第一話 私は恋を知らない(上)
今年のクリスマスは、激選したホームアローンで楽しめればそれで良いと思っていたのに。急に昌平がケーキを持ってやって来た。アイツがどういうつもりで作って来たのかは知らないけれど、ちょっとだけ……いや、結構嬉しかった。クリスマスなんて、私には彼氏が居なければ要らない日。ウキウキしたイベントなんて、彼氏のいない私には何の楽しみもなかったのだ。でも、それを一変させたのは、昌平だった。
「あぁぁ……」
「緋菜ちゃん。今日も一日中溜息ね。大丈夫?」
「あぁ。うん。大丈夫」
いつものパート社員さんに心配される。彼女はあの日、忙しく帰って行った。家族でパーティでもしたのだろう。子供がいて、豪華な料理を作って、テーブルを囲む。プレゼントも用意したりして、それは確かに準備が大変そうだ。私が結婚出来たとしても、同じようにやり切れる自信はない。まぁ昌平が料理を担当してくれれば……
「……昌平?」
「ん?どうした?」
「いっ、いや。なんでもない、です」
自分で考えたことに青褪めていた。彼女のような結婚生活を想像した時に、どうして昌平を描いてしまったのか。全くする必要のない線香の在庫確認に手を伸ばし、何とかその場をやり過ごそうと必死になった。あぁもう、クリスマスの夜からどうも調子が出ない。
あの夜は、昌平とケーキを食べて、くだらない動画を見ていた。その合間に陽さんたちの様子を探ってみたりして、私としては楽しかったのだ。一緒に居ないようだった陽さんと成瀬くん。それを疑って、探る様にメッセージを送り合った。その返信を待っている間、昌平は何度も欠伸をして、とても眠そうだったのを思い出す。きっと前夜に、遅くまでケーキを作ってくれていたのだろうと思う。少し寝る?とも、泊って行く?とも言えず、私は昌平を早めに帰した。それ以来、彼と会ってはいない。
だけれどこの間に私は、何度も昌平を思い出している。仕事をしていても、こうやって同僚と雑談をしていても。家でお風呂に入っていても、何をしていても。昌平ならどうするかなぁ、と考えてしまっていたのだ。そしてフッと浮かぶ、昌平の目尻に寄った笑い皺。私、一体どうしたんだろうか。
「でも、緋菜ちゃん。何か元気ないね。本当に大丈夫?」
「あぁすみません。でも元気なんで大丈夫。やだなぁもう。私が元気ない訳ないじゃない」
「いや、まぁそうだけれど。何かあったら、相談してね」
「うん。有難う」
彼女は心配そうな顔をして、私を見ていた。仕事中に他の事を考えていて申し訳ない。必死に線香の在庫を数えるが、何度数えても数が合わない。
「おかしいなぁ」
「緋菜ちゃん。大丈夫?」
彼女はまだ心配そうに私を見る。それから子供をあやすように私の頭を撫で、もうお昼だよ、と笑った。
「あ、本当だ。やだ、気付かなかった。行ってきます」
「うんうん。ごゆっくりね」
小さく手を振る彼女は、まだ私を心配しているようだった。他人にあんな顔をされてしまうと、余計に悩んでしまう。あぁ、何なのだろうな。このモヤモヤする気持ち。
誰かに相談をしたい。そう思うけれど、思い付いてたのは陽さんだけ。ただ今はちょっと、連絡がしにくい。クリスマスケーキを一人で買って食べるって言わせてしまってから、勝手に申し訳なさを感じているのだ。触れてはいけないことに無神経に触れてしまった。一応、私だって反省をしている。
それに、何て相談をしたらいいのかも分からなかった。
この気持ちを説明出来るような、名前が見つからないのだ。
休憩室に入って、真っ先に携帯を睨む。こうしてもう数日過ごした。仕事でもミスばかり。私は微かな息を吐いて、メッセージを打ち始めた。何と言えば伝わるのか分からない。何度も打ち直しては、違うな、と呟く。この困惑した状況を纏めるのには、時間がかかる気がする。陽さんならきっと読み取ってくれる。そう期待を込めて、私は殴り書きのように文字を打った。多分どんな風に言っても、彼女は茶化すようなことは言わない。昌平のことも知ってるし、きっと理解しようとしてくれるはずだ。
『陽さん、何か変なの』
『何だか胸の中がモヤモヤする』
『何だろう。どこか悪いのかなぁ』
勝手に期待を持って送りつけた。今日のランチは、おにぎりとスープ。いつものコンビニで買った物だ。昌平はお弁当作ってるのかな。あぁ保育園だし給食なのかな。そうやってまた思い始めては、一人首を振った。ダメだ。昌平の顔が思い浮かんでは、自分を殴りつけるように否定する。本日既に何度目かの戦いは、食事を始めても繰り広げられていた。
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