第14話 それぞれの隠しごと
電車は進行方向に対して垂直に座席が用意されているタイプで、すべて進行方向を向くように設置されていた。車内の中央に通路があり、その左右に座席があるが、進行方向に対して左側は2人席、右側は3人席となっている。
「それで? 何があったの?」
「何がって、何が?」
「だから、昼まで学校に来なかったこと。さっき教えてくれるって言ってたじゃん」
「ああ、そのことか」
「もしかして、教える気ない?」
「いやそういうことじゃないんだけど、なんていうか……俺自身、今になって、アレが本当にあったことなのか疑わしいっていうか。それに、話したところで多分、信じてくれないって気もするし」
「それでもいいよ」
「絶対に笑わない?」
「うん、絶対に笑わない」
「じゃあ……えっと、どこから話せばいいんだろう」
「たしか、みんなで大正門に集まったんでしょ? そのときには
下手に移動距離が長いので、話に興じる時間もあり余っている。
もっとも、
そしてまた、指輪を失くしたという件についても、訳あって伏せておくことにした。
最初は真剣に耳を傾けていた
「あ、笑ったな。笑わないって言ったくせに」
「ごめんごめん。サンタとか黒い服の人たちとか、なんかまるでマンガみたいな話だなって思っちゃって、つい」
「でも、本当にあったことなんだからな。全部」
「はいはい、信じてるって」
「全然そんなふうには見えないんですけど?」
「そんなことないって。でも、この話をあんまり他の人には言ったりしないほうがいいかもね。虚言とか妄想だって思われるかもしれないし。もちろん私は思ってないけどね」
「そりゃあまあな。でも、
「あー、そうだね。命が狙われているかもだなんて、そんな心配させるようなことは言わないほうが無難じゃないかな」
「それもそうか。結局2週間しかいないわけだし、下手に心配だけさせておいて学園に戻ったりしたら、それこそ迷惑だもんな」
「そもそも、本当に命を狙われているのか、そこも怪しいところだよね」
「だよな。ビックリするくらい何も起きてないし。でも……もしも本当なら、今もどこかから命を狙われているってことだよな?」
声量を絞り、適度に埋まった周りの座席をキョロキョロと見渡す。
「考えすぎじゃない? もしも私がその黒い服の人とかだったら、わざわざ柊まで追いかけるなんてことしないけどな。そんな回りくどいことしないで、すぐに行動を起こしちゃうけど」
「こ、怖いこと言うなよ。そんなにさらっと」
「だから、逆説的になっちゃうけど、きっとその黒服に狙われているっていうのはサンタの嘘なんだって。
「別の理由ってなんだよ?」
「それはわかんないけど……とにかく、万が一命が狙われていたとして、それで今もその黒い服の人たちが
「たしかに
相手の接近を聞き取る。
ひとりひとりが拳銃を持っていて、あの廃墟の地下で見た限りだとそれが少なくとも数十人はいた。もしもそれらがまとめて柊に大挙しようものなら──と、どうしても最悪の予想が捨てきれない。
もしも、もしもそのようなことが起こったときには、
であれば、──昼間からおかしいことになっているこの
「どうしたの? そんなおっかない顔して」
「そうか? んー、多分、
「あーなるほど。フフ、でも懐かしいなぁ。ふたりそろって何度も怒られたよね。頭をこう、グリグリと」
「
「そんなこと
「それだけで済めばいいほうだって。でも本当、もうそろそろ気をつけたほうがいいかもな。今日だっていつもみたいに、今頃は駅で俺たちの到着を待ってるんだろうし、だとすると、いつ有効範囲の圏内に入っていてもおかしくないし」
「わかってるって。でも……そっか。それならもう、今しかないかな」
そうして
何のことだろうかと
「もしかして、
「え?」
「昨日さ、今日はデートするからキングキャッスルには行けないって言ってたじゃん。あのとき、相手の名前は言わなかったけど、それって
「……そっか。うん、そう。
「そう。それで、実はね。私さあ、この冬休みを最後に、柊を出ていこうかと思っているんだよね」
