第20話 霜焼けした願望
「じゃあ俺たちは行くけど、夕飯になったら起こしに来るから、それまではちゃんと寝てろよ」
「うん。あの」
「ん、どうした?」
「その……さっき和室にいた子って、誰?」
「ああ、なんか柊の資金提供者──の娘なんだってさ。な?」
「ふうん、そんな子がいたんだ。でも、何の用だったの?」
「えっと、その──クリスマスプレゼントってことで、
嘘と本当を半分ずつ混ぜ合わせて急造した話だったが、ここに子どもたちがいたことが図らずとも功を為し、話に真実味を与えてくれていた。
そろって
あれからふたりの姿を見てはいない。ということは、まだあそこにいるということになる。
そうして和室の一歩手前まで来たところで、襖が勝手に開いた。
続けざま、少女が部屋から顔を出してくる。ただ、その表情がさっきまでとは違う。心なしか、薄っすら血の気が引いているようにも見える。
「ど、どうかしたのか」
そして、少女に続くようにして現れた、茶碗やらを載せたお盆を持った
「どうだった?
「結構やばかったよ。ひとりじゃ立てないくらいだったし。一応部屋で寝かせておいたけど」
「そう」
「ところでさ、
「いいんじゃない。だいたいのことは話し終わってたし。それに、
『仕事』というのが、
「んじゃ、あたしはあの子たちと先に夕飯の仕度を始めてるから、お前は
「いいですよ、見送りだなんて」
「いいのいいの、お前は一応客なんだし。それじゃあ頼んだわよ」
ふたりに有無を言わせる暇もなく、
「……じゃあ、行くか」
「玄関までで結構ですから」
接着剤の役割を果たしていた
「っていうか、車で来たんだよな、
それとなく話しかけてみたが、少女は見向きもしない。
「……やっぱり、
予想通り、少女はそれを横目でチラと見てきた。だが視線を戻してすぐに「わかっているならわざわざ聞かないでください」と、これまた悪態をついてくる。
というかそもそも、どうして溝ができてしまっているのか。それがいろいろと知識を得た
「なあ、どうしてそう俺を邪険にするんだよ。俺、君に何かしたか?」
だからこそ、迂回した表現でなく、愚直に問いかけてみた。
するとどうしたことか、少女が足を止めてみせた。真摯な気持ちが少しは伝わったのかもしれない。
「何もしていないですよ。
それはとても簡素で、しかしそのまま嚥下はできない、あまりに不可解な表現だった。
言葉の裏に隠された真意を掴もうと頭を回転させている傍ら、少女はさっさと先に進んでいく。その背中に「おい、今のってどういう意味だよ?」と直接尋ねるが、少女はもはやこれ以上何も言うつもりはないらしく、立ち止まることも振り返ることもしなかった。
そのまま玄関まで辿り着いて、追いかけてきた困惑顔の
そうして靴を履き終わり、直立したときだった。少女が、
そうと気づいて振り向いてみて、驚愕する。なぜならそこには、あれほどまで活力を失っていた
「な──どうしたんだよお前」
「うん、ちょっとその子に用があって。はい、これ。忘れ物よ」
差しだされたのは、大量のお菓子を詰め込んでいたあの白い包だった。もっとも、今は中身を失って萎れた花のようになっているが。
「なんでお前がこれを?」
「
「私の名前は、
「……
「そう。よろしく」
「こちらこそ。……すみませんが、これから用事があるので、私はこれで失礼します。では」
少女は頭を下げると、
少女は柊の裏にある渓流方面へと、風に流されるように移動していた。
その背中に「ちょっと待てって」と呼びかけるが、距離もだいぶ離れているせいで聞こえていないのか、立ち止まる気配は一向にない。
やむなく履きかけの靴をきちんと履きなおす。その最中、チャポッという音が川のほうから聞こえた。あの少女が石か何かを投げたのだろうか?
