第二話 今年の私は
「ねぇ、陽さん。明日何着ていったらいいの?」
「そうねぇ。初詣なんでしょう?まだ混むだろうし、あまり高いヒールだと疲れるかもねぇ。でもそれでいて可愛らしい格好、じゃない?」
「可愛らしい、か……」
部屋を出て四人で歩き始めると、直ぐに緋菜ちゃんが私の脇に並んだ。そうして延々と、こうして悩んでいる。
話を聞いている限り、昌平くんに誘われたのは突然だったけれど、ドキドキして嬉しかったらしい。そこまで素直に認めてしまうのは珍しいと思ったが、単にそれどころではないようだった。緊張する。何を着て行けば良い。妹程度なのかな。色んな不安が生まれては、私にぶつけられる。助けてあげたいけれど、私の口から昌平くんの気持ちを伝えるわけにもいかないし。それはそれで、私の悩みも生まれている。
「あのほら、猫カフェに行った時みたいな感じで良いんじゃない?」
「猫カフェか……」
「そうそう。着飾りたい気持ちは分かるけれど、疲れたとかってグズグズしちゃうのもね。きっと違うだろうから」
「そうだね、うん。分かった。帰って選んでみるよ」
そっと背を押せば、彼女は素直に頷いた。恋と言うのは、こうして色んな所にアンテナを張って、過度に敏感になるのだろう。征嗣さんにそう思っていた時など、もう本当に昔のこと。今から彼女と同じように思えるかと言えば、ノーである。
「私は緋菜ちゃんと昌平くん、お似合いだと思うなぁ」
「ばっ、陽さん。声大きいって」
「え?本当?ごめんなさい」
そんなに大きな声ではなかったが、ヒソヒソを話をしたい彼女には、大きく聞こえたのだろう。もう少し身を寄せ合ってから、本当にお似合いだと思うよ、ともう一度言った。緋菜ちゃんは何だか、唇を尖らせている。
「そうかなぁ」
「自信持ってよ。私にはそう見える。昌平くんの気持ちは分からないけれど、緋菜ちゃんのこと大事に思ってくれてると思うんだけど」
「そ、そう?」
うん、とわざとらしく大きく頷いた。
でも、と引っ掛かる物がある彼女は、素直に受け止めてはくれない。ルイ、という彼の同僚が気になるようだった。昌平くんが緋菜ちゃんのことを好きだという事実を知っているけれど、私はそのルイと呼ばれる人とのことを何も知らない。ただの同僚じゃない?と誤魔化す以外、私には思いつかなかった。
「多分、ルイは年上なんだよね」
「そうなの?」
「うん。本当のことは、何も分からないんだけどさ」
美人だし、若いし、スタイルも良い。それでも彼女は、自分に自信がないらしい。ただ出会った時にも思ったけれど、若さ、という武器は脆い。それに『若いうち』に気が付けた方が良いのだけれど、今は未だその余裕はないようだ。
「見えない敵に思い悩んでも、どうしようもないんじゃない?いざ本当に対峙する時になったら、考えないといけないけれど。それにさ、明日は彼の方から誘ってくれたんだし、ね?」
「うん。まぁ、そうだよね」
「うんうん」
昌平くんから誘われた、という事実に縋る様に、緋菜ちゃんは前を向く。まぁでも、それも仕方ない。
「恋だねぇ」
「ちょっとヤダ。そんな風に言わないでよ、もう」
「あら、ごめん」
ちょっと茶化してみる。不貞腐れたようにしたけれど、完全に照れている緋菜ちゃん。私はそれを「可愛いねぇ」と笑う余裕があった。それは、私の心が救われたということだと思っている。
この十数年の間に、そうやって笑い合える友人を失くし、ひたすらに下を向いて生きて来た。特にここのところは、そう言った冗談を言う気力すらなかったのだ。成瀬くんが差し伸べてくれた手は、私にどれだけの力を与えてくれたか分からない。今年の私は、きっと変われる。そう明るい希望を見出していた。
「そうだ。さっきの話なんだけど。ごめんね。本当に。こんなに寒い中外に出て貰っちゃって」
「え?あぁ、それは良いよ。ほら、私も二人で居られたし。それがあって、明日誘われた訳だし」
「あぁそうか」
それは考えていなかったけれど、私の中では緋菜ちゃんたちを二人きりにすることの方が本題だった。そこに成瀬くんが別の用事を付け加えて来たわけだ。
「そう。だからね、それはいいんだけど。私さ、本当に驚いたんだよね。成瀬くんからそう頼まれて」
「ねぇ。別に普通に言ってくれればいいだけなのにね。わざわざ緋菜ちゃんたちに迷惑掛けなくたっていいのに」
「いやいや、そんな風に言わなくたって」
「でもねぇ。こんなに寒かったのに、ごめんね」
彼女に知られてはいけないことは、二つ。私の現実と昌平くんの気持ち。その為に、私は成瀬くんと計画を練ったのである。
数時間前、私の全てを彼に知られてしまった後のことだ。緋菜ちゃんに二人きりにして欲しいと頼んだ、と成瀬くんが白状してきたのである。だから、ランチの簡単な予定を考え、それについては隠さずに言おうと決めた。そして、私は彼がそうしたことに呆れていることにしようと話したのだ。絶対に探りを入れて来るであろう彼らを、私は絶対にかわさなければならないから。ちょっとでも疑問を持たれたりしたらいけない。
私は、征嗣さんのことを、誰にも知られてはいけないと思っている。それは彼の為でもあるけれど、私自身の為でもある。だから、泣いたことも絶対に気付かれてはいけなかった。そうする為に『呆れる』と言う表情が、一番簡単だったのだ。
本当は、そんな気持ちなどさらさらない。あるわけがない。彼には、感謝の気持ちしかないのである。
「まぁでもさ。陽さんも私も、今年は良いことがありそうだね」
「そうねぇ。皆とお友達になれて、色々変わったなぁ」
「そうなの?」
「そうよ。だって、こんなに可愛らしい若い子と出掛けるなんてこと、今までなかったもの」
緋菜ちゃんの笑顔は、嬉しそうに見えた。それは、何だか私も嬉しい。
彼女は、恋をしてより綺麗になった。元々美人なのだけれど、色んなところへのアンテナが敏感になるのだろう。少しでも相手に良く見られたい、と思うのは、きっと人間の性なのだと思う。
「緋菜ちゃん。とりあえずは、良いことがありますように、ってお願いしようね」
「そうだね。御利益あるといいね」
「うん。ねぇ、昌平くんたちはお願い事決めた?」
彼らにも笑い掛ける。二〇二〇年一月一日。今年の私はもう、心の中が解け始めている。
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