第15話 訪問者と内通者

 さっきまで浮かび上がっていた太陽が、いつの間にかもう、その半身を山々の一端に浸からせている。

 消え入りそうな日光を背中に受けながら、赤羽あかばね瑠璃るりの命令により、ひとりで屋外のはき掃除をしていた。



 留年の一歩手前という不名誉極まりない事実から昨夜、瑠璃るりからのお説教の締めくくりとして『お前は冬休みのあいだ、ありとあらゆる労役に服すること。拒否権なし。一言文句を言う度にブン殴る。そこんとこよろしく』という、なんとも理不尽な命令をさらっと下されたのだった。

 


 子どもたちはもちろん赤羽あかばねに協力しようとしたが、「手伝っちゃダメよ」という瑠璃るりの言いつけで、今は3人とも屋内にいる。常盤ときわ常盤ときわで、今日はアルバイトが入っているということで朝から不在だった。



昨日せっかく帰省したばかりだというのに、またニコラス学園のそばへと2時間以上をかけて逆戻りしたわけだが、「年末年始の準備ですごく忙しいみたいだからしょうがないよ。でも、給料もそのぶん出るし」と、本人は特に苦にならない様子だった。



 ふいに、「へ、へっくしぃ」と盛大なくしゃみをかます。

 さっきからはたしてこれで何度目になるだろうか。昨日からすでに予兆はあったが、どうやら本当に風邪をひいてしまったようだ。



 そういえば昼間に見た天気予報で明日の夜にでも雪が降るようなことを言っていたな、と思い出す。あまり実感はわかないが、その前触れとでもいうように、こうしている今も、思いのほか気温が低いのかもしれない。日も落ちたことだし。

 


 とりあえず上着の内側の胸ポケットにしまっていた、常盤ときわからクリスマスプレゼントとして受け取った例の携帯電話で、自分がどれくらい外にいるのか確認してみると──かれこれ、もう2時間も外にいたようだ。



 生憎と瑠璃るりは食材の買出しに行っているところだ。となると、瑠璃るりが帰ってくるまではとりあえずこの労役を続けなければならない。独断で掃除を終了して屋内に籠っていようものなら、難癖付けて夕飯抜きとか言い渡される可能性だって十分にありえる。

 下手に雑念を浮かべることなく、赤羽あかばねは引き続き手を動かすことにした。



 少しして──気づけばまた、一昨日の夜から起こった奇妙な出来事が自然と脳裏に回帰してきた。

 


 キングキャッスルを傍観しに出向いて、その終盤で金鵄きんしとおぼしき人物を見つけ、それを追いかけて廃墟に潜り込んで、そしたらサンタと黒服の連中を率いた高峰たかみねのぞむを目にして、ひょんなことから命を狙われ、そこをサンタに助けられ、けれどそれが原因で指輪を失くしてしまい、気付いたらあの密室にいて、命を狙われているから3日間はここにいろとサンタに指示されたがそんなことは受け入れられず、脱出を試みたら超加熱ウォーム・ブラッド超冷却クール・ブラッドも暴走する有様だし、うまく脱出できたと思ったらそこはニコラス学園の地下だったわけで──あの少女と別れてからまる1日以上が経過したわけだが、それからはこれといって奇妙な出来事は起こっていない。命の危険を感じる瞬間もなかった。



 こうなってくると、常盤ときわが言っていたように、黒服の連中からの追求なんていうもの事態がそもそもなくて、サンタが何らかの意図を持ってあの部屋に閉じ込めておこうとしていたのではないか、という線が濃厚に感じられてくる。



 たしかに、ここは人目のつかない山奥だし、それに今、自分は呑気なことにはき掃除なんかをしている。黒服の連中にとって、命を狙うのであればこれ以上に好都合な瞬間もそうそうない。

 そんなふうに逆算すると、つまり命の危険はないと見て大丈夫、ということだろう。



 だとすると、残る疑問はひとつだった。

 いったいどんな理由があって、サンタは赤羽あかばねを閉じ込めておこうとしたのか。

いや、それよりも疑問なのは、『どうしてそのサンタからも未だに追跡がないのか』ということである。



 脱出してから未だに何も起こってはいない。追跡がないのだ。それはつまり、赤羽あかばねを隔離しておく意味や価値がないということに繋がるわけだが、ならば初めからあの部屋に隔離しておく必要もなかったはずではないのだろうか。



