第三話 俺らしくいること(上)

「昌平先生、これお願い」

「はぁい」


 今日は年内最終登園日だった。遠方へ帰らなければならない先生を覗いて、皆で掃除をしている。幸い園児も少ないので、ホール以外の場所から手を付け始めた。こういう時には男である俺は、大分忙しい。倉庫まで季節外れの物を運んで来ると、園長が「丁度良い所に来た」と俺に手招きをする。先週使った臼と杵。乾燥させたので、少し奥に仕舞いたいようだ。


「有難うね。あら、昌平先生。エプロン解れてるわよ」

「え?あぁ。これもそろそろ買い替えないといけないですね」

「そうね。先生がボロボロのエプロンじゃ、色々良くないものね」

「じゃあ、休みのうちに買って来ます」


 うちの園は、指定がない。そのお陰で、女性の先生は色々こだわりを持って選んでいるらしい。キャラクター物、丈の短い物、ポケットの大きい物。それぞれが保育に支障のない範囲に選りすぐっている。俺は、というと、大体がデニム地の物だ。子供たちは、良く引っ張る。それから落ち葉やドングリやらをくれる。だから、兎に角丈夫で、ポケットの大きい物が優先されるわけだ。


「昌平先生。今度買う時、もうちょっとだけ可愛らしい物って出来る?」

「可愛らしい物、ですか……」

「抵抗あるわよね。そうよねぇ。昌平先生は良くやってくれていると思うの。保護者の評判も良いしね。でも時々、怖がる子供もいるでしょう?」

「あぁ、まぁそうですね」


 確かにそうだった。皆、段々と慣れていくのだが、やはり怖がってしまう子がいることは否めない。園長がそう言うのは、春にまた新しく入って来る小さな子たちのことを考えているのだろう。


「あ、瑠衣先生。ねぇ、昌平先生とエプロン見に行ってあげてよ」

「え?」


 クリスマスツリーを抱えてやって来た瑠衣先生に、勝手に園長が頼み込んだ。確かに、一人で可愛らしいエプロンを買いに行くのは気が引ける。でも、いつもようにカタログから選ぶとか、ネットで買うとかしたらいいと思うのだけれど。


「あぁ、年末だから。なるほど」

「年末、か。そうか」


 俺たちの反応を見て、園長はニコニコ頷いた。年末だと、配送が止まったり、園で頼んでは受け取りも出来ない。まぁ年明け直ぐに使い始めなくてもいいが、何となく、のキリの良い所ではある。


「はぁ。分かりました」

「うんうん。良かったわね、昌平先生」


 園長は満足気に俺の肩を叩くと、瑠衣先生にウィンクをしてから出て行った。何だ、今のは。


「何かごめんなさい」

「あぁ、私は良いんだけど。どうする?今日行っちゃう?」

「うぅん、そうですね。すみません」


 素直にそれに甘えることにした俺は、彼女に首を垂れた。保育の先輩としての意見があるのはいい。柔らかい印象が付くかどうかも、第三者に見てもらえれば有難い物だ。


「じゃあ、終業後に。えぇと、そうね。御徒町の駅で」

「あぁ、はい。分かりました」


 園から一緒に出ないのは、色々面倒だからだろうと察する。俺もそれは避けたい。彼女は苦笑いしていたように見えたが気にせず、俺は他の片付けに回った。さっきの園長のウィンクとその苦笑いの理由は、分からないままに。




 仕事を終えると、皆挨拶もそこそこに、急いで帰って行く。夫が待っている人、実家へ帰る人。それから子供が待っている人。様々なのだ。


「昌平先生、お疲れ様でした。良いお年を」

「お疲れ様でした」


 のんびり歩くのは俺くらいか。いや、急いでいない人は、そもそもまだ出て来ていないだけだ。一年が終わった安堵に、俺は大きく息を吐いた。暗くなった空に、大きな雲が広がって行く。緋菜はまだ仕事だろうか。

 クリスマスの夜は思わぬことに、緋菜と一緒にケーキを食べられた。緊張を知られるのが恥ずかしくて、やり過ごすのに精一杯だったが。緋菜はどう思ったろうか。やはり、兄貴程度な物か。そこから抜け出す方法を、俺は何とか見つけ出さなくてはいけない。


「電話してみるかなぁ」


 ポケットから出した携帯。画面を立ち上げる前に、既に数回躊躇った。あまり連絡をするのは良くないか。いや、ここは畳みかけて行った方が良いか。悩ましい。でもいい感じだったとは思うんだよなぁ。


「うわっ」


 うぅん、と悩み込んだところで、携帯が忙しく鳴った。画面の表示は、千代ちよさん。目を背けている現実に、俺は引き戻された。

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