第一話 私の悪だくみ

「緋菜ちゃん、今日はご機嫌ねぇ」

「そうでもないですよ。先にお昼行ってきますね」

「はぁい。ごゆっくり」


 いつも通りだと思っているけれど、何だか今日は皆にそう言われる。別にそんなこともないんだけれど。ただ何でも嫌味を言ってしまう私が、呑気にそう受け止めているってことは、確かに機嫌が良いのかも知れない。

 今日のお昼は、おにぎりとひじきの煮物。朝コンビニで買った物だ。私はそのパッケージをまじまじと見つめた。そう言えば、ひじきの煮物ってどうやって作るんだろう。煮物って言うんだから、煮るんだよなぁ。


「検索、検索っと」


 一人の昼休憩など、携帯が友達だ。お行儀は悪いのは分かっているけれど、致し方ない。幾つものレシピが出て来たけれど、良く分からないので、その中の一番上を表示させた。


「野菜を切って、炒めて、煮る。煮る前に炒めるのか」


 ふむふむ、と材料を眺めるが、自分の家には全てなさそうだった。顆粒ダシなんてあるわけないし、料理酒だって持っていない。私の家にある酒は、大体発砲している。


「こういうの作れたらいいなぁ」


 ご飯とお味噌汁。メインとサラダ、それからこういう副菜。それが食卓に並んでいて、誰かと食べる。一人ってこともあるだろうが、いずれ将来は誰かが一緒に食べていて欲しいもの。

 すると、フッと成瀬くんの顔が浮かんだ。彼なら失敗しても、美味しいよ、と言って食べてくれそうだ。あぁ、陽さんもそうだろうな。多分、「こうしたらもっと美味しくなるよ」ってアドバイスをくれる。その点、昌平は……絶対に不味いと言う。更には、あれこれ足らないと指摘しそうな気がした。


「昌平は、ないな」


 一人で、ウンウンと頷いた。誰が見ているわけでもない、小さな休憩室だ。ここくらいは、自由で良い。


「そうだ」


 私は良いことを思い付いた。直ぐに携帯をサッサッと操作して、一つメッセージを送信する。相手は陽さんだ。彼女に料理を教えてもらおう。思い付きだけれど、料理が出来るなんて悪いことじゃない。覚えられたら、幸せな未来が近付いて来るはずだ。

 陽さんは、今日はお休み。昨日はあれから仕事に戻ったみたいだけれど、今朝のうちに『夕べはごめんね』と連絡が着ていた。しかも、私が店に着く前に。休みの日だし、しかも昨日は遅かったはず。それなのに、ちゃんと朝起きて、こうした気遣いをする。私には無理だな、と白旗を上げたのは言うまでもない。


「おっ」


 陽さんからは、直ぐにメッセージが返って来た。今は、十一時。お休みの日でもちゃんと起きる陽さんは、昼ご飯を作り始めた頃だろうか。早番だとこんな時間から昼になる。流石に食べるには早いのでは、なんて思ってたけれど、ちゃんとお腹は空くものだ。おにぎりを食べ終えたら、菓子皿にある煎餅に手を伸ばそうと思っている。


『あら、凄い。私なんかで良ければ、いつでも。味が気に入るか、ちょっと分からないけれど』

『何か作りたいものある?』


 陽さんは、どうしたの?なんて聞かない。こうやって一緒にやろうとしてくれるんだ。本当はこんなこと、母親に教わっておけば良かったな、と今になって思う。母や料理が得意だし、それはしっかり二番目の兄が受け継いだ。完璧に食べる専門の私は、文句だけは言って、手伝おうとしなかったな。実家に帰ったら、皿洗いくらいはしてみようか。


「作りたい物かぁ。私でも作れる物が、まず分からないしなぁ」


 素直にそう送る。だけれど、『出来れば、家庭的な物が良いな』という希望だけは書き添えた。

 家庭的な物。家庭的なこと。どちらも私には縁がなかった。興味がなかったのが大きいとは思うけれど、センスもなかったのだと思う。家庭科の授業なんて、男子よりも下手糞で、先生が呆れたこともあった。でも今は違う。これから先に向けて、自らやりたいと思えたのだ。きっと、吸収する力が比較出来ない、気がする。


『じゃあさ、お味噌汁はどう?』


 陽さんからの返答に、私は腕を組んだ。家庭的な物、と希望を出したのだ。肉じゃがとか、ハンバーグとか、餃子とか。そういった物を想像していたんだけれど、私にはまだ早いってことなのかな。そう考え込んだ私に、追加のメッセージが届く。


『お出汁を取って、きちんと作るの。出汁の取り方を知ってたら、色んな物に応用出来るから。どうかな?』


 なるほど。味噌汁って、味噌を溶けば出来るわけじゃないのか。

 出汁を取る。確かに昔習った気がするな。もうそんなことは忘れてしまったけれど、色んな物に応用出来るのなら基礎みたいなものだろう。すぐさま、『やりたい』と返した。気分はもう、料理人である。


「お味噌汁か」


 味噌?と呟いてまた検索をする。白味噌、赤味噌、合わせ味噌。これくらいが私の知っている味噌だったけれど、世の中にはもっと沢山あるみたい。調べてみると色々出て来て、直ぐに携帯を置いた。あぁ成瀬くんは何味噌が好きだろう。そう思って自分で、何言ってんだ、と突っ込む。昨日から私は、ちょっとおかしい。


 そう言えば夕べ、成瀬くんは陽さんのことを心配しているようだった。何かあったのかな。彼らは職場を互いに知っているようだし、もしかしたら私の知らないところで、会うこともあるのかも知れないな。でも、面白くないって感じたのは、何でだろう。私の知らないところで、皆が仲良くなっていくのが嫌だったのかな。四人は友達なのだから。

 あ、陽さんと成瀬くんってお似合いじゃない?年も近そうだし。そうやって考え始めると、どんどん彼らがそう見え始める。昌平とそっと背中を押してあげようかな。何となく、二人とも奥手そうだし。


「いいね、いいね。昌平に送ろうッと」


 昌平はまだ昼休みじゃないだろう。夜連絡が取れたら、電話してみようかな。自分の好きな人たちが幸せになるのって、きっと私も嬉しい。ちょっとしたいたずら心、いやお節介だ。でも陽さんも良いお年だろうし、成瀬くんのことが嫌いなわけでもないだろうし。何か楽しくなってきた。

 直ぐにブブブと届いたメッセージは、昌平ではなく陽さんからのものだった。


『じゃあ、スーパーで待ち合わせて、お買い物をしてから緋菜ちゃん家に行こう』

『お掃除も頑張って、お料理もやる気になったなんて、緋菜ちゃん偉いね』


 陽さんはそっと私を褒めた。こういうところが、成瀬くんと似ているんだ。だからやっぱり、私の読みは間違っていない。

 そして、私は不敵な笑みを浮かべる。こうして誰にも知られずに、私の悪だくみは勝手に始まっていった。

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