第三話 私の恋
成瀬くんから連絡が入ったのは想定外だった。彼が相談をするなら、同性の昌平か大人である陽さんだろう。それを私を頼ったということは、それは陽さんとのことだと予測しては来た。まさか本当に、好きだ、と聞くことになるとは思わなかったけれど。彼は私に人差し指を立てて、昌平へ話が漏れるのを防ごうとする。始まったばかりの恋が慎重になることは、今の私が痛感していることだ。
「昌平くんが来た所なのに、ごめん。僕、帰るね」
「えっ?まだ一杯しか飲んでないじゃん」
「成瀬くん、もう一杯飲もうよ」
「ごめん。どうしても今日中にやらないといけないことがあって。本当にごめんね」
成瀬くんは昌平にヘコヘコ頭を下げた後で、私に真面目な目線を送る。あぁきっと、明日の下準備みたいなことをするんだろう。誘うお店とかのリサーチはしておいた方がスムーズだ。特に陽さんみたいな硬い女の人は、そう言うのが大事かもな。
「うんうん。分かった。じゃあ明日ね。えぇと陽さんの家で」
「成瀬くん、明日御徒町辺りで待ち合せようよ。荷物大変でしょ」
「あぁ、うん。有難う。じゃあ、後で連絡するね」
素直に送り出した私を探る様に、昌平が覗き込んだ。ギョッとした私に、昌平が気付いたかどうか。近付いた顔は、何だか疑うように離れて行った。ビールと玉子焼き、それからおでんを頼んで、昌平は私の前に座る。
「何話してたの?まだ開店してそんなに経ってないのに」
「あぁ、うん。そう、だね」
いつもならば、昌平に言いたくて仕方のないような話だ。けれど、今日は言わない。だって、片想いはデリケートなのだ。
それに、成瀬くんが私の気持ちを知らなかったのも大きい。陽さんに言えば、彼にまで伝わるだろうな、と薄っすら思っていたからだ。けれど、そんなことはなかった。陽さんはきっと誰にも言っていない。私はそれを知って、凄く嬉しかった。他人に気軽に話されてしまうのは、相談した側からすれば絶望的な話。彼女がそうしなかったように、私もそうしたかった。ビールが手元に来て、流れる様に乾杯をしたけれど、昌平は何だか不満げだ。
「歯切れ悪いな」
「まぁ、色々とね。あるんですよ、大人には」
「何だよそれ。俺の方が大人だわ。てかさ、本当にクリスマス一緒じゃなかったんかな。あの二人」
「あぁそれはね、さっき聞いた。本当に違うみたいよ」
成瀬くんは確かにそう言っていた。あの様子では、まだランチを誘うのに緊張をしている頃合い。と言うことは、クリスマスを一緒に過ごしてはいない、と私は判断をしたわけだ。まぁ昌平にそう説明するわけにもいかないけれど。
「そうかぁ。俺がお前のとこに行ったのは知ってるんかな。成瀬くん」
「どうだろう。陽さんには話したけどねぇ。まぁ別に昌平が私とクリスマスしてても、成瀬くんには関係ないでしょう」
「そう、かなぁ」
「いや、そうだよ」
彼にとって重要なのは、陽さんが誰と過ごしたか、のはずだ。動き始めた恋は敏感で、凄く些細な事も気になって、落ち込んだり喜んだりする。そういうものだと最近知った私は、この初めての片想いがじれったくて仕方ない。
「あ、昌平。明日さ、やっぱり途中で抜け出さない?二人で」
自分の恋を意識してしまうと、ちょっと言い出しにくいけれど。今は、成瀬くんの頼みを聞く為に、私は普通にそう昌平を誘った。
「お、おぉ。やっぱりあの二人、良い感じっぽい?」
「何となく。確定的な何かを得た訳じゃないんだけど、そう言うのがあった方が進展するかなぁって」
「そうか。じゃあ、ある程度酒が空いたら、だな。言い訳にするには、酒とかつまみとかが定番だろうし。きっと怪しまれないよな」
私たちは、成瀬くんに頼まれなくとも勝手に、そうしようとしてはいた。そこに私がちょっとだけ、二人になりたいな、という思いが芽生えている。成瀬くんは陽さんと二人になりたいのだから、スムーズに送り出してくれるだろうし、陽さんは私の気持ちをが知っているのだから問題はないだろう。