一瞬、
「それってつまり、その……まさかとは思うけど、
「うん」
「うん、って……それって普通に考えたらかなりヤバくないか? だって仮にも教師と生徒って関係だろ? もしそれが学園側にバレでもしたら──」
「ああ、そのへんは大丈夫だよ。もし一緒に暮らすようになったら、先生は教師を辞めるし。それに、あたしも学園をやめるつもりだから」
「やめる? やめるって、
「それはまあ、なんていうか、その……ふたりだけの秘密ってことで勘弁して。ね?」
そう言われてしまってはもう、反論の余地がない。
そしてそれが、
「ああ。なるほど、そういうことか」
「ん、何が?」
「いや、さっきくれたコレだよ。どういうつもりでこんな高価な物をくれたのかな、って思っていたんだけど、つまりあれだ。近いうちにいなくなるから、その餞別ってことだろ。違うか?」
「…………ちぇっ。バレちゃったか。うん、まあそんな感じ」
「それで? 予定だと、いつぐらいに柊を出て行くことになってるんだ? まさか、さすがに明日とかなんて言わないよな?」
「うーん、正直、まだなんとも言えないかな。っていうか、もしかしたら、冬休みが終わってもまだ出て行かないかもしれないし」
「え、そうなの?」
「あれれ? もしかして
「いやまあ、それは……」
「あーあ、まったくもう。そこはウソでも『そうだ』って言うところなんじゃないかなー」
本当は言いたかった。
ただ、それを口にしてしまうのは、ふたりの門出を祝福していないような気がして、なんとなく憚られたのだ。
「なんて冗談はさておき。このことは
「ああ、そのほうがいいだろうな。下手に騒ぎ立てたりしたら、そうじゃなかったときに面倒だし」
「うん。──あ、ほら見て。あと10分くらいで駅に着きそうだよ。そろそろ降りる準備をしないと」
下車までのおよそ10分、
そのまま駅に到着し、電車から降りて、改札口にまで来たところで、溌剌とした声が聞こえてくる。
「ねえ見て見て、ほらあれ、
「え、どこどこ? ……あ、本当だ。おーい!」
改札を通るふたりに向かって、小学校高学年くらいのふたり──二卵性双生児の姉弟である
「「お帰り!
「ただいま、
一歩前にでた
その様子を見てから
こうして今この場にいる者が、柊に在籍している現在のメンバーのすべてである。
柊に属する者は年齢が18になった年、すなわちニコラス学園を卒業する際に、柊からも自立して退所しなければならないことになっている。つまり、彼らはそれぞれが数年前に柊から去って行ったのだ。
その代わりといってはなんだが、この数年で新たに3人の仲間が柊に加わっていた。それが
成人女性のほうは、ふたりの育ての親であり、そしてこの柊の長でもある独身女性・
外見から判断するに、20代前半くらい(
茶色く染めあげた肩に掛かるくらいの髪は縮毛をかけているのか、毛先の方だけややねじれている。白のワイシャツに黄土色のタイトなデニムパンツは、どちらも着古し痛んだ様子があるが、真冬のこの時間帯にたったこれだけの装いで外気に身を晒しているにもかかわらず、当の本人は寒そうな素振りをまるで見せていない。子供たちはそれなりの厚着をしているというのに。
一見した限りではたいそうな美人なのだが、残念なことに中身はそれに反比例しているといって差し支えない。何かと男勝りで化粧っ気もなく、言葉遣いも乱暴であり、とにかく気性が荒い。年齢については触れたが最後、たとえ誰であろうと容赦なく、両の拳を万力のようにしてその者の頭を締めつけるという、腕にものをいわす暴力主義者だ。
しかしその一方で、自分自身よりもまず子どもを第一に考え、心配し、大切にし、そして愛してくれる。その人となりはまさにこの施設の長たるに相応しい。
そんな
半年前、夏季休業に
歳のせいか非常に人見知りが激しく、
だが、ふたりの面倒見がよかったせいか、そんな関係もすぐに緩和され、それどころか夏季休業の終了まであと数日と迫ったころには、
最初に
「久しぶりだな、
すると
そんな様子を黙って腕を組みながら俯瞰していた
