第26話 きよしあの夜

 赤羽あかばねは顔を青くさせていた。

 胸が痛むのは、けして埃っぽい空気を吸ったせいではないだろう。

 当惑が冷めやらぬなか、とりあえず言及せざるをえなかった。

 たとえ震えた声になったとしても。



「お、お前、何やってんだよ、こんなところで。それに、そんな恰好までして」



 黒服は返事をしない。



「どうしてお前が、銃なんか……」



 黒服は返事をしない。

 まるで石化の呪いでもかけられたように、微動だにしない。



「おい、なんとか言ってくれよ」



 黒服は一向に返事をしない。

 それが、もしかしたら人違いかもしれない、という一縷の望みを抱かせる。



 だが、現実は残酷だった。

 黒服は終始返事こそしなかった。けれど突然口元を緩めたと思ったら、どうしたことか愉快そうに、天井に向かって大声で高らかに笑いだしたのだ。もちろん、聞きなれたあの声で。



 常盤ときわがこんなふうに笑うところを赤羽あかばねは今まで目にしたことがない。

 知らない一面。しかしこれは、知らないほうがよかったと言える部類に入るものだ。高ぶった心が瞬間冷凍されるほどに不気味で、肌に毛虫が這いつくばっているかのような悪寒に襲われる。



「……はぁ。あーすっきりした」

「み、みやび?」

りょうくんこそ、どうしてここにいるの?」

「ど、どうしてって」

「腕も足も、ちゃんと鎖でグルグル巻きにしておいたはずなんだけどな。縛りが緩かったのかな?」

「……あ?」

りょうくんがアレを自分で解けるはずもないだろうし、となるとやっぱりサンタか。ふうん……こいつはさっきからずっと私とやり合ってたから、他のサンタね。……まったく。何やってるのよ兄さんは」



 常盤ときわは、まるで赤羽あかばねとの予期せぬ対当を全く意に介していないかのように、普段通りの調子で語り始めた。

 それがこの事態の異常さをより一層演出している。



「それで何の用なの? 今いいところなんだけど」

「い、いいところ?」

「うん、そうだよ。見ればわかるでしょ。殺すの。こいつを」



 常盤ときわは、霜月しもつきを見上げながら平然とそう言った。

 


赤羽あかばねは口を開いたまま何も言えない。反応できない。というか、どう反応すればいいかわからない。



「だからさ、用がないなら……よいしょっと。さっさとどこかに行ってほしいんだよね」



 そうして常盤ときわは自ら落した銃を手に取り、不具合がないかを確認するように軽く叩いてみたり、細部を覗くような仕草を見せた。

 まるで片手間で会話をしているかのように。



 ……これは、誰だ?

 これが……これが本当の、常盤ときわみやび、なのか?



 混乱する赤羽あかばねをよそに、常盤ときわは磔にされたままでいた霜月しもつきに腕ごと銃を差し向けた。

 そのまま、一瞥もくれないまま赤羽あかばねに語り掛ける。



「なんならさ、もう柊に帰ってもいいよ、別に」

「……なに?」

「だって、こうしてサンタをおびき出せた以上はもうりょうくんに用もないし。うん、そうだよ。そうしなよ。早く帰ったほうがいいって。柊のみんなもきっと心配してるだろうからさ」



 昼間の電話は、きっと葛城かつらぎから脅迫されて、それで無理やり言わされたに違いない──と、葛城かつらぎと衝突してからはそう考えていたが、今の言葉やこの状況から鑑みると、まるで常盤ときわ自身も今回のことについて最初から一枚噛んでいたような気がしてくる。

