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あの日以来私は、あの人形を、もらったときと同様に紙袋の中に入れてクローゼットの中にしまっておいた。特別深い意味があったわけでは無いが、少なくとも目の届く範囲から遠のけてしまいたいと思ったのだ。
そして、暫く考えた末ある結論に到達した。
―次の休日、私は朝早くから起き出し、朝食の準備を始めた。何となく、頭が冴えて早く目が覚めてしまったのだ。
食事の準備をして、早々と朝食を済ませてしまう。普段から特に休日はやる事も無く、アパートでのんびりとするのが常だったので、こうして少しでもやるべき事が見つかると、不思議と気分が乗ってくる。
私は、寝室のクローゼットを開けると、クローゼットの床の上に無造作に置かれている茶色い紙袋を取り、中にいる人形を取り出した。
それを、数日前と同様に本棚の上に置くと、スマートフォンを取り出し、カメラアプリを起動させた。そして、人形の方にスマートフォンのカメラレンズを向ける。正面から、まず1枚、写真を撮った。
更に角度を変えて、斜め前からもう1枚。そして、その反対方向からも1枚。更に、人形の位置を変えて、赤い傘が目立つ背後からもう1枚、写真を撮った。
次に、パソコンを起動させると、スマートフォンとパソコンをケーブルで接続し、今撮影したばかりの写真をパソコンに転送した。全部で4枚。パソコンのモニタ上で人形の映り具合を確認し、余計な背景や本棚を消すようにトリミングして保存した。
次にブラウザを起動させると、検索窓に「ビスクドール 価格」というキーワードで検索を掛けた。いくつかのネットショッピングサイトや、個人ブログのサイトがヒットする。ビスクドールと言っても、その種類は様々で、価格もピンからキリまであるようだ。安い物なら数千円、高価な物は数十万円にもなるらしい。
だが、ここであまり深く悩んでも仕方がない。価格はあくまで参考程度にすればいい。どうせ、人形の価値など自分には分からないのだから。
検索ウィンドウを閉じると、次に大手のオークションサイトのページを開いた。今まで、この手のものは、買い手側として商品を落札したことはあるものの、出品したことはなかった。私は、出品するための手順を、サイトのヘルプメニューから確認する。身分証の写しなどの書類が必要ないことは、事前に調べていた。元々、買い手側としてユーザー登録していたサイトなので、手続きに追加で余計な手間は掛からなかった。
再びサイトのトップページに戻り、そのページから「出品する」という文字の書かれたリンクボタンをクリックした。
移動したページを一読し、予想以外に簡単な作業だという事が分かった。商品の写真や説明、そして出品価格を設定し、後は配送を個人で行うか、オークションサイト側に任せるかを選ぶだけだった。匿名配送を希望する場合は、サイト側に一任することになるらしいので、これを選択し、価格は…悩んだ末、一万円と設定した。
写真は、先程撮影した4枚の写真をアップロードし、適当に説明文を書き加えれば完了するはず。あっけないほど簡単だ。
……一通り作業を終えると、出品の最終確認のボタンへのリンクをクリックする前に、もう一度人形の方へ目をやる。どこか、後ろめたい感じがしないでも無い。作業中に、何度も黒ずくめの女の姿が頭の中をちらついてはいたが、別に、彼女に義理立てる必要も無い。
私は、別に望んでこの人形を手に入れたわけではないのだから。むしろ、あの女に無理矢理押しつけられたと言った方が正しい。そうだ、私は何も悪くない。
そもそも、人形に興味の無い私が、部屋の中に人形を飾っておく方がおかしい。であれば、この人形は、本当に人形を必要としている人が持つべきだ。その方が良いに決まっている。
そう自分に言い聞かせながら、私は人形から目を逸らし、再びパソコンの画面を見る。
「出品する」というリンクボタンへマウスを動かし、数秒の躊躇いの後、リンクボタンをクリックした。
暫くのタイムラグがあって、一旦ページが真っ白になった。次のページへと移行する前段階の画面―そう思って暫くその画面を見つめていると、次に現れた予想外の文字に、思わず目を見開いた。
―BAD REQUEST 5***1, Not Found this page
白地の背景の左上に、ちょこんと小さいフォントで表示された英語のメッセージに、眉を寄せる。
リンク先のページが見つからないことを意味するエラーメッセージだった。
どういうことだろう……。たまたま回線が混み合っているか何かして、アクセス出来なかったのだろうか。あるいは、ブラウザ側の問題だろうか。一応パソコン側のネットワーク設定を確認してみる。が、特に問題は無い。適当に他のサイトへもアクセスも試みたが、難なく可能だった。
もう一度、サイトのトップページに戻り、マイページから出品履歴を確認してみるが、そこに先程の人形の出品記録は残っていない。仕方ない。もう一度やり直すしかないようだ。
やり直すと言っても、写真をアップロードして、商品の概略を書くだけなので大した手間ではない。
先程と全く同じ作業を行い、もう一度「出品する」のリンクをクリックする。
画面が真っ白になり、ブラウザが次のページへ移行しようとする。今度は大丈夫だろう、と思いながらも、その期待は次に表示されたメッセージで打ち砕かれる。
―BAD REQUEST 5***1, Not Found this page
「…………」
私は、半ば自棄になって、三度目の試みを行う。
―しかし、
―BAD REQUEST 5***1, Not Found this page
もう一度……。
―BAD REQUEST 5***1, Not Found this page
……。
溜らず、大きな溜息を吐いた。
それから、再び人形を一瞥する。
相変わらず、本棚の上で『彼女』はじっと動かずにいる。視線だけはこちらを見据えながら。物言わぬ唇の両端を少しつり上げて、微妙な笑みを浮かべながら。
なぜ……なぜ、そんな顔をする。
……お前は……君は……一体、何なんだ……?
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