第22話 火花散る熱暴走
携帯電話で時間を確認すると、デジタル表記の画面は15時を10分ほど過ぎていた。
まだ昼間といってもいい時間帯だが、淀んだ雲がところせましと敷き詰められていてこともあって、普段のこの時間帯よりもずっと薄暗く感じられる。
今日は朝から一段と冷え込んでいた。でもそれは柊のある山奥だけのことと捉えていた
鼻をすすり、もしかしたら柊に帰るころには雪がちらつくかもしれないな、と空を仰ぎながら寮の入り口に来てみて、そこで
よくよく考えてみるとたしかに、ふたりは同棲するのだから一緒に部屋の片づけをしていてもなんら不思議ではない。むしろ、電話をもらってから今に至るまでどうして
「どうしたんだ、そんなところで棒立ちになって」
「いや、まさか先生がいるとは思わなかったので」
「そうなのか? なんだ、てっきり
最後の言葉がやたらと耳に纏わりつく。
「まあ、それなりには聞いてますけど」
「じゃあいまさらそんなに驚くことでもないだろ。それにしても、急に呼び出したりして済まなかったな」
「それは別に構わないですけど。で、
「ああ。今もひとりで片づけをしている」
「そうなんですね。じゃあさっさと済ませまちゃいましょう。天気も悪くなりそうだし」
「じゃあ案内するよ」
「大丈夫です。部屋の場所はわかってますから」
数日前までは普通に受け答えができたのに、あの日──ふたりで教室にいるところを目撃したあの瞬間から、
当たり前のことだが、女子寮は閑散としていた。
普段はたくさんの生徒で賑わう寮も、今はそれが一切ない。どこか別の建物のように感じられた。足音が無駄に反響している。
自然と、並んで歩く形にはならなかった。
早く部屋に到着して、この状況から抜け出したいという気持ちが行動に現れてしまっていたのかもしれない。
「そういえば、先生方から受け取った課題はちゃんとやってるのか?」
沈黙にしびれを切らしたのか、
「それなりにやってますよ。さっきも
「そうか、ならとりあえずは留年も回避できそうだな。いやなに、
「そうなんですか」
階段を踏み込む足に、余計に力が加わる。
やがて2階にまで来た。
いくらも経たないうちにドアの前にまで来て、ドアノブを素早く握る。そこで「あれ?」と疑問を吐露した。
ドアには鍵がかかっていたのだ。てっきり
そして
瞬間、『バチン!』という、鞭をふるったような痛々しい音が響き渡り、廊下に木霊した。
同時に、
何が起こったのか、しばらく理解が追い付かなかった。それと気付いたときにはすでに、凍てつくような床に頬をつけていたのだから。
直角に傾いた霞んだ視界に、
その足を辿るようにして目だけで見あげていくと、その表情は今までの爽やかなものから一変し、まるで害虫が殺虫剤でもがき苦しむのを傍観して楽しむ異常者のような、歪んだ笑みに豹変していた。
「おいおい、まさか今のでオチたりしてないだろうな。ちゃんと手加減してやったんだから。オラ」
「お。よかったよかった。ちゃんと意識はあるようだな」
「せん、せ……何、を」
「ん? ……ああ、そうか。
そのまま、
「お前、サンタがキングキャッスルに現れたあの日に、妙な廃墟に潜り込んだだろ」
「どう、して、それ、を」
「俺はな、あのときあそこにいたんだよ。さすがのお前でも、俺の言っている意味わかるよな?」
改めてその言葉を吟味する必要はなかった。思わず驚愕が顔に出てしまう。
それを確認すると
「俺、を、どう、する、つ、もり、なん、だ」
「そうだな、……ここでぶち殺す、って言ったらどうする?」
「……っ」
「ハハハ。冗談に決まってるだろ冗談。そんなに怯えるなって。殺しはしないさ。もし殺すんだったら、こんな話なんか省いてとっとと済ませてるからな。いいか、お前にはエサになってもらうのさ。サンタをおびき寄せるためのな」
「サン、タ?」
「いまさらしらばっくれても無駄だぞ。お前を保護している柊って施設がサンタと繋がってるってことは、こっちはすでに調査済みなんだよ」
少女や
「何、で、それ、を」
「知っているのか、ってか? さあ、何でだろうな。お前にはどうでもいいことだろ」
口では嘲りながら、
たまらず、
「とにかく、お前がそろえばこっちのもんだ。あとはせいぜいおとなしく眠ってろ。……オラッ!」
途端、さっき体験した、あの強烈な刺激が再び襲ってきて、瞬く間に
熱せられた体から、若干の焦げ臭さを孕んだ妙な蒸気が沸きあがった。こうしている今もまだ攻撃が続いているのか、それともただ痛みを感じているだけの状態が続いているのか、それすらもう判断がつかない。
それでも、ただひとつわかったことがある。
それは、今自分を苦しめているこの現象──この
「……え、れ、き……と、り、っく?」
『
それは、もっぱら富裕層を商売の標的とした、護身のために用いることが目的とされた
とにかく攻撃性が高く、その他の
もちろん、こうして実際にその威力を体感するのは初めてのことだが。
「なんだ、まだ意識があるのかよ。意外にタフじゃないか、赤バツ」
口を動かしながら、
気づけばタバコには火がついていた。たちまち
そうしてタバコを一度思い切り吸い込んでから、ふうと吐き出し、
「だが残念、不正解だ。今のは
基本的に、すべての
具体的にいえば、
これが
タバコを右手でつまんだまま左腕の腕時計を確認すると、今までで一番の醜悪な笑みを浮かべた。
「どうやらまだ時間もあるようだし、これからたっぷりとその体に教えてやろうか。お前には今までろくに何も教えてこれなかったわけだしな。せいぜい覚悟──ん?」
そこで急に、
しかしそれでいて無視することなく、そのまま電話に出る。
「なんだ? ……ああ。……あ? おいおい、まだそんなこと言ってんのかよ」
視線が険しくなり、それがやがて
さっきまでいびつな笑顔だったのが、苛立ちを募らせたそれに様変わりしていた。
「わかったわかった。じゃあな、切るぞ。──ったく、いいところで邪魔しやがって」
一方的に通話を切って胸にしまうと、まだ火をつけたばかりのタバコを床に落として足で強く踏みつぶし、横たわる
「個別指導は辞めだ。持つべきものは幼馴染だな、オイ」
「……おさ、な……み、や、び?」
「あいつもつくづくバカな奴だぜ。本当、誰に似たんだか」
苛立ち、悪態をつきながら、その鋭い眼光で
状況からして、偶然にも
しかし、自分に対してのみならず、
こいつが、目の前にいるこの残虐非道な男が、
対する
「いい機会だから教えといてやるよ。……そうだな、これが最後になるだろうな、俺がお前に教えることは」
冗談めかしたことを言いはしたが、冷淡なままの表情がぼやけた視界いっぱいに広がる。
「心して聞けよ。……いいか、お前と
「? どう、いう、いみ……」
「
それだけ言うと、
……よりにもよって、こんな歪んだ男が
このことを
でも、もしかしたら──昨日見せたあの不審な様子は、たとえば
今朝早くに突然柊を去ったのは、一晩考えて、
昼頃にかかってきた電話だって、俺を捕縛するための罠だったんだ。つまり、
こいつだけは……許せない。絶対に。
やり場のない怒りの熱がそのまま理性という檻を燃やし尽くし、灰燼へと変える。
抑え込むものがなくなった今、遺伝子の奥底で冬眠していた『ルドルフ』としての本能が、解き放たれた。
「お、ま……え、だ……」
「ん? なんだ、何か言ったか」
「っ──クズは、お前だぁあっ!」
全身に訴えかけてくる苦痛をものともせず、あらん限りの力を振り絞って、這いずるように右手で
刹那、床に触れていた左手から掴んだ右手にかけて、膨大な量の熱エネルギーが流動した。
一瞬にして床の表面が氷結する。それは
そうしてそこらじゅうから奪い取って蓄積した熱が、今度は
「っ、うがあああああああっ! っつ──」
足を噛みちぎろうとするかのような突然の激痛に、
そんなふうにして染みついた反射だから、そもそも手加減という概念がない。これまでで一番大きく豪快な音が、
「くっ……て、てめえっ、今何しやがった!」
普段なら水を被せるなどして無理やりにでも起こし、そのまま電撃を与え続けてじわじわと拷問にかけるところだが、生憎とこれ以上の攻撃は本当に死に追いやってしまうかもしれない。それでは本末転倒だ。となると八つ当たりすることもできない。それでも感情は高ぶったままだし、激痛もおさまる気配がまるでない。
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