第31話 ただれた思い出
初対面の
そんな腹積もりでいると、
「ねえ
「そっか。じゃあさ、復讐とかって考えてたりするの?」
その何の装飾もない単純明快な言葉に、
「ふーん。ま、そりゃそうだよね。……うん、わかった」
一体何がわかったというのか。少しだけ興味が沸き、そのまま傾聴する。
そこで
「いいよ。復讐したければすればいい。あたしは止めないし、なんなら、できる限りのことは協力もしてあげる」
突然、この人は一体何を言っているのだろうか? 純粋にそう思った。
何も知らないくせに。理解者づらしてでしゃばるな。
「だけど、それを達成するには、まずはたくましく生きなきゃいけないよね。亡くなったご両親の分までしっかりと。そうでなきゃ復讐なんかできやしないんだからさ」
……それはまあ、たしかにその通りだけど。
「そういえば、お前は
そこで初めて、「え」と声を発することになった。
なぜこの人は
それに、どれくらいと言われても、と困った。
ただ、亡き父親からは滅多なことがない限りは使ってはならないと耳にタコができるくらい注意喚起されていた。その旨をボソボソと、なんとなく正直に伝える。
「そっか。それじゃあこの際だから教えてあげるわ。
そんな話は聞いたことがなかった。少しぞっとする。
いや、まだ今日出逢ったばかりの人が言っているようなことだし、にわかに信じられない。というかそもそも、この人はどうしてこんなに詳しいのだろう。一番の謎はそこだ。
「あたしは、そんなことでお前に死んでほしくはない。だから、今まではごくたまに使ってたみたいだけど、もうこれからは絶対に使っちゃダメよ。わかった?」
そこで
結局、
だが、復讐という黒い感情を否定もしなければ今日会ったばかりに過ぎない子供に死んでほしくないと語る
それが何故なのかわからず、柊に向かう道中に考えてみて、それっぽい答えがひとつ浮かんだ。
もしかしたら、母親の愛を知らないで生きてきたから、大人の女の人に微笑みながら頭を撫でられた瞬間、なんとなく、母親にされているような気になってしまったのかもしれない、と。
どうしてそんな気になったのだろう。
この人のことなんか、全然知らないじゃないか。
……いや、それはお母さんも同じか。
ちょっとした自己嫌悪を覚えながら、そっと
視線に気づいた
それを見ると、やっぱり反抗する気が削ぎ取られてしまう自分がいることに気付く。親戚連中のところにいたあいだにすでに息絶えていたはずの『誰かに甘えたい、優しくしてほしい』という欲求が、再び生まれてくる。
でも、やはり
こうして
あの事件が起こるまでは。
柊にやってきて、そこで
出逢ってすぐに、
もちろん、このときの
誰とも話したくないからひとりになりたくてわざわざ渓流まで行くのに、何故かいつも、心配そうに付いてくるからだ。ついてこないでと言ったのは一度や二度じゃない。それでも懲りずについてくる。うっとうしいことこのうえなかった。最終的には、逆に
何が目的なのかわからなかった。もしかしたら、自分を監視するように裏で
考える時間がいくらでもあった
しかし、
あの日──
それが原因で、足を踏み外した
はずみでしでかした自分の悪行に、子供ながらも素直に震えた。
頭のなかで一瞬前の光景が何回も繰り返し蘇り、固まってしまっていた。
しばらくして我に返り、急いで川の流れを辿っていくと、大きな岩に打ち付けられでもしたのか、ぐったりしたまま水に浮かび流れていく
それを見た
どうしてそう思ったのかはわからない。ただ、体が勝手に動いていた。
ぎりぎりまで近づき、闇雲に右手の4本を送りこんだ。だが、流れが速すぎてうまく定まらず、どうにか一本付着させるのがやっとだった。
ただ、子供とはいえ、人ひとりをこれまた子供の
このままではいけないと考え、すぐさま
そのままその場に立ち尽くす。それでも糸の張力と川の流れの合力が生まれ、迂回してしまうことにはなるが
生来より糸を操る
そうしてなんとか川から救出はしたものの、
まさかもう死んでいるのかも、と思って胸に耳を当ててみたが、鼓動は止まっていなかった。でも、このままだといずれはそうなってしまうかもしれない。
……どうしよう。どうしよう、どうしよう。
ちょっと押しただけのつもりだったのに。悪気はなかったのに。本当に。
けど、この子がこうなってしまったのも、そのすべての原因は間違いなく私にある。
もしもこの子が死んでしまったら、そしたら、私は──私は、あのサンタと同じじゃないか。
