第17話 赤鼻のルドルフ

 3人は8畳ほどの和室にいた。

 部屋の真ん中にある横長机を挟むかたちで、それぞれ座布団を敷いて座っている。瑠璃るりと少女が並んでおり、その対面が赤羽あかばねだ。 



 なお、『ホシ』と称されているものからのメロディは依然として流れているわけだが、結局のところ、この音が何を意味しているのかは未だに謎のままである。

 そんななかで、瑠璃るりが順に湯飲みにお茶注いでふたりに回していく。 



「さてと。あの子たちに夕飯の準備をまかせっきりっていうのも心配だし、面倒ごとはパッパと終わらせるわよ。で、何から話そうか?」

「やっぱり、まずはサンタクロースの定義からじゃないですか」



 闇雲に食ってかかってもらちがあかないのでとりあえずは傾聴に回るつもりだったが、今までと打って変わって少女の口から『サンタクロース』という言葉があまりにもあっけなく平然と突出したせいで、反射的に赤羽あかばねの口が動いた。



「ちょ、ちょっと待って」

「ん、何よ?」

「今の感じからして、その……瑠璃るりさんはやっぱり、その子があの、サンタ……クロース、だって知っているってことでいいの?」



 赤羽あかばねは、また訪れるかもしれないあの窒息に恐怖しつつ、しどろもどろに尋ねた。



「そんなの当たり前じゃん。っていうかむしろ、あたしがサンタの関係者だからこそ、この柊を任されてるってワケだし」

「え? じゃあ──ってことは、ひょっとしてニコラス学園も?」

「ま、そゆこと」



 瑠璃るりは何でもないことのように素っ気なく答えると、茶をすすった。



「なんていうか、今度はえらく簡単に教えてくれるんだな。さっきは窒息させたりまでして口を封じようとしてきたのにさ」



 恨みがましく少女をちらと見ると、視線に気づいた少女はしかめ面をしてそっぽを向いた。

 それを咎めるように、瑠璃るりが肘で「ほら、飛鳥あすか」と少女を小突いた。すると少女は、ばつが悪い表情を浮かべて、しぶしぶながらも、頭を下げるのだった。



「さっきは、その……すいません、でした」



 まるで腹話術の人形のように、ただ言わされているだけの状態なのは誰の目に見ても明らかだったが、もはやこの子は、少なくとも自分にはこうなのだと、そう理解することにした。



「たしか、どこで誰が聞いているかわからないから、とかって話だったよな。でもさ、そんなことを言いだしたらきりがないんじゃん。実際問題、どうやって防ぐんだよ、そんなの」

「ああ、それについては、コレを使うのよ」



 瑠璃るりが少女を指すと、少女は上着の胸元を右手でまさぐり、そうして掴んだ何かを机の上に置いてみせた。



 現れたのは、刺身の受け皿程度の大きさをした、典型的な星型の物体だった。とはいえ、形どる線がやや丸みを帯びてはいるが、星の鋭角は有している。色は菜の花色で、親指と人差し指でストレスなく摘めるくらいの厚みだ。



 そして、その物体からはオルゴールのような音色のメロディが溢れ出していた。赤羽あかばねがさっき外にいたときから耳にしている、あのメロディが。

 これが『ホシ』とやらの正体だろうか。



「これは……」

「『ベツレヘム』っていって、探知と盗聴が限りなく不可能な通信機能と、周囲への電波妨害機能を兼ね備えています。その性質上、併用は不可能なんですけど」

「今みたいにメロディが流れている状態だと、電波妨害の機能が働いてるってわけよ。サンタの秘密を口にするときは、たとえどこであろうと、そして相手が誰であろうと、これを使う決まりになってんのよね」

「でも……じゃあ超聴覚ドッグ・イヤーの対策は? そのっていうのがどんなにすごくても、瑠璃るりさんみたいに、実際に音を聞き取る超聴覚ドッグ・イヤーを持ってる奴が近くにいたりしたら防げないんじゃ──」

「ああ、それについては大丈夫。あたしのは、そんじょそこらの超聴覚ドッグ・イヤーとはわけが違うから」

「どういうこと?」

「んー、つまり、あたしのは特別性ってこと」

「え、そうなの?」

「そうそう。市販されているのだと、そんな遠くまで聞こえないし。たしか300メートルも聞こえないんじゃなかったっけ? でもあたしのは、条件にもよるけど、それでも最低2キロから3キロくらいまでなら聞こえるから」

「……マジ?」

「マジマジ。大マジよ。だから、仮にそんな奴がいたとしても先に察知できるワケ。あたしのほうがうんと有効範囲が広いんだからさ。逆に言えば、あたしの耳に怪しげな音とか声が聞こえてこなければ、近くに怪しい奴は誰もいない、ってことになるワケね──って、バカのお前にあたしの言ってる意味、わかるかな?」