遅れて向かってみると、追いかけていた背中がある場所で動きを止めていた。そこは、ただ立っているだけでもわずかな水飛沫を浴びてしまうような川岸の、大岩が連なっているそのうちのひとつだった。
ゆっくりと近づいて行くと、しだいに少女が渓流に向かってぶつぶつと何かつぶやいているのが聞こえてくる。
もちろん他に人はいない。どういう意図でそんなことをしているのかわからなかったが、最後、「──だから、覚悟しておいてください」と言い放ったのがどうにか聞き取れた。
「何を覚悟するんだ?」
「……ついてきたんですか。見送りは玄関まででいいと言ったはずですけど」
少女は顔をわずかだけ翻して一瞥すると、再び
途端、無風状態であった周囲の空気がまるで命を宿したかのように暴れまわり、辺りを搔き乱していった。反射的に腕を顔の前に持ってきてしまうくらいの奔流だ。
そうして冬の夕暮れの冷気が不規則に襲いかかってくるなかで、
どうやらこのまま飛び立つらしい。別れの言葉も述べぬまま。
「あ、待って。ちょっと待ってくれって!」
少女はこれ見よがしな溜息をしてみせてから振り向き、嫌嫌な様子で「……まだ何か? それとも、さっきの続きですか?」と口にした。
もちろんさっきの続きも聞きたかったが、少女の様子からしてそれを教えるつもりが皆無なのはわかりきっている。だからいっそのこと溝ができてしまった原因追及は諦めて、逆に今ある溝を少しでも埋めよられないかと考えた。
「その、さ。俺たちも自己紹介がまだだったよな」
「自己紹介?」
「そう。君は俺のことを知ってたのかもしれないけど、俺はそうじゃなかったし。一応名乗っておくけど、俺は
「……知ってますよ。それで?」
「あ、えっと、君は
「……だから何です?」
「へ? いや、だからその、なんていうか……俺も
けれども、今の発言を受けた途端、まるで地雷を踏んだように少女の表情がみるみる歪んでいった。目つきがさらに険しくなり、血が滲みそうなくらいにまで下唇を噛んでもいる。それに伴ってなのか、そばで乱気流が発生したかのように再び冷気が暴れ始めた。
「耳障りだからやめてくださいっ! 2度と私のことを
何がそうさせたのかはわからない。
もちろん、容認されない可能性も考えてはいた。
だが、その咆哮は、態度は、
明確すぎるほどの拒絶だった。
ひとり取り残された
なんでここまで毛嫌いされているのだろうか。
さっきの『あなたは何もしていない』とは、結局どういう意味だったのか。
理由を追求していくうちに、やがてひとつの可能性が思い浮かんだ。
もしかしたら少女は、『
しかし、それらを一切せずに今日まで生きてきたのが
もしかしたらあの少女も、内心ではサンタになりたかったわけではないのかもしれない。
もっと別の何かになりたかったのかもしれない。
けれど、それは叶わぬ夢でしかなかった。サンタとして生まれた以上は。
一方で、サンタとしての義務を放棄し、その叶わぬ夢を果たし、今ものうのうと一般人のそれと同じように安穏として生きているのが
そう考えると、今までさんざん受けてきた、目の敵にするようなあの態度もわからなくもない。もはや
それに、
それくらい、少女は
ただ、それには
少女が好きでサンタになったわけではないのと同じように、
なにも
つまりは──ないものねだりといったところか。お互いに。
「でも、いいじゃんか……名前くらいさ」
あの少女がああである以上、他のメンバーも少女と似たような心情である可能性は否定できない。ともすれば、今からでもサンタに加入したいという
少し時間をかけて傷ついた気持ちを一新させてから柊へと戻ると、みんなと一緒に夕飯の準備に取り掛かった。
やがて夕飯の用意が整い、約束どおり
***
翌日になって、
昨夜のこともあった手前、誘拐の線を即座に考えた
なんと
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