雨水や川に全身を浸していながらも、その身を焼き焦がすような苦しみが沸き立つ。見様見真似で、両手で胸の圧迫などを試みようとしたが、顔から血を流し、ぐったりとした様子を目にすれば、逆にそんなことをしていいのかという気持ちになってしまう。。
もはやこれ以上、
そこへ幸運なことに、
生憎と今はこの土砂降りで、しかもこの激流だ。そんななか、いく
どう転んでも、
瞬間、それは嫌だ、という感情が芽生えていた。
だが、予想に反して
それ以上の問答もせず、
一向に『手術中』のランプが消えず、外で待ち焦がれている最中に、寮生活を送っているはずの3人が駆けつけてきた。そこで
そんな様子を目の当たりにして、
サンタによってすべてを失い、不幸というものがどんなものなのかを体験したはずの自分が、物の弾みとはいえ、結果的に、他人に不幸を振りまいてしまった。
これじゃあサンタを憎む資格もありはしないじゃないか。
加えて、怖かった。
少年が九死に一生を得たとして、回復したときに自分へと注がれるであろう憎悪の視線が怖かった。
自分がそれをするぶんには何とも思わなかったのに、それを人にされるのが嫌だというのだから実に現金なものだ。かといってもちろん、このまま死んでほしいとは露ほども思わない。
ありとあらゆる方面からの自己嫌悪で心が押しつぶされそうになる。
たまらず、
手術が終わり、
合わせる顔がなかった。あるはずがなかった。
次の日になっても、
ここまでの大惨事、どうやって謝ればいいのか逆にわからない。許してくれる可能性なんてもとより皆無だ。
だが、それでも何かせずにはいられなかった。
ではどうすれば罪滅ぼしができるのかと考えた結果思いついたのが、あの指輪を探しだすということだった。
聞いた話だと、
それからというもの、
冬の川の水に毎日朝から日が暮れるまで手を浸からせていたせいか、両手は荒れに荒れた。それでも探した。風邪もひいた。それでも探した。
是が非でも、罪を償いたかったから。
しかし現実はそう甘くない。いくら探しても小さな指輪は見つからなかった。
正直な話、最初から見つかるとは思っていなかった。
あんな小さいものをこんなにも広い山奥で探し出すなんて、奇跡でも起こらない限り無理に等しい。
でも、だからこそ、その奇跡にすがった。
そんな奇跡が起ころうものなら、きっと自分の罪も少しは軽くなるだろうと、そう信じて。
そうして
「なんでよ……なんで、見つからないの……」
その言葉を呪詛のように何度も繰り返しながら、涙をこぼしながら、未だに起こらないでいる奇跡を恨みながら、夕日に照らされた渓流を探し回った。
きっとどこかにあると信じていた気持ちも、もうすっかり涙で萎れてしまっていた。
だが、そんなときだった。「
「捜し物はこれでしょ」
ほら、と差しだされたその手には、指輪があった。
たしかにあの指輪だった。
「どうして……どこにあったの?」
「ここからもっと先の、下流よ」
どうりで見つからないわけだと思った。
いずれにせよ、奇跡は起きた。
必死の努力は報われたと、最初はそう思った。
でも、……違う。
自分が追い求めていた奇跡とは、何かが違う。
仕草からして、
「どうしたの。これ持って、
図星だった。流された指輪は見つけてくるし、心は見透かされているし、
「でも……でも、これは私が見つけたんじゃないから、その……」
そんなのは公平じゃない、と
だから受け取れない。受け取ってしまってはいけない気がした。
そんな姿に、
「いーんだよ、そんな細かいことは。大事なのは『探し出したのが誰か』ってことじゃない。『一生懸命探したのが誰か』ってことでしょ? お前は一生懸命探した。それこそ死に物狂いにさ」
すると
それを
「よく頑張ったね」
満面の笑みで優しく微笑み、体ごと引き寄せ、そのまま抱擁したのだ。
どうしてなのかわからないが、認められた気がした。
実際、
だがそういう意味ではなく、もっと高次の──たとえば尊厳とか、存在とか、そういった類のものを。
認められて嬉しかったはずなのに、どうしてか涙が止まらなかった。ただおもむろに、衝動に身をゆだねて、おおいに泣いたのだった。
気付けば両腕が、なぜか勝手に、
しばらくして
こうして指輪が見つかった以上、それは必然的な流れに他ならない。
でも、それを聞いてどうしてか、心から温もりが消え去り、俯いてしまう。
「……許して、もらえる、かな」