 だからこそ、やるせなくなった。



 この6年はなんだったのか。

 ふたりの間に少なからず絆ができていたと思っていたのは、自分だけだったのか。

 仮に信頼関係があったとしても、柊を退所してしまえばもうそんなものは消え去ってしまうのだろうか。しょせんその程度のものだったのだろうか、自分たちの繋がりは。

 ……そんなこと、信じない。



「帰れるわけ、ないだろ」

「ん? ああそっか。こんな時間じゃあもう電車も動いてないもんね」

「そういうことじゃない! わかってるだろ、ふざけるなよ!」



 その声に威圧されてか、常盤ときわは腕を下ろし、嘆息して再び赤羽あかばねに顔を向けた。



「別にふざけてなんかいないよ。それともなに? まだ何か他に用があるわけ?」

「ないわけない」

「そう……でも、悪いけど、また今度にしてくれないかな。さっきも言ったように、今は取り込んでるんだ」

「何が取り込んでるだよ。単に人殺しをしようとしてるだけじゃないか」

「そうだね」

「だろ? じゃあ見過ごすわけにはいかない」

「なんで? 私は今朝、柊から出て行ったんだよ? じゃあもうりょうくんには関係ないでしょ、私がどこで何をしようと」

「関係なくなんかない! お前が柊から出て行ったとしても、どこに行こうとも、お前は俺の命の恩人で、大切な幼馴染だ! それは永遠に変わらない。いつまでも……いつまでもずっと、大切な人なんだよ! そんな人に、人殺しなんかしてほしくない! そう思うのは当然のことだろ?」



 普段なら口にするだけでこそばゆくなりそうな台詞だったが、今はどうでもよかった。



 それを聞いて、口を開いてからここまで饒舌だった常盤ときわが、再び黙る。少しして、「ありがとう、そう言ってくれて」と呟きながら視線をそらした。



「でもごめんね。気持ちは嬉しいけど、ここは、ここだけは引けないな」

「どうして!」

「だって! ……大切な父親を殺した仇敵を、やっとの思いで捕まえたところなんだよ。それをみすみす見逃すなんてさ、そんなもったいないこと、できるわけない」

「…………は? 今、何て言った?」

「だから! 私の父さんは、こいつに殺されたんだってば!」



 常盤ときわは銃を人差し指に模して、全身で訴えかけるように霜月しもつきを差し示す。当の霜月しもつきは顔を伏せていた。



「な、何かの間違いじゃないのか?」

「ううん、そんなわけない。だってあの夜、私はこの目でちゃんと見たんだもん。こいつの素顔をね」



 そこまで言うと常盤ときわは、素っ気なく、唐突に、発砲した。

 だがやはり着弾しない。強力な向かい風が銃弾ごと赤羽あかばね常盤ときわをも飲みこむ。



 風に煽られながら、常盤ときわ舌打ち交じりに、意地になったように再び発砲する構えを取る。



「お、おい! よせって」

「動かないで!」



 前傾姿勢になった赤羽あかばねに、銃口が向けられた。それが信じられなくもあり、また相手がいくら常盤ときわといえど、少しだけ恐怖心が芽を出していた。



 たまらず、赤羽あかばねは蚊帳の外になっていた霜月しもつきへと話を振った。



飛鳥あすか、本当なのか、今の話は」



 霜月しもつきは答えない。相変わらず顔を伏せたままでいる。

 赤羽あかばねはもう一度名前を呼んで催促するが、結果は変わらなかった。



「無駄だよ。私の言ったことが事実だってわかってるから、だからこいつも反論できないでいるんだよ」

「そうとも限らないじゃないか。わからないだろ」

「……なに? もしかしてりょうくん、こいつの肩を持つつもり? こんな奴の?」

「いや、そういうわけじゃない。ただ……」



 赤羽あかばねは悩む。証言を繰り返す常盤ときわに対して、霜月しもつきは一向に口を閉ざしたままだ。こうなってくると、はたから見ればまさに常盤ときわの言う通り、霜月しもつきが自分の非を認めた証左と映っても仕方がない。



 だが赤羽あかばねは、霜月しもつきがそんなことをするようにはどうしても思えなかった。

 生意気だし、赤羽あかばねを毛嫌いしているような素振りはある。だがそれとこれとは別だ。

 昨日、春香はるかたちにお菓子を配るときに見せたあの笑顔。あれは紛れもない本物だった。



 結局、何が正解なのか。

 今ある材料だけでは判断できない。判断するには、せめてふたりの因縁を知る必要があった。



「教えてくれないか。何があったのかを」

「うん、それもそうだね。それじゃあ昔話でもしようか。私が柊に来る前に起こった、ある一家に訪れた悪夢の話を。もう柊の一員でもないわけだし、律儀に隠し続けておく必要もないし」



