第三話 私のクリスマス(上)

「あのさ、これ」

「はぁ?何」

「いや、クリスマスだから。ケーキ。好きだろ?甘いの」

「あぁ、うん。ん?えっ、作ったの?」


 私の質問に、昌平は鼻を啜りながらウンウン頷いた。渡された袋の中には、真っ白い箱。そこに付いた小窓から、可愛らしいサンタが覗いている。この間のクッキーといい、女子力が高いと言うか、何と言うか。私には出来ない芸当なのは間違いない。何故だか昌平はムスッとして、「じゃあ、それ渡したかっただけだから」と言なりサッサと私に背を向けた。


「いや、ちょっと。昌平」


 呼び止めたは良いものの、私は次の言葉を躊躇っている。こういう時って、お茶くらいって言うべきよね。こんなに寒い中来てくれたわけだし。相手は昌平。貰って嫌な気持ちはしていない。振り返った昌平は、戸惑っていた私を不思議そうに見ている。


「ありがとう。その……お茶、飲んでく?」

「あぁ、いや。いいよ。それ渡せたし。それにお前も寛いでたんだろ?気にするなって。じゃあな。メリークリスマス」


 早口で言い切って、昌平はまた私に背を向けようとする。一度誘ってしまえば、もう決心はつくもの。深い意味などないのだ。こんな寒いのに、態々持って来てくれたお礼なんだから。それに、幸いにして陽さんが来てから、まだ数日。部屋の綺麗さは何とか保てている。


「待ってよ、昌平。折角だし、一緒に食べようよ。一人じゃ、こんなに食べられないってば」

「いや、だって……そんなつもりで持って来たんじゃねぇんだって」

「良いじゃん。一緒に食べよう。それに、一人で食べるのも寂しいよ」


 明らかにこのケーキは二人分以上はある。それに、手間暇かけて作ってくれたのに、その感想も言えないなんて。懇願する私に、昌平は少し困ったように考え込んだ。分かった、と彼が答えるまでに、何だか凄く時間が掛かった気がする。そんなに私の部屋に入るのが、嫌だったのかな。

 誘ったはいいけれど、部屋に男の人が上がるのなんていつぶりだろう。元カレも来てはいたけれど、彼の家の方が広かったから、どちらかと言うと私が行く方だった。昌平とは言えど、男性である。流石にちょっとは、緊張するな。


「あ、どうぞ」

「すみません。急に押しかけて」

「何その他人行儀。もういいから入ってよ。寒いじゃん」

「お邪魔します……」


 申し訳なさそうな顔をした昌平が、靴を脱いでキチンと揃える。こういう所は保育士だからなのだろうか。キチンとしている昌平に、私はちょっとだけ驚いている。飲み疲れて、靴を適当に脱ぎ散らかす私とは違うようだ。


「コーヒーで良い?インスタントしかないけど」

「うん。いいよ。悪かったな」

「ううん。だって態々作って来てくれたんでしょう?嬉しいじゃん」

「そう?でも何かしてたんじゃない?」

「へ、あぁ……映画見てただけよ。気にしないで、くっだらないやつだから」


 まさか一人で、ホーム・アローンを見ながら、ケラケラ笑ってただなんて言えない。しかも何度も地上波放送されている物である。そのストーリーを分かっていながら、一人で腹抱えて見ていたなんて知られたら、本当に寂しい女だと烙印を押されるようなものだ。

 私がコーヒーを淹れ始めると、昌平は直ぐに携帯を弄り出した。誰かに連絡してるのだろうか。また思い浮かぶ、ルイという亡霊。見たこともない女を勝手に私が作り上げた亡霊。私には関係ないのに、直ぐにモヤモヤし始めた自分の心に蓋をして、マグカップを二つ小さなテーブルに置いた。ワンルームの私の部屋は、ベッドにもたれ掛かりながら座る以外方法はない。キョロキョロと落ち着きのない昌平は、そこに正座している。何だか緊張しているように身を縮こませた彼は、携帯電話はもう仕舞ったようだった。


「何で正座してるのよ。狭くて悪かったわね」

「あぁ、いや。そう言うつもりじゃないんだけど。一人暮らしなんてこんなもんだろう。俺だって、似たり寄ったりだよ」

「そう?なら良かった。足崩したら?疲れるよ」


 おぉ、と酷く小さい声で、昌平は返事をする。何だかそんな彼を見るのは、初めてで新鮮な感覚を得た。


「わぁ、凄い。本当に昌平が作ったの?」

「そうだけど」


 箱から出したケーキは、とっても立派なものだった。ケーキ屋さんで売っていてもいいくらい。私は箱の中からそっと出して、台座に乗せたまま沢山写真を撮った。そんなに撮らなくても、って昌平は言うけれど、こんなことは初めてだし、記録しておきたい。それに、陽さんにも見せたかった。


「ねぇ、ケーキ……このまま食べちゃおうか」


 悪戯な顔をして、フォークを二本手に持った。正直に言えば、切るも、皿を出すのも面倒だっただけ。こんな凄いケーキを作れるのだから、昌平にそんな気持ちがバレたら馬鹿にされそうだけれど。


「そうだな。あ、でも一緒でいいのか?」

「は?どういう意味よ。何で今更気にするわけ?モツ煮だって、一緒に突いてるじゃない」

「あぁ、そうか。そうだったな」


 何だか変な昌平。今まで一度だって、そんなの気にしたことないくせに。一体なに?クリスマスだから?疑問を抱きながら私は、昌平の隣に腰を下ろした。

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