「あ、ちょっと待った。陽さんからだ。ようやく返って来た」
「え?あぁ、明日の料理とかの話?」
「うん……あぁそう。ケーキは俺が作って行くけど、他にさ。パスタとかいるかって。ある程度は作ってくれるみたいだよ」
昌平は何だか真面目な顔をして、メッセージを打ち込んでいる。料理の話だもの、私には着ていない。何だろうなぁ。こういうのは面白くない。それは昌平のことが好き、だからなんだろうか。
「緋菜は明日、どうするの?」
「あぁ私は陽さんの家の近くで待ち合わせて、準備を手伝うつもり」
何だかそう考えると、私たちって凄く脇役。あの二人のサポートをする為に、明日は居るようなものかも知れないな。でも勿論、皆でワイワイ年が越せるのは楽しみだ。それに、昌平と二人で散歩みたいなことをせざるを得ないし。もしかしたらこっちも少し発展するかも、なんて期待が、ない訳でもない。
「ねぇ、昌平。やっぱりさぁ、来年、皆で温泉とか行こうよ」
「おぉ。俺は構わないけど、な。あの二人はどうだろう」
「明日次第、じゃないかな。買い出しから帰って、雰囲気が良さそうだったら言ってみようかなと思うんだけど。どう思う?」
「あぁ、それは良いんじゃない?言うなら、あっちの様子を窺ってからだな」
昌平は何だか嬉しそうだった。おでんを頬張って、腕組みをする。いつもの昌平なんだけれど、ちょっと楽しそうと言うか。何と言うか。陽さんと何か料理以外の話、してるのかな。
「ん、あれ?何それ、怪我したの?」
「あぁ忘れてた。針刺しちゃいそうだったから、貼ったんだった」
「針?」
昌平は裁縫も出来るのか。ペリッと指に巻いた絆創膏を外す昌平を見ながら、脇に置いてある紙袋をギュッと握った。何だか昌平って、何でも出来るんだなぁ。比べて、私は何も出来ない。家事全般は本当にダメだけれど、練習したら上手くなるだろうか。味噌汁は教えられた通り、色々作ってみている。年が明けたら、別の物を教えてもらおうか。明日、こっそり相談をしてみよう。
「こないだ新しいエプロン買いに行ってさ。それに色々付けてたんだよ」
「エプロン……色々って?」
「何かさ、女の先輩が一緒に行ってくれたんだけどな。少し可愛らしい物が良いんじゃないかって。でもサイズが無くてさ。結局シンプルな物に、ワッペンとかを付けようって話になって」
女の先輩、か。きっとあの女、ルイだ。会ったこともないけれど、私の妄想上では、大分喧嘩をしている相手。見たこともない相手に、一人で戦いを挑んでいる。昌平はそれだから、あんなに嬉しそうなのかな。
「じゃあさ、もう新しいエプロン買ったってことだよね?」
「ん、そうなんだよ。本当はさ、別に今じゃなくても良かったんだけど。園長がもう少し可愛いのにしろってさ。言うから」
私はもう一度、脇に置いた袋を握り締めた。躊躇いはある。でも、負けたくない。
「あのさ。その……要らないかも知れないけど。これ」
くしゃくしゃになった袋を、昌平に押し付ける。恥ずかしいから、顔は見なられない。それなのにいつになっても、昌平が受け取った感覚がなかった。
「いらない、ですか」
「えっと、いや。そうじゃなくて。……どうした?」
「クリスマスプレゼント、だけど」
「は?緋菜が?俺に?」
遅れて驚き始めた昌平に、私はゆっくりと頷いた。
袋の中身は、可愛いエプロン。キャラクターショップに行って、選んで来た物だ。青色の男の子向けのキャラクターが描かれたそれは、昌平なら仕事でも家でも使えるんじゃないか、と思って買ったのである。
でも、ルイと買いに行った物が、もう彼の手元にはある。いらない物になっちゃったかも知れないな。それでもこれは、私の感謝の気持ちだ。クリスマスにケーキを作って来てくれたお礼。一人ぼっちで寂しい夜を過ごさずに済んだ。私なりの感謝の印なのである。
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