 そうして常盤ときわは、おとぎ話を児童に読み聞かせるように、少し演出がかった口調で語り始めた。



「昔々、あるところに、ひとりの少女がいました。少女には父親と兄がいましたが、母親はいませんでした。母親は少女を産み落とすと同時に亡くなってしまったからです。そんな事情からか、父親と兄は生まれてきた少女に精一杯の愛情を注いでくれました。ですが、少女にはそれが苦痛だったのです。母親の命を喰らってまでして生まれてきた少女は、父親と兄から母親を奪ってしまったことに罪悪感を抱きながら毎日を過ごしていきました。そんな少女に、幸せなど訪れるはずがありません。ある日、悪夢という罰が下されました。あれは──今からちょうど6年前のクリスマス・イブの日のことです。毎年クリスマスの日にはサンタクロースと呼ばれる盗賊団が大富豪の下へ現れ、世界に名だたる貴重な物品を強奪することで有名ですが、その年の生贄に、なんと少女の父親が選ばれてしまいました」

「……え? ろ、6年前?」

「幸か不幸か、少女の父親は、特殊な超心理薬アド・アンプサイの生成で莫大な利益を得る、大富豪だったのです」



 常盤ときわの実家の素性にももちろん驚きはしたが、それよりも『6年前』という単語が思考のすべてを奪っていた。

 赤羽あかばねが初めてサンタの存在を知ったのがちょうど6年前のことだ。つまりあのとき──常盤ときわが柊に初めてやってきたとき、その直前に見ていたテレビに映っていたあの被害者となっていたのが常盤ときわの実家だったということになるからだ。



「例によって例の如く、その年も予告状クリスマス・カードに記されたとおりの貴重品──『龍の牙』がサンタクロースによってものの見事に強奪されてしまいました。……でもね、それだけなら、それだけなら私は何とも思わなかった。そんなものに興味もなかったし。でも、サンタが奪ったのはそれだけじゃなかった! もっともっと大事なものを奪っていったんだ!」



 語るにつれて感情が高ぶったのか、気付けば常盤ときわの声が怒号に代わりっていた。



「バカな少女は! 6年前のあの日、悪名高いサンタクロースを一目見ようというちょっとした好奇心から、父親に内緒で、使われていない暖炉の奥にこっそりと隠れて様子を窺っていました! けれど、夜も遅かったために少女は待ちくたびれて暖炉で眠りについてしまいました! しばらくして、ぐっすりと眠りこけていた少女の耳に、大きな音が聞こえました! 眠りから覚めた少女は、そこで──そこで、あるものを目にしました。りょうくん、何だと思う?」



 話の流れからしてなんとなく予想はついたが、それでも赤羽あかばねは答えられなかった。



「父さんがね、物の見事に……ぐちゃぐちゃになってるところだった。そしてそのすぐそばに、少女と同じくらいの身丈をした、全身を白で装った少女がいました、とさ」



 話すにつれて悲哀な感情が蘇ったのか、過激だった口調が逆にしおらしくなっていった。

 


今の話が本当かどうか、確認の意を込めて霜月しもつきを見つめる。だが霜月しもつきは依然として黙り俯いたままでいる。

 そこに、「けれど」という常盤ときわの言葉が割り込んでくる。



「少女の悪夢はまだ終わらなかった。いや、むしろそこから始まった。父親を亡くした少女とその兄は、そのあと莫大な遺産を半分ずつ相続することになりました。ですが、それを知った日本にいる親戚の連中は、今まで一切関わりを持っていなかったのにもかかわらず、相続した金欲しさにハイエナの如く兄妹に迫ってきました。結局、兄妹は別々に引取られることとなり、その日からそれぞれがそれぞれ地獄のような日々を送り始めました。少女の場合では……ゴミと罵られ、クズと蔑まれ、食料すらろくに与えられず、家のなかにいることすら許されず、背中に何度もタバコを押し付けられて完全には消えないほどの火傷を負い、そして……」



 苦い過去を思い出したせいか、常盤ときわの両腕がわなわなと震えている。



「そしてある日、少女を引き取った親戚は、兄が、兄を引き取ったほうの親戚を惨殺して逃亡したという話を耳にしました。自分達も同じようになるのではと畏怖した親戚は、少女から全てを奪うと、とある養護施設に預けて姿を晦ましました。そうして少女は──りょうくん、あなたと巡り逢った。そこで……いろいろあってね、サンタへの復讐心が一旦は深い眠りについていたんだ」



 今の話で赤羽あかばねは、常盤ときわが柊に来た当時、何故あんなにも荒んだ様子だったのか、静かに納得していた。



「そして、つい最近になって、その復讐心が眼を覚ましてしまった。きっかけは、あの金銀連花ががぶた真理子まりこがニコラス学園に編入してきたことから始まった」

「え、ガガブー?」

「だって! りょうくんも散々見てきたでしょ、あいつの、金に物を言わせた『贅沢』って悪意を! あいつはあたしと同じような境遇の家に生まれながら、まるで違う人生を歩んできた存在よ。だから嫌でも考えちゃうのよ。どうして私だけ、あんなにみじめで死にたくなるような思いをしなきゃいけなかったの、って。どうしてあいつは、親の財力を利用して人を見下しているっていう最低なのに、何の報いも受けずにいるの、って。……挙句の果てに、あいつは私と同じような超心理アンプサイにまで手を出しもした。それがまた余計に癇に障ったの!」



 今の言葉で合点がいった。

 金銀蓮花ががぶた超紡績シルク・ロードを披露していたあのときに常盤ときわが妙に機嫌が悪かったその理由が。



「それと時を同じくして、何の巡り会わせか、私は生き別れの兄さんに出逢った。すでに高峰たかみねの配下になっていた兄さんは、私が亡くなった母さんから受け継いだこの力──『過剰超紡績ストリング・オクテット』を持つ私を勧誘してきた。でも私だって、最初はそんな犯罪組織に組み入れするのなんて、乗り気じゃなかったよ。これっぽっちもね。でも……気が変わったの。兄さんから見せられた資料を見て。その瞬間、もう復讐しか考えていない昔の私に戻っていた」



 常盤ときわは、離れた赤羽あかばねにまで音が聞こえてきそうなほど力強く歯軋りをさせて、霜月しもつきに向く。



「お前が今も身につけてるは、私の母さんの形見よ。お前は……お前はあの日、父さんの命を奪っておきながら、母さんの形見まで奪ったんだ!」 



 そして常盤ときわは、ありったけの負の感情を込めて弾丸を連発した。

 それでもやはり、風の結界は未だ突破できないでいる。しかし、その事実とは別に、常盤ときわは惰性のように引き金を何度も引き続けた。

弾丸が尽きても構わずに続けた。



 いくらかして弾倉が空になっていることに気づくと、荒ぶる呼吸を宥めながら、役に立たなくなった拳銃を霜月しもつきに向けて放り投げた。

 ただ、どうしてかそれだけは霜月しもつきの胸に着弾したのだった。



「……何よ今の。まさか罪滅ぼしのつもり? 銃弾は防ぐくせに! ──ねえりょうくん、どう思う? これって『愚弄されてる』ってことなのかな? ……まあいいや。とにかく、少しでも悪いと思ってるなら……さっさと死になさいよっ!」



 そうして、赤羽あかばねを置いてけぼりにして、戦闘が再開してしまった。



 常盤ときわが跳躍し、霜月しもつきに接近しつつもその頭上を少しだけ越える。そして最高点から落下が始まると、前転を交えながら右脚を伸ばし、霜月しもつきの頭上目がけて踵落としを喰らわす体勢に入っていた。 

 拳銃を持たずに肉体での直接攻撃を繰り出したのは、たまたま近場に拳銃がなかったことが半分、怒りによる衝動的なものが半分といったところか。



 だが、類に漏れず、踵が霜月しもつきに接触する瞬間にやはり嵐のような向かい風に阻まれてしまう。津波のような風に飲まれて、そのまま反対の壁際にまで吹き飛ばされてしまう。背中を軽く打ちつけ、磔刑にあったような状態になった。