「ん?」
「謝りに行っても、許してもらえない気がする」
「でも、そのためにこれを探してたんでしょ?」
「うん……でも」
なぜか自分の胸中をうまく説明できない。自問自答する。
そこで
……そんなつもりはない。
今でも、ちゃんと謝りたいと思っている。でも……でも。
自分がどんどん薄汚い存在になっている気がした。
質問に答えられず、さらに俯き加減になってしまう。
そんな
「なら、無理して謝りに行かなくてもいいんじゃない」
「え……?」
「でもさ、
そして
遅れて
もちろん平気でいられるはずがなかった。平気でいられるものなら、こんなになるまで指輪を探したりなどしない。悪いと思っているから、身を焼かれるような思いに耐えかねて、贖罪のつもりで今日までの一週間、ずっと行ってきたのだから。
でも、謝らなければ、その努力は無駄に終わる。
……いや、努力とか、そんなものはこの際どうでもいい。
あの子だって、結果的に指輪があれば、その過程なんてどうでもいいに違いない。
問題なのは、私の心だ。心の在り方だ。
私は、あの子に悪いことをしたと思っている。
私は、あの子に謝りたいと思っている。
だけど私は、許されないと思っている。
だから私は、あの子に会うのが怖いと思っている。
ダメな私は、あの子に会いに行くのを渋っている。そう、渋っている。
そんな私を、やっぱり私は許せない。
謝って許されなかったとしても、それは仕方ないじゃないか。自分のせいだもの。だけど、謝らなければ許されるはずがない。あの子からも。そして、私自身からも。
許されたいと願うなら、逃げずにちゃんと立ち向かわなければ行けないんだ。
あのサンタのように……逃げたくはない。
「……行く。謝りに」
見つけた答えを、決して折れない一本槍に昇華させて、
「そっか。でも、その前に」
「今からそんな強張った顔してちゃ持たないわよ。一度リラックスしないとね」
10秒と経たずして、つまんでいた頬を、今度は掌で挟み始めた。ムンクの『叫び』に描かれているもののようになった。軽く押し付けるように頬が揉まれる。「うにぃい」とまたしても変な声が出た。それも10秒もせずに終わる。
「どう? これで少しは緊張もほぐれたでしょ?」
「うう。こんなにほっぺたを腫らしてたら、恥ずかしくて謝りになんか行けないよ」
「そう? じゃあ今のを逆の手順でやろっか? そうすれば元に戻るかもしれないよ?」
「またそんなこと言って。騙されないよ」
そこで、ふたりは見つめ合って笑った。
柊に来て
「じゃあ、行こっか」
その後、
初めになんて言えばいいか。どういうふうに話を持っていけばいいか。もしも罵詈雑言を浴びせられ、許されなかったときには……。
やがて病院に着き、そして
目の前には扉が1枚。この向こう側には、あの子がいる。
そう思うだけで、押し殺したはずの恐怖が、また顔をのぞかせてくる。体も強張っているのかなんなのか、少し震えている。
このまま立ち尽くしてはいけない。油断すれば足が固まったまま動けなくなってしまう──とわかっていても、肝心の一歩目が進まない。
しかしそこで、
病室に入ってみると、ベッドの上に、顔面を包帯で隠した
けれども
たしかに瀕死のところを助けたのは
その旨を伝えても、
許されるかどうか以前に、糾弾や罵詈雑言を覚悟していた。それが当たり前だと思っていた。でも、そうはならなかった。
わからない。どうしてそんなに穏やかでいられるのかわからない。
許されたいという
余談だが、このときの切ない気持ちを忘れないためにも、仲直りの記念ということで
この一件を機に、
世界のすべてを恨むような顔をしていたはずが、いつのまにか笑顔でいることが多くなっていた。
そのことにしばらくして
……いつの間に、私はこんなに笑うようになったんだろう。
いつからなのかは、思い返してみてもわからなかった。ただ、そうなった理由は、間違いなく
でも、どうしてあのふたりといると笑顔になるのかは、具体的にはわからないでいた。別に、それ以外にムスッとしているわけではない。ただ、あのふたりがそばにいると、より一層笑顔になれるのだ。
……多分、大好きなんだろうな、あのふたりのことが。
しかし一概に好きと言っても、それぞれに対しての気持ちは趣が異なっていた。
それに対して、
「それって、好きってことなんじゃん?」
たまらず、
「だから、
「そうじゃなくって、じゃなくて、そういうことでしょ」
「?
