第十章

第十章 決意と緊張の大晦日

 大晦日に皆で楽しく過ごそう。

 そう話題になった時、はっきりしていたのは昌平の気持ちだけだった。ようやく迎える頃、四人にはそれぞれの新しい芽が出始めている。慣れない恋に困惑する者。自覚を持って強くなろうとする者。ライバルの出方に一喜一憂する者。それから、二度と会わないと心に決めた者。そしてついに、その日がやって来たのである。


 緋菜は、重要な任務を任された、と思っていた。文人から直々に頼まれるなど、考えてもいなかったのである。しかも、彼は陽を好きだ、と宣言をした。それはとてもむず痒くて、ほくほくするようなことだった。だから今日は、絶対に失敗してはいけない。下手な行動をして、陽に気付かれるのだけは避けたい。昌平も手助けはしてくれるだろうが、上手くやれるだろうか。そして、文人は大丈夫だろうか。

 他人の心配はキリないが、今の緋菜の緊張は全てがそれであるわけではない。昼過ぎに彼からケーキと寝袋を預かり、気が付いたのだ。この緊張の何割かは、昌平と二人で出掛けることが原因だ、と。部屋を二人で出た後に、どうしたら良いのか。ひたすら歩くのは寒い。バーへ行くのも違う。緋菜は悩んだ末に、比較的遅くまでやってるスーパーを下調べした。陽の家へ向かう緋菜は、程好い緊張感に包まれている。


 昌平と買い物をしながらも、文人は夜のことが気掛かりだった。ワインは何が良いか。折角だから、ちょっと良いのにしよう。そんな話を笑顔で交わしているのに、頭はてんで違うことを考えているのである。緋菜たちが部屋を出ている間、長いと思わない方が良いだろう。それならば多少の間を置いて、一気に切り出さなければいけない。きっと事実を問えば、陽は嫌がるだろう。だけれども、もう避けてはいられないところまで来ているのだ。自分が強くならなければ、とギュッとこぶしを握り締めていた。

 とても重たい事実に対峙する決意は、その裏側に別の覚悟も秘めている。彼女に拒まれたら、否定をされたら、きっと陽は文人を避けるだろう。そうなれば、文人自身の恋は終焉を迎えるのだ。それでも、文人は陽に手を差し伸べるつもりだ。大事に想う人には笑っていて欲しい。ただ、それだけの思いで。


 文人と陽を二人きりにする計画は、昌平にとっても好都合だった。ライバルを出し抜く後ろめたさはあるが、自分の恋が前に進むのでは、と淡い期待を持っているのである。ただ、それがであるのは、昨夜の内緒話を見てしまったからだ。あれこれ分からないことを考えたって仕方がない。真っ直ぐに緋菜を好きでいよう。そう思えたのに、直ぐに心は後ろ向きになっていた。

 陽に『そのままでいい』と言われ、緋菜にエプロンを貰って、昌平は前を向いてはいる。文人を憎らしいと思ってはいない。このモヤモヤした感情は、疎外感も原因だろうと分かっていた。自分たちは仲間だ。抜け駆けのようなことは、本当はあまりしたくない。だから、年が明けたら、文人と腹を割って話そうと決めたのだ。今日は緋菜の言うように、ミッションをクリアする。一先ずはそれだけを考えよう。昌平はそう考えて、文人に笑い掛けていた。


 陽は鼻歌を歌いながら、ローストビーフを焼いている。そうやって何とか、自分の気持ちを持ち上げているのだ。文人と会うのは最後にする。そう決めた陽。友人として会うことくらい許される、と思ったけれど、それは叶わなかった。折角出来た友人。緋菜との関係は、急に終わらせたりはしないつもりだ。彼らの恋は、せめても成就して欲しい。それが細やかな願いだった。

 彼に会う最後の今日は、せめて笑っていたい。陽は内心、必死だった。征嗣に反抗する力などない。それに、誰も助けてはくれない。助けて欲しいと思うことすらおこがましい。自分で蒔いた種なのだ。陽は現実を直視して、今日という日を迎えようとしていた。


 それぞれの決意と緊張が交差している大晦日。心内を抱えて、皆、歩いていた。ただ、漠然とした幸せを夢見て。

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