 もちろん赤羽あかばねも、その途方もない風力の余波により、顔の前に腕を用意することを余儀なくされているし、体は滑るようにゆっくりと後退している。油断すれば転倒してしまいそうなほどだ。



 やがて、体育館が軋む音がそこら中から聞こえてきた。度重なる破壊ですでに耐久力が限りなく失われていたところへのこの暴風だ。そう遠くない未来に決壊は起こるだろう。



 そこで風がやんだ。途端、天井から瓦礫がどんどん降ってくるようになった。今までは風力で壁際まで吹き飛ばされていたのだろうが、風がやんだことで、崩壊の進捗状況が顕著となったようだ。



 赤羽あかばねが瓦礫を避けるので精いっぱいになっているなか、常盤ときわは風の圧から解放され、ゆっくりと着地してみせる。すると、ろくに選びもせず一番近くにあった拳銃を手に取り、体育館の崩壊を気にする様子もなく、再び霜月しもつきへと立ち向かっていく。



 それを霜月しもつきは悠長に待ち受けはしなかった。

 接近よりも先に霜月しもつきが蜘蛛の巣から抜け出すように前方に飛び立ってみせたのだ。どうやら度重なる爆発の影響や再三発生している強風の影響で、蜘蛛の巣となっている張力の支点となっていた格子が折れ曲がったり破断したり、あるいは糸自体の断裂や付着力が弱まったりしていて、霜月しもつきの拘束力は人知れずゆっくりと失われていたようだ。



 とはいえ、完全に拘束から解き放たれたわけではない。その体にまだ付着している糸がいくらか残っているし、その糸の先端に瓦礫が付着したままのものもある。それらを霜月しもつきは滞空しながら時計回りに一回転し、その動きで糸の断片を敢えて自らに巻き付けるように収納していった。



 結果、霜月しもつきは糸塗れにこそなったものの、蜘蛛の巣からは完全に解放された。そうして自由を取り戻したことで、目前に迫ってきていた常盤ときわを難なくかわすと、間髪入れずに赤羽あかばねにまで滑空し、そのまま右手を強引に掴んで、壊れかけの扉のひとつをくぐり抜けて瞬く間に飛び去っていった。


 

 霜月しもつきが逃亡を図ったことに慌て、常盤ときわもすぐにその扉に詰め寄る。霜月しもつきが飛び去って行った方向を確認し、そして追いかけようとした。



 だが、足を一歩踏み出した途端、眩暈を起こしたかのようにふらついた。

 立っていられないほどの脱力感と倦怠感。頭も痛い。寒気もする。気づけば、傍の壁に手をついて寄り掛からなければ立っていられないほどになっていた。

 過剰超紡績ストリング・オクテットを酷使したことによる弊害だろうか。

 もちろんそれもあるだろう。……けれど、おそらくはの副作用だ。



 

 過剰超紡績ストリング・オクテット自体が本来、肉体にかなり負荷をかける代物だ。

 そこにを掛け合わせるなど、まさに自殺行為。

 この症状がでた時点ですでに危険信号を越えた状態だから気をつけろ──と、そう常盤ときわは聞かされている。



 たしかに今、形容しがたい不快感が全身を包んでいる。弱まってくれる気配もない。このぶんだと、さっきまで行えていた自分でも驚くほどの超常的な動きももう限界かもしれない。

 これ以上は無理だ。後遺症が残ると兄も言っていた──けれど。

 ここにきて、ここまできて、今更あとになど退けるわけもない。

 今日この日のために、これまでのすべてを捨てたのだから。

 残ったものといえば──。



 朦朧とした意識のなかで飛び去って行くふたりの姿を見て、そして赤羽あかばねを見て、常盤ときわは胸元にある蒼と朱のふたつの指輪をぎゅっと握り締めた。

 すると不思議なこと、不快感の波が弱まっていった気がした。


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