「んと、……あたしは、お前は
「だから、さっきからそう言ってるもん」
「あら、あたしだってさっきからそう言ってるもん」
ただ
「ごめんごめん
「……もう。真面目に聞いてよ」
「聞いてるよちゃんと。ただまあ……これは、あたしがああだこうだ言って一から説明するようなもんでもないし、自分で考えるんだね。ゆっくりと」
「えー。ズルいよ。わかってるなら教えて」
断られても渋る
「特別ってことなんじゃないの。世界で1番ね」
それだけ言うと、
その後、
世界で1番特別な存在。その言葉の意味は、下手に探ろうとしなくてもわかっていた。
柊に来た当初はあんなにも嫌っていたのに、それがいつの間にか、反転していた。
でも、一体何が原因だったんだろう。そんなふうに考えてみて、最初に頭に浮かんできたのは、あの包帯だらけの笑顔だった。それを思い出してみて、
「? どうしたの、
「! ううん、な、何でもない」
この瞬間、
月日が経ち、
入学してからというもの、その美目麗しい容姿と控えめで思いやりのある性格から、
そんなことが続いていくうちに、必然的に『幼馴染の
……も、もう。誰よ、そんな噂を流したのは!
でもこれじゃあ、次に会ったとき、どんな顔をして会えば……意識しすぎて、顔が赤くなったりしていたらどうしよう……うう。
いや……でもこれは、考えようによっては、チャンスなのかも。
もしかしたら、
これまでは、ふたりで笑っていられるその関係を、距離間を崩したくはなかったという思いから、自分の想いを告げようとはしてこなかった。今までは、それで十分だった。
けれど、それは柊で生活していたころの話である。二次成長を迎え、心も体も成熟を始めたとなれば、必然、求める関係性も変わってくる。ただし、今までが今までだけに、既存の関係性を変える一手を中々打てないでいた。失敗したら目も当てられない結果が待ち受けているのだから。
そんななかでの噂である。適度な間隔のままそれ以上は近づかないでいたふたりの距離が、一気に縮まるかもしれない。この事態を
しかし、そんな桃色の希望はすぐに霧散することになる。
次に
まだ噂を耳にしていないに違いない。心が乱れるよりも早く、
自分の口から噂の存在を示唆することも変なので少しばかり様子を見ていたが、それでも一向に、
最初は、『他に好きな子がいるのかな』と思った。でも、幼馴染の
次に、『もしかして未だに噂を知らないか、もしくは噂に無関心なのかな』と思った。でも、あるとき廊下を歩いていると、
ただそれを見て、最期に、『私に興味がないのか、もしくは嫌われているのかな』と思った。特定の女子にお熱の様子もない。噂を知らないわけでもない。それでも
いくら何でも嫌われているとは思えない。それならばそもそも、口もきいてくれないはずだ。ならば、興味がない、ということになる。
何度も告白されたことで、
たとえ学園中の男子から告白されたところで、好きな人に振り向いてもらえないならば、そんな経歴にどれほどの価値があるというのだろうか。無駄でしかない。
興味がないとは、信じたくなかった。
ニコラス学園に入る前からの付き合いで、柊では朝から晩まで一緒にいたのに。
クラスメイトの
それなのに、
それじゃあまるで、嫌われているみたいじゃないか。
そう思った瞬間、
あの日から随分と時が経って、
自分のしたことを。
自分の罪は──刻み込んだ傷は、
思春期のせいか、最近の
そういうときの
あの日のことは、勇気を出して謝ったことで、
だからこの現状は、そんな
自分の想いは決して成就することはない。
だが、
慈愛と自分勝手がないまぜになった心を抱え、進退窮まった状態のまま、ただただ月日だけが過ぎていった
そんな袋小路から
世界的資産家の娘である
それらがタイミングよく重なっていい具合に混ざり合い、忘れかけていたサンタへの復讐心や地獄のような日々の苦しみ、思い返すだけで胸が煮えたぎるような憎しみに再び火が灯る。それらが、これまで抱えてきた苦悩に取って代わった。
陸上部をきっぱりとやめて代わりにアルバイトをし始めた、という体裁の裏で実は兄の元で戦闘訓練──主に銃の取り扱いを学び、日に日に普通の生活から遠ざかっていく。
次第に、ニコラス学園を卒業した後には
これでいいんだ、と
なにより、すでに殺人を犯しているらしい兄を放ってはおけなかった。
そんなふうに非日常に身を染めていけばいくほど、これまでの日常がいかに幸せなものだったのか、そして
