第七章

第七章 クリスマスの夜に

 師走の忙しい仕事に追われながら、四人が迎えたクリスマスの夜。別に特別な日じゃない。いつもと同じ平日に過ぎない。そう思いながらも、心のどこかでは、一人は寂しいなと思っている。そんな十二月二十四日火曜日の終業時刻。男たちはアクションを起こし始める。


 文人が陽を誘ったのは、十二月二十八日の土曜日のランチである。クリスマスはどうしてるの?何度か聞こうとして、止めた言葉。でも、予定のないことは分かっている。文人は、どう誘うか考えていた。クリスマスだから、と誘うよりも、ただ会える?と聞くだけの方がきっと良い。もしも予定が入っていたら、それは諦めればいいこと。当日に聞くのだから、それくらいの覚悟は出来ている。そして終業直後に、文人は陽へ電話をするのだ。

 ここまでしながらも、文人は恋をしていると思いたくなかった。久しぶりの感覚にワクワクすることはあれど、もう失いたくない。その気持ちが一番だった。それなのに、日増しに陽を考える時間が増えていく。違う、と自分に言い聞かせては、何度も首を振った。どうしようもなく臆病な男は、この細やかで脆いこの時間を、何よりも守りたいと思っている。


 仕事で忙しいのは変わらないが、昌平は色々と準備をしてこの日を迎えた。昨夜、遅くまで悩んで、仕込んだブッシュドノエル。本当はもう少しやりたかったけれど、難易度を少し落とした。それを今日は出来るだけ早く帰って、緋菜の家へ持って行こうと思っている。飲み屋では食べられないから、持って来た。そう言って、置いたら直ぐに帰ってくればいい。急に行くなんてダメかな、と弱気になる気持ちもあって、何度もくじけそうになっている。

 そんな様子を見かねたのが、瑠衣である。昌平のその姿を笑い、それでも何かを察したのだろう。スッと横に立ったかと思うと、頑張れよ、と背中をポンと叩いてくれた。昌平はそれを受け止め、真剣な眼差しで頷く。日誌は酷い纏めようだったけれど、瑠衣に急かされて園を出た。そして直ぐに、緋菜にメッセージを送るのである。ポンポンとやり取りを繰り返しながら、帰路を急いだ。家に帰れば呼吸を整え、ケーキをラッピング。それを慎重に持ちながら、緋菜の家へ向かうのだ。


 僅かにクリスマスの雰囲気を出している店内を見渡し、緋菜は溜息を吐いた。幸いにして、それにはしゃぐような同僚はいない。それでも、早く家に帰って行くパパやママは楽しそうだった。予定がないのは自分だけ。いつものように酒を飲みに行けば良いけれど、きっと街は喧騒で溢れている。こういう日は、早めに家に帰って、お風呂にゆっくり入ろう。それからネットでくだらない動画を見ながら、酒を飲んで寝よう。緋菜はまた大きな溜息を吐きながら、帰路に着いた。

 陽たちはどうしただろうか。緋菜の中で、文人の気持ちは確信に変わっている。幸せになって欲しい、なんて他人事のように言ったが、意識はしていると感じていた。彼は今夜、誘うことが出来たろうか。探りを入れるように陽に連絡を入れると、直ぐに携帯が鳴る。返信が早いな、と思えば、昌平からであった。何てことないくだらないメッセージ。だけれども今夜は、それがちょっとだけ嬉しい緋菜。足取りは、弾むように変わった。


 陽は、クリスマスに浮かれた若い子たちを早めに帰らせて、一人残業をしようとしていた。どうせ征嗣は来ない。自宅でパーティでもするのだろう。征嗣の来る部屋にいると、もしかしたら、と思ってしまう。こんなことを何年もしているのだから、慣れたもの。それなのに、年々寂しくなる心に溜息を零した。

 そんな時に電話が鳴る。相手は、成瀬文人。今日は何の予定もないはずだったが、と訝し気にその電話を受けた。ドキドキする心臓に気が付くと、陽は深呼吸をした。勘違いしてはいけない。優しくしてくれるのは友達だから。そう自分に言い聞かせた。


 男二人、それぞれ気持ちを奮い立たせ、彼女たちを連絡を入れた。それぞれ細やかな願いを持ちながら。これが吉と出るのか、凶と出るのか。女二人は、どうするのか。クリスマスの夜は、意外と長い。

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