「おかえり、ふたりとも。元気そうでなによりだわ。んじゃ、とっとと柊に帰るわよ。お腹もすいてるだろうからさ」
一言そう言うと、
駅前ともなると、コインパーキングでも利用しない限りは基本的に駐車するスペースがない。それはニコラス学園のある都心部だろうとこの田舎町の駅だろうと共通している。違うのは利用率と単位当たりの金額くらいなものか。
そんななかで
それは、
もちろんその病院でも、駐車場の利用にあたっては病院運営とは独立して有料となっている。もしもこれが無料となれば、立地が駅前であるがゆえに病院とは無関係な駐車が横行し、患者やその家族が駐車できないという、まさに本末転倒な事態になりかねない。それを嫌ってのことである。
けれども
それゆえ、柊の監督者というある程度の地位を手にしている
ボックスカーの鍵を解除して、そのまま
そうして
このように──駅で待ち合わせをし、そして整備された駅前から歪曲した渓流にそって延々と伸びる山道のまさに途中にある柊まで、柊のメンバー全員で約1時間かけて帰宅する──というのが、ニコラス学園に通う者たちが帰省したときのお決まりとなっていた。
なお、通常の家庭とかであればそのままどこかで外食となりそうな流れだが、柊ではそのようなことはしない。
家族が帰ってくるときは、ご馳走とは言えないまでもそれなりの料理を準備してもてなす。それもお決まりとなっているからだ。
出発してすぐに、
「ねえねえ
「お土産? うん、もちろん買ってきたよ」
「本当? もしかして、今度もお菓子だったりするの?」とは
「んー、どうだろうねー」
「えー、教えてくれたっていいじゃん」
「──だってさ、
お土産を見せてしまえば、どうしてもここで開封する流れになる。それに、移動に1時間もかかるとすると、やはりお菓子をつまみたくなるのが子ども心というものだ。
ただ、到着したらすぐに夕食が待っている。となると、直前で腹に何か入れるのは得策とは言えない。
なお、最終決定は監督者である
「いーんじゃない。その代わり、
「「はーい」」
「それじゃあ
そう言って
それは
包装が解かれ、箱を見ると、「うわぁ、何これ!」と
「すごいでしょー。多分、今までで一番おいしいんじゃないかなって思うよ」
ここにきて
だが、9歳の
それにしても、プレゼントされた携帯電話しかり、このお土産しかり、どちらも柊を卒業したときのための貯えとしてアルバイトで稼いだ給料から捻出されていることはまず間違いないだろうが、そんなにお金を使って大丈夫なのだろうか。少なからず疑問を覚える。
しかし、すぐに
そうこうしているうちに、箱のフタが開かれる。
箱のなかには黒い、見た目からしてチョコかココアのようなホールケーキのようなものが6等分された状態で、それぞれが透明な包装をされて収まっていた。
6等分だからひとつひとつが意外と大きく、そして厚みもあるので必然的に量も多い。断面からうかがえる色の違いから、味の違う何層かで構成されているだろうこともわかった。
どこからどう見ても、どこの駅でも売っているような一口サイズのクッキーやケーキとは雲泥の差だった。
「これ、本当に食べていいんだよね、今」と
ふたりは、
そこでようやく、双子の顔にも笑顔が滲みだした。
こうしてみんなの手元にまでちゃんと行き渡るのを見届けると、双子は透明な包装を破いて、「「いただきまーす!」」と掛け声を合わせて、ついにケーキを頬張った。
なお、頬張ってから双子があまりにも騒がしくなっていったので、しまいには
対して
「
「もったいないから、おうちにもどってから、ゆっくり、あじわってたべたい」
「ああなるほど。そういうことか。じゃあ……
そして
「……いいの?」
「いいよ」
「でも、そしたらおにいちゃんのぶん、なくなっちゃう」
「いいんだって。食べようと思ったら、またあっちに戻ったときにでも、
「だけど……ダメ」
「ダメ? ダメって、どうして?」
「はるかちゃんとかなたくんに、わるいとおもう」
それを聞いて、
「じゃあさ、これをまた3等分にすればいいんだよ」
「さんとうぶん?」
