでも今はそれで良いんだと思う。

 ちゃんと自分から誰かを好きになることを経験してみないと、解らない感情があることを最近知った。もう私だっていい大人だ。まだ知らないことがあるのならば、端折らないで経験した方が良い。ようやく、そう思えるようになってきたのだ。


「手始めに、ってことで、関東圏内の総合誌買うか。後はネットで調べたりしながら、加えていけばいいだろ」

「そうだね」


 それなら大抵ネットで良いのでは?とも思うけれど、昌平の考えもあるだろう。実際、誌面で見た方がテンションが上がることもある。それに……こういうのを買ったなら、一緒に見る、と言う理由が発生するのだ。きっと距離が縮まるのでは?なんて期待が、私の中に湧いていた。


「じゃあ、あとは資格……どっちだ?」

「いや、良いって。陽さんに会った時に、相談するから」

「いいか、緋菜。こういうのって、ノリも大事なんだよ。とりあえず、見に行ってみようぜ。俺も何か見てみよっと」


 そう言った昌平は、直ぐに案内板の方へ歩き始めた。待ってよ、と剥れながらその背中を慌てて追い始めた私は、いつの間にかちょっと微笑んでいることに気付く。

 あぁもしかしたら、私は昌平のこういう所が好きなのかもな。知らない所に連れて行ってくれる。憎まれ口を叩いたって、何をしたって、見放さないで居てくれる。そんな気がしてしまう。何だか……自分が思っていたよりも、私は昌平のことが好きみたいだ。

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