「いちいちバカにするなって。ようは、特別な超聴覚ドッグ・イヤーを持ってる瑠璃るりさんの耳に今は何も聞こえてないから、だから大丈夫ってことだろ?」

「お。意外と理解してた」

「だからしてるってちゃんと。でもひとつわからないのが、どうしてそこまですごい──というかヤバい超心理アンプサイ瑠璃るりさんが持ってるんだってことだけど。なんていうか……それって本当に合法のやつなの?」

「それは──ハッキリとは言いたくないかな。あたしがサンタの関係者だから、って答えじゃダメ?」



 曖昧な答えだが、こと今に至っては、それだけでも十分納得に値してしまう。

 同時に、赤羽あかばねの予想を遥かに上回るくらいに瑠璃るりがサンタに精通していることもわかった。この様子だと赤羽あかばねよりもずっと詳しいだろう。




「質問はそれくらいでいい? それじゃありょう、今度こそ──これから、お前にとって、とても大事な話をするわよ」

「俺にとって?」

「そう。『なんで』って顔してるわね」

「だってそりゃそうだろう」

「ま、気持ちもわかるけど、今は何も考えずに、とりあえず話を聞きなさい。ただ、わかってるとは思うけど、これからここで話すことは一切他言無用だから。いくら『ホシ』を使ってたところで、お前が喋っちゃったら元も子もないからね。もしも喋ったらどうなるかは、……ま、大丈夫ってことでいいわよね?」



 そう言う瑠璃るりは、笑顔を浮かべているつもりなのかもしれないが、赤羽あかばねの目にはどう見ても般若にしか映らなかった。生唾を飲み込んでからうなずく。



「よろしい。じゃあさっそく始めるわよ。ねぇりょう、ずばり、サンタって『何』だと思う?」

「なんか漠然とした質問だな。そうだな……世界一の盗賊団とか?」

「ふむ。じゃあその世界一の盗賊団の、構成員の数はどれくらいだと思う?」

「数? え、人数ってこと? うーん……1000人くらい?」



 何の根拠もなく適当に答えると、瑠璃るりは「飛鳥あすか、教えてあげなさい」と少女を見向きもせず言って、また茶をすすりだした。

 少女は渋々応じるように、一度深く息を吐き、少し間を開けてから口を開いた。



「……『ダッシャー』に『ダンサー』、『プランサー』、そして『ヴィクセン』、あと『ドンナー』に『ブリッツェン』、それに『キューピッド』と『コメット』。以上の8人に、『ニコラス』こと私を含めて、今のサンタクロースは、合計9人で構成されています。もっとも、先代たちや関係者とかも含めれば、何千、何万にまで及ぶでしょうけど」



 少女の説明に、赤羽あかばねは意外感を禁じえなかった。



「た、たったの9人だけ?」

「メインはね。たとえば、あたしみたいなのも含めれば、お前の言った数のその100倍くらいはいた気がする。それに一口に9人っていっても、そんじょそこいらの9人じゃないのよ。サンタには超心理アンプサイとは別の、特殊な力があるってことは、今じゃ世界中の誰もが知ってる常識でしょ」

「それはそうだけど。でもさ、そもそもなんでそんな力があるんだよ?」

「それについては、遠い昔──4世紀ごろにまで遡ります。これも話したほうがいいですか?」

「そうね。もののついでだし。お願い」



「わかりました」と答えると、少女は一口茶をすすって喉を潤し、机に戻しても両手で握りしめたままの茶碗を見つめながら、淡々と語り始めた。



「あるところに、ニコラスという偉い司教様がいました。ニコラスは数多の奇跡を成し遂げたとされていて、奇跡者と呼ぶ者もいたらしいですが、実のところ、ニコラスには常人が持ち合わせることのない不思議な力が宿っていました。その力の行使が、結果的に奇跡と崇められていたのです。そして私は、そのニコラスの遠い子孫。つまり私に不思議な力が宿っているのは、そのニコラスの力が遺伝した影響なんです」



 赤羽あかばねは想像をめぐらせた。少女の話が事実とすれば、つまり4世紀頃にはもう、空を自由に飛ぶことのできる力が存在していたことになる。飛行機もなにもない時代では、それは今以上に羨望の的として映ったことだろう。もちろん、脅威としてもだが。

 そこで急に瑠璃るりが「じゃあ、ここで問題ね」と割って入ってきた。



「そんなニコラスの逸話のひとつに、『3個の黄金の玉』って話があってね。『あるところに貧しい生活を送る3人の娘がいました。娘達は貧しさのあまり、娼婦しょうふとして働かなくてはならなくなりました。その話を聞いたニコラスは、娘達の家の窓から3個の黄金の玉を投げ入れました。娘達はこの黄金の玉を売ることで悲しい窮地から逃れられましたとさ。めでたしめでたし』って話があるんだけど──」

「ごめん、娼婦しょうふって何だっけ?」

「……あのねぇ、そういうのはさらっと受け流すのがマナーでしょうが。本当バカなんだから」



 話の腰を折られた瑠璃るりは妙な嘆息をし、少女に至っては縮こまるように今以上に顔を伏せている。若干うかがえる耳が真っ赤になっていた。



「と・に・か・く。その黄金の玉さ、ニコラスは一体どうやって調達したのでしょーか。はい3、2、1──」

「ど、ど、どうやってって、えっと、その──」

「ゼロ。ほら、答えは?」

「んと……あ。もしかして、盗んだとか?」



 その返答に、瑠璃るりの唇が弧を描いた。



「正解。あんたの言う通り、ニコラスは、とある3人の富豪から別々に黄金の玉を盗みだしたのよ。それこそ空を飛んでね。記録によれば、そのニコラス司教こそが、盗賊団サンタクロースの創設者にして初代リーダーだったと言われているわ」

「ふーん。でもさ、そのニコラスって人は名前からしてどっかの外国の人なんだろ? それにしては──その子孫だって言うけど、髪の色といい、目の色といい、完全に日本人にしか見えないよな」



 物色するような視線から逃げるように少女は顔をそらし、「そんなことはありませんよ」と無感情につぶやいた。



「ほら、無駄話をしている暇なんかないんだから、先に進めるわよ」

「あ、うん」

「さっきの続きだけど、ニコラスは元々が司教になるくらいの善人だったから、手に入れたその力をどうにか人助けに活用できないだろうか、って考えたのね。でも、表立ってその力を披露することも憚られた。こんな力を持っていることがバレたら、誰に何をされるかわかったもんじゃないからね。そして悩みに悩んだ末に、ニコラスは──罪の十字架を背負ってでも、なお貧しい人たちを救う道、つまり義賊になることを選んだってワケ」



 義賊──それは、盗んだものを貧しい者たちに与える盗賊のことだ。

その言葉は赤羽あかばねも、金鵄きんしから借りたマンガのおかげで知っていた。



「そんなわけで、ニコラスは、始めこそひとりで活動していたらしいんだけど、司教としての『表の顔』も立てなきゃいけなかったから、サンタとしての裏の活動をすることはそうそう簡単じゃなかったみたい。で、どうすればいいのか悩んでいるときに、思いもしなかった運命的な出会いがあった」

「それは、ニコラスが以前に救済したことのあった人物でした。その者は、恩人であるニコラスにひっそりと告げたそうです。『知らぬ間に、自分に悪魔のような力が宿っていた。今度もどうか助けてほしい』と。実際にそれは、ニコラスと同等と言っていい種類の、異常な力でした」

「そこでニコラスはピンときたのよ『もしかして、自分たち以外にも同じような力を持った人がほかにもいるんじゃないか』って。そうして秘密裏に対象者を探し始め、それから長い年月をかけて、新たに8人見つかった。しかもその8人は、ニコラスに最初に打ち明けに来た者と同じで、全員が過去にニコラスからの救済を受けていた人間だったっていうんだから、運命の悪戯ってやつは本当にあるのかもしれないわね」

「なるほど。つまりその全員で、ついに盗賊団サンタクロースが組織されて、それで今に至る、ってことか」

「おおざっぱに言うと、そんなところね」



 そこで瑠璃るりは湯飲みを置き、横の少女と目だけで語り合っていた。

 そのアイコンタクトが、赤羽あかばねにはどうにも奇妙に思えた。なんというか、妙な緊張感が伝わってくるというか……空気が重々しい。

 赤羽あかばねの心が不思議を感じているところで、瑠璃るりが再び口を開く。

 


「で、ここで思い出してみて。飛鳥あすかは最初、『サンタクロースは9人』って言ったでしょ」

「ああ、言ってたね」

「でも、今の話にもあったように、発足当初のサンタクロースは、実は10人組だった」

「え、10人?」

「ニコラスと、最初のひとりと、新たに8人って言ったでしょ。それで10人。ま、いいけどさ」

「でも今は9人なんだろ? ってことは、途中でひとり抜けたってこと?」

「そう。そいつの名前は『ルドルフ』って言ってね。つい数年前に、とある理由からそいつだけがいなくなった」

「……はあ」

「んで、そのいなくなったってのが、お前なワケ」

「……はあ!?」

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