「そう、3等分。つまり
「……わけちゃって、いいの?」
「いいっていいって。これは俺が
そうして
受け取ったそれを少し眺めてから、「……ありがとう。おにいちゃん」と口にした
おそらく
そんなことを頭の片隅で思っていると、ふたりの様子を俯瞰していた
柊はその敷地を柵で囲っており、そして正面には門扉があるのだが、車が門扉の前にまで到着したころには、もう月が空のだいぶ高いところに浮かんでいる時間帯になっていた。
相も変わらず柊の周りには見渡す限りに右にも左にも樹木が広がっている。夏のころと比較しても、これといった変化はない。せいぜい葉の量や色味が違うだけだろうが、夜ではそれらも確認できない。
門扉の向こうにひっそりとたたずんでいる柊は、久しぶりに対面してみると、いくらここで長年生活をしてきた
理由はふたつ挙げられる。ひとつは、使用目的と住人の数に対して、建物自体がやたらと広く大きいことだ。そしてもうひとつは、柊そのものはもとより、柵や門扉に至るまで、山奥に似つかわしくない、完全な洋風の造りをしていることだ。
車はそのまま
冬の山奥ともあって、とても冷ややかだった。しかしそれをものともせずに
「んーっ。やっぱりこっちは気持ちいいなぁ。ねえ、
「たしかにそう──は、ハクションっ!」
「あれ。風邪引いたの? 大丈夫? 熱とかはない?」
「うーん、熱はないと思うけど……なんかさ、さっきからやたらと鼻水が垂れてくるんだよな」
そこで
「コラ。バカって言うな、バカって」
「どの口が言ってんのよ。
「うげっ。も、もう知ってんの?」
「むしろ知らないとでも思ったの? とにかく、その辺のところは夕食が終わったらうんと事情聴取するからね。今のうちから覚悟しときなさいよ」
記憶にある限り、
帰宅早々、足がすくんだ
「それじゃあ、あたしと
そして
どうやら
「こ、これを俺たちだけで運ぶの?」
「なによ。文句あるの?」
あたりまえだろ、と声を大にしたいところだったが、あとで留年の件についての話し合いが控えているせいもあって、迂闊には暴挙にでられない。嫌でも従わざるを得なかった。
そうしてしぶしぶ車から荷物を運ぼうとして、
「ん? なに?」
「
「何かって?」
「夏に帰ってきたときと、どっか様子が違う気がするんだけど。さっきのケーキだって、聞いてた限りだと結構値の張るものだったみたいだし。どっからそんなお金を用意したのよ、あの子」
陸上部を、全国大会に出るほどの実力の持ち主だったのにもかかわらずやめたこと。
学園の教師と禁断の愛を育んでいたこと。そして、その恋人と同棲するために、もうすぐこの柊を巣立っていくかもしれないこと。
たしかに
だが
「ああ、そういえば言ってなかったっけ。
「バイト? じゃあ陸上部は?」
「辞めた。あっちに戻ってすぐに」
「辞めた? 戻ってすぐってことは、じゃあ9月ってこと? あんなに成績もよかったのに、なんでよ?」
「なんでって、そりゃあ──俺も
「そんな理由で? もったいない」
「そうは言うけど、俺たちからしてみれば切実な問題だろ。だから、別に
「……ちょっと? その言い分だと、なんだかまるで、バイトをしてるのは
「え? いやまあ、その通りだけど」
「ってことはつまり、お前はバイトをしていない?」
「うん」
「へえ……じゃあなに?
「あ……いや……まあ」
「図星みたいね。それじゃあ予定変更。これ全部、お前ひとりで運んでおきな」
「ええっ! 嘘だろ?」
「なによ。文句あるの?」
もちろんあるが、言葉にはできない。
それを見て、「じゃあ頼んだわよ」と
とにかく、やるしかない。
なるべく往復の回数を減らすため、ばらけた荷物をかき集めることにした。
その最中だった。
「ちなみにさ、
「ん? それがさ、俺にも教えてくれないんだよ。『お店に来られたりしたら恥ずかしいから』って」
それだけ聞くと、「ふーん、そう」とつまらなそうに呟き、今度こそ玄関へと向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます