第18話 冷たい嘘
「それは、本当に……本当?」
「何? 信じてないワケ?」
「そりゃそうだろ。急にそんなこと言われても、はいそうですか、ってならないっていうか」
「だろうね。でも実際に、お前は
その言葉に、
かねてより謎に満ちていた
それが衝撃でもあり、また悩みからの解放でもあったが、それにもまして、特別な力が自分にあるという認識が芽生えて、高揚感や卑しい優越感が同時に、全身をあまねいていた。心臓が、静かに、けれど力強く高鳴っている。
「でもさ、そうなると
「ん? ……ああなるほど。どうやらお前、何か勘違いしているみたいね」
「勘違い? って、何が?」
「だから、
「え? ひとつ?」
「そう。物体の熱を吸収すると同時に放出するとかって言えばいいのかな。一言で言うなら、『熱エネルギー流動』ってところじゃない?」
「ね、熱エネルギーの流動? って、それ何?」
「……ふむ。さすがに
「たとえば今、お前の両手にそれぞれ缶ジュースがあるとするよ。どっちも常温ね。そこでお前が力を発動させる。すると不思議なことに、缶ジュースはかたや凍るような超低温に、かたや火傷しそうな超高温に、それぞれの温度が両極端に変化──と。どう、だいたい今ので理解できた?」
「い、一応はな。そうか……そういうものだったんだ」
「でもさ、今の話だと、温めるのも冷やすもの一緒、つまり同時ってことだろ? でもそんなことはこれまでになかったし、っていうかそもそも、サンタの力だって言い切れるほどの威力にだってなったこともなかったけど?」
「そのことだけど、それは全部あの指輪のせいよ」
「指輪、って……まさかアレのこと?」
「そう。ぶっちゃけた話、アレはお前のバイオリズムにあえて悪影響を与えるためのものだったってワケ。ほら、マンガとかであるじゃん。呪われた装備とかって何とかって。ああいうもんをイメージすればわかりやすいかな」
「呪われた装備、って……おいおい、嘘だろ」
「ってなワケで、アレを身に着けていたせいっていうか、そのお陰で、今までは力を極小にまで制限されていたってワケ。だからさ、本当は温めるのも冷やすのも常に、同時に発動していたんだけど、ただその力が微々たるものだったから当のお前自身も気付かなかった、ってところね。どう? 理解できた?」
「……まあ、なんとか。でもそれじゃあさ、普段から体調がよくないのとか目の下のクマが消えないのとか、そのへんもアレのせいだったりする?」
「んー、さすがに全部とまでは断言できないけど、だいたいの不調の原因はアレのせいだろうね。……ん? ってことはもしかして、お前の頭が悪いのもアレのせいだったりするのかな?」
そのこと自体も若干癇に障ったが、なによりもまず、あの指輪がそんな代物だったことに、そして、自分にとって何の価値もないものだったことに、失意と憤りを感じていた。
「初めから知ってたの?
「ん、何が?」
「あの指輪が、俺の体調を崩すためだけに用意されたもので、そして──父さんと母さんの形見なんかじゃないってことをだよ」
たまらず、
「そりゃあもちろん。だって、その指輪を作ったの、あたしだし」
「な、
「どうしてってお前、それ本気で言ってるワケ?」
今まで冗談半分だった
「逆に聞くわ。お前はその力で、学園の下にある地下室のドアを壊した、いや、溶かしたって話だったわね。そのときに思わなかったの? 『なんて危険な力なんだ』って」
「それは……」
「たとえば拳銃なんかは、弾がなきゃ打てないし、それが命中するとも限らない。でもお前の力は、絶対零度でもない限り、熱量の供給ができればどこでも何度でも発動できる。そしてそれは、刃物のように使えば切れ味が悪くなるなんてこともない。つまりお前の力はさ、拳銃や刃物よりもよっぽどタチの悪い凶器なんだよ。 そんなものが暴発したり、あまつさえお前が調子に乗って乱用しようもんなら──どうなるかなんてことは、さすがにバカのお前でもわかるでしょ?」
「……そりゃ、まあ」
「ってなワケで、アレはお前の力を制御するために、必要だったから作ったのよ。両親の形見だって言ったのも、そう言っておけば肌身離さず、大事に持っていてくれると思ったからね」
指輪は両親の形見なんかではなく、
「ひとつだけ聞いてもいいかな」
「んじゃ、ひとつだけよ」
「今の話からすると、前に俺が川に流されたときにアレを失くして、そのときに