……あのふたりがいなかったら、私だってもうずっと前に兄さんのようになっていたに違いない。あのふたりがいたからこそ……たった数年だけど、それでも十分幸せだったなぁ。
柊で常日頃から走り回って遊んでいたせいもあって運動能力は高い
かといって、仮に気が変わったとしても、今更引き返せないところにまですでに足を浸からせている。だから
だが──いや、だからこそ、
サンタの手がかりを掴むために微かな可能性を信じ、真に忍びない思いで
柊が怨念をぶつけるべきサンタの監視下にあり、
それは、
そのとき
気付けば、胃のなかで何かが蠢いていると感じるほど気分が悪くなっていた。
サンタの足がかりが掴めたかもしれないという期待と、
真実をこの目で確かめようと、最寄りのバス停から急いで柊に戻ってくると、そこには
その薄気味悪い映像が胃を蝕み、我慢できず、ついにはトイレで激しく嘔吐してしまった。
空になったはずの胃がまだ何かを追いだしたがって、たとえようのない疲労感で満たされる。半面、心にぽっかりと穴が開いた。修復不能の穴が。
そうして自然と溢れる涙を無理に止めることなく自由にさせているところに、
当然のことながら、
そして、今まさに失ったばかりの温もりをより強く欲し、衝動的に
おかげで、空になった心が十分に満たされた気がした。
最後に頭に残ったのは、すべての因果の原点であるサンタへの憎悪だった。
……
ハハ……笑わせないでよ。結局、私はこうして悲しんでるじゃない。
もっとも、
もはや柊の存在自体が許せなくなっていた
思い返せば……あの
人気のない場所にある黒服のアジトにサンタを呼びよせたとき、そこに現れたのには本当に驚いたし、殺せと命令がでたときには気が気ではなかった。
なんとしても守りぬこうと必死で先回りして、そこで
もちろん、サンタだけを狙って。
しばらくして、空から降ってきたあの指輪を見つけると、なんとなく、身に着けていたくなった。もちろん返すという選択肢もあったが、自分が持っていること自体があまりにも不自然であるのでその案は却下だった。
自分と気づかせずにそれとなく返そうかとも思ったが、よくよく思い返してみればこれは、ふたりを繋いでくれた大事なものだ。だから、これがあればいつでも思い出に浸れる。ずっと傍にいてくれているような気にさせてくれる。だから、これさえあれば自分は生きていける。
これから別離することへの先駆けと言い聞かせて、本人には内緒で胸に、服の下にずっとぶら下げていた。
夜が明けて、未だ行方不明のままの
ふたりで柊へ帰宅している途中、電車で会話したとき、兄を恋人と偽ったまま、その恋人と同棲するという大嘘をついたときには、明らかにショックを受けていた。これにはたまらず自意識過剰にも近い感情が込み上がってきたわけだが、手渡した携帯電話に盗聴器が埋め込まれているとも知らず『別れのための餞別』と笑って言われたのには、正直相当応えた。自己嫌悪が止まらなかった。
知ってはいけない事実を知り、翌日になって衝動的に柊を退所したあと、
しかしそれでも、まるで私の心を汲んでくれたかのように問いただすこともせず、それどころか私の言う通り、ニコラス学園に来てくれることを承諾してくれた。一方的で、急な要件にも関わらず。ひとえにそれは、ふたりのあいだに未だ確固としてある信頼関係の賜物であると信じ、心がそっと躍った。
だが遅れて、けれどそれを今からぶち壊そうとしているのを自覚して、悲しかった。
後になって、おそらくこれが最後の会話だったんだな、と気づいた。
兄が女子寮で
柊を退所する際、早朝という時間を選んだのは、みんなとお別れをしたくなかったから。
単純に「さよなら」の一言が
それが仇となったのか、すぐに再会してしまった。よりにもよって、修羅と化していた最中に。
ならばもう、狂ったように振舞い演じきるほかなかった。
今この場で、とことん嫌われてやる。
もう近づこう、関わろうと思わないぐらい、徹底的に。
そして、自分の未練をすべて断ち切るために。
顔ではあざけて、心で泣くことを選んだ。
──そんなふうにどこまでも
もはや
溜まったそれを体から排出するかのように涙が溢れるせいで、ゴーグルが満たされていく。
もうこんなものは邪魔でしかないと言わんばかりに強引に取り外して適当に放り投げ、右腕の裾で両目の前を2度往復させた。
叫び終え、涙も枯れた以上、
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