「いや、そんなことはないわ。作ったあたしが言うのもなんだけど、あんな複雑なの、そうそう簡単に複製もできやしないし」
つまり、あの指輪は一点ものということになる。その事実が、薄暗くなりつつあった気分を少しだけ晴れやかにさせた。
「そっか。でも、今更だけど、よく見つけられたよな、あんな小さなもの」
「あのときは単純に、あの指輪に内蔵させてあった発信機の信号を追っただけよ」
「は、発信機だ? そ、そんなものまでついてんの?」
「まあね。だから今お前が持ってないってこともわかってるし。たしか2日くらい前からだったっけ?」
発信器なんてものがついているなら、いくら
有体に言って今、
「でもさ、ってことは、今回もすぐに見つかるってことだよね?」
「一応は、ね」
返答する
「あっと、その、そういうことならさ、俺の父さんと母さんが死んでいるってアレも、もしかして嘘だったりするの?」
「いや、残念だけど、それは本当のことよ。前から言っているようにね」
「ふーん」
「……腑に落ちない、って顔してるわね」
「そう? 別にそんなことはないだけど」
そもそもが適当に考えた話題だったので腑に落ちないも何もないのだが、当初の狙い通り話は逸れてくれた。
だからこそ、このまま路線変更されないように話を膨らませようとして、勢いに任せて思いついたことを自身で咀嚼することもなく適当に口にした。
「ただ、なんていうかさ、これまでの話からすると、俺はサンタのひとりの子孫で、ってことはさ、俺の父さんか母さんかのどっちかが、もしくはその両方が、サンタだったってことだろ? 」
「そうね。たしかにお前の言う通り、
「えっと、その……サンタの力を持ってて、それなのに事故なんかで死んだりするのかな? ってちょっと不思議に思ったりして、さ」
特にこれといって明確な意図があっての疑問ではなかった。
それなのに、
ちらと見ると、少女は少女で頭頂部を向けるほどに俯いている。
何かあるのではないか。どうにもそんな気にさせられてもしかたなかい状況だ。
「……なるほどね。たしかにお前の言うことももっともだわ。ただその前に、逆に質問させて」
「ん、またかよ。で?」
「これまでの話を聞いて、お前はさ、『なんで自分はサンタとして育ってこなかったんだろう』って思わなかったワケ? ちょうどここにいる
「え? そりゃまあ……言われてみれば、たしかに」
「そこに、さっきのお前の質問が繋がってくるワケよ。
そうして
対して
「母さんが?」
「あくまで当時の話だけどね。今じゃ色々あって、もうそのあたりもすっかり様変わりしちゃってるけど。でも、仮に
ここで、今まで押し黙っていた少女がそっと闖入してくる。
「やっぱりもう、今は『ひーちゃん』が断トツですか?」
「ん? んー、まあそんなところかな?」
ひーちゃんって誰だ? と思ったが、話の流れからして、現在のサンタのメンバーのひとりなのは理解できたし、今はどうでもいいことなので、それについては口を挟まなかった。
そんなことよりも、母から自分へと受け継がれた力がそこまで強力なものだったのかという事実に意識が奪われていた。あの地下室で起こったことが脳内で鮮明に蘇り、思わず左右の手のひらを見つめてしまう。
「たしかに、金属だって簡単に溶かすことができちゃうくらいだもんな……」
「あ。ごめん、今まで言うのを忘れてたけど、
「……え? どういうこと?」
「だって、初代のルドルフから
「なんかサラッと言ってるけど、そういうことって結構あるの?」
「いや、滅多にない。記録にあるだけでも、そんな事例は両手で数えられるくらいしか残ってなかったと思うけど。最近だとお前くらいかな」
「ふーん……母さんは、冷やすだけの力だったのか」
そこで
「な、なんだよ」
「『冷やすだけの力』とか、
「それの何がおかしいんだよ」
「実はさ、その昔、まんま同じことを当時のあるメンバーが言ったことがあったのよ。んでその結果、次の瞬間には全身が氷漬けにされてた。たしかアレは、
「……マジで?」
「マジで。でもそれだって多分、半分の半分も力を出してなかったんじゃないかな。っていうか、
「別次元、か。でも、具体的に何がそんなにすごかったの?」
「んー、バカのお前に言ってもちゃんと伝わるかわからないけど……何よりもすごかったのは、
「それは……えっと」
「ようは、冷やすのと同時に自分自身の体力も回復できた、ってこと。熱エネルギーなんてものは世界中のどこにだってあるから、事実上の疲れ知らず──食事や睡眠なんかしなくても無尽蔵に活動し続けることができたってワケ」
「……ま、マジで?」
「マジで。そんなんだから
「なんかもう、話を聞いている限りだと、雪女か何かみたいだな、俺の母さん」
「それも禁句のひとつだったわよ」
どうやら湯呑みが空だったらしい。もののついでにほかのふたりの湯呑みも確認して、順に茶を注いでいく。
少女は「ありがとうございます」と言ったが、
目で見てそれと気づくと、
飲むために注いだはずなのに、
「サンタのメンバーの血を引く者ってのは、受け継いだ力のコントロールと盗賊として必要な身体能力を備えるために、物心ついた頃から厳しい訓練を受けて育っていくのね。
「でもお前はそうはならなかった」
「そこだよそこ。どうして俺だけ、その訓練とかを受けてこなかたんだ?」
「それは──
「失踪? なんで?」
「もっとも異能に長けていた
母のことを『
「だから自分と違って、自分の子供にはやりたいことをやらせてあげたいと考えていた。でもそれを正直に言ったところで許可なんかおりるはずもない。まあ当然っちゃ当然なんだけどさ。そうなるともう、
「それじゃあ、俺がサンタじゃないのは、俺を連れて母さんが逃げ出したから、ってこと?」
「そう。お前の父親と一緒にね。当然ながら、サンタはあの手この手を使って
「……それが、例の交通事故ってわけか」
「あの日、久しぶりに情報が手に入ってきて、サンタはその足取りを追跡していた。そして緻密にことを進め、
ここで、
「今この場で話してきたことをこれまでお前に離さないでいたのは、死んだ
「まあ、それなりには」
「じゃあお前がちゃんと理解しているか確認するわよ。……サンタは、どうして今まで秘密にしてきた話を改めてお前に話すことにしたのでしょーか?」
「それは……俺が、あの指輪を失くしたから?」
「ふむ。その理由は?」
「俺にサンタの力使わせないために」
あの指輪がなければ、サンタの力が解放されたままだ。つまり今もその状態にある。
もしも今ここで長々としてきた説明が一切なかったとしたら、どうなっていたか。
春香たちに見られてしまったりしたかもしれない。
でも、それならばまだマシなほうだ。意図せずに力を暴発させてしまい、もしもそれが春香たちに向かおうものなら──取り返しの付かない危害を加えていたかもしれない。
絶対にそんなことはない、と言い切れる自信など
「お。どうやらちゃんと理解してるみたいね。あんまり期待していなかったけど」
「おい。……でもさ、アレには発信器がついてるってさっき言ってたじゃん。それならもう見つかってるはずなんじゃないの?」
「それが、いろいろあってどうやら難航してるみたいなのよね。それで急遽、話の場を設けたってワケ。この話だってあらかじめ、お前が柊からいなくなるときには話すことにもなっていたし。でもさ、
「はー、なるほど。で? 結局俺は何をどうすればいいの?」
「サンタがあの指輪を取り返すまで、力を使おうとしないこと。絶対にね。そして感情的にならないこと。サンタの力は感情のたかぶりによって、時に制御できなくなる可能性がある。なかでも、怒りの感情には特に気をつけなさい」
「うん、わかった。……あれ? 今『指輪を取り返す』って言わなかった? 誰かが持ってるってこと?」
「あー、その説明はしてなかったわね。んー、割愛ってことで省いちゃダメかな? あたしもう話し疲れちゃったわ」
「……じゃあ、それについては私が説明します」
そう言った手前、少女は
「さきほど
「ってことは、やっぱり誰かがあの指輪を持ち去ったってことか」
「断定はできませんけど、その可能性が非常に大きいと思われます。なので、その前提で進めますけど、持ち去られた指輪の信号を辿ると、持ち去った者は、ある場所に頻繁に出入りしていることが判明しました。それがあのキングキャッスルです」
「じゃあ、もしかしてあの
「あるいは、その手下の誰かかもしれません。とりあえず、今日これから、私たちサンタは、今一度キングキャッスルに潜り込む手はずになっています。もちろん、おとといと違って隠密にですけど。なので、無事奪還できたら明日、もう一度この時間にここに──」
「ふたりとも、静かに」
突如として
様子からして、この部屋に向かってこようとしている者の存在をその耳が感知したらしい。
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