 結局、サンタは何がしたかったのだろうか。

 考えて見たところで、普段から頭を使う習慣もなく、バカのレッテルを貼られてもいる赤羽あかばねに答えなどでるはずもなかった。



 行き詰まり、別の問題についても考えようと頭を切り替える。

 それは、紛失してしまった指輪についてであった。



 今のところ、瑠璃るりにはまだ紛失の事実が露見していないと思われる。というか、これがもし瑠璃るりの耳に入っていようものなら──考えるだけで気絶しそうだ。さらなる労役が待っていたかもしれない。

 だが、探し出そうにも、どこに落ちたともわからないあんな小さなものを探しだすなんてこと現実として無理がある。はるか上空から落下したのだし、なんならすでに原形をとどめていないかもしれない。



 亡き両親には面目が立たないが、こうなったら模造品を用意するほかない。それも、瑠璃るりの目をごまかせるほどにまで精巧な、本物と瓜ふたつなものを。

 ただ、そんなものを仮に調達できるとしても、こんな山奥で都合よく調達できるはずもない。

 そうなると、最低でも年が明けてニコラス学園のある都心部に戻るまでは騙し続けなければならなくなる。

あの瑠璃るりを。



 果たしてそんなことができるだろうか。

 自信は欠片もないが、それでもやり抜くしかない。



 合理的に考えれば、バイトで都心部に何度か戻ることのある常盤ときわに頼んでみる、という案が浮かばなくもないが、少なくとも赤羽あかばねは、それだけはしないと決めていた。

 というのも、あの指輪は6年前に常盤ときわが1週間かけて捜索し続けたものであり、つまりふたりにとって、ふたりが打ち解けたきっかけとなった思い出の品でもあるからだ。それを紛失しただなんて、瑠璃るりよりもむしろ常盤ときわにこそ口が裂けても言えなかった。

 だから昨日の電車内で常盤ときわにもろもろの事情を説明したとき、赤羽あかばね超加熱ウォーム・ブラッド超冷却クール・ブラッドの話題とは別に、指輪の紛失の話題も意図的に避けていたのである。



 結局のところ、指輪については今どうすることもできない。都心部に戻るまで、せいぜい発覚しないよう神に祈るしか赤羽あかばねにはできないのだ。

 あんな廃墟に近寄らなければ、こんなことにはならなかった。そのことが今になって悔やまれる。



 思い返せば、あの廃墟に近づいたあたりから不運な出来事がたて続けに起こっている。命を狙われ、指輪を失くし、携帯電話さえも壊された──まあ、なんならあれは自分で壊したともいえるし、そのおかげで常盤ときわから最新機種をプレゼントされたわけだが、それはさておき、そのせいで遅刻もしたし、課題プリントもたんまりと頂戴した。今こうして労役しているのも、ひとえにそのせいだ。

 


 いや違う。そうじゃない。

 すべては、あの小生意気な、ニコラスとか名乗っていたあの少女と出会ってから起こったものだ。



 幼いころから神格化していたが、今になってサンタが疫病神にすら思えてきた。

 と、ここで赤羽あかばねは新たな疑問にぶつかる。



「14歳って言ってたよな、あの子。あれが本当だとすると、6年前は8歳ってことか。たしか、春香はるかが今年で9歳だったはずだけど、そうなると、今の春香はるかよりも年下だった、ってことになるわけだ。じゃあ……あのときテレビに映ってたアレって、本当にあの子だったのか?」



 どうにも違う気がしてならないが、なにしろ6年も前のことだからなんとも言えない。正直、記憶も曖昧だ。



 そこで、門扉の向こうから「おーいりょう―っ、門開けてー」と声が飛んできた。見れば、車の運転席から瑠璃るりが、窓を開けて腕を振りながら叫んでいた。

 仕方なく箒を持ったまま駆け足で出向いき、いそいそと内側から鍵をはずしにかかる。



 車が門を通り、そのまま所定の位置まできてエンジンが止まったのを確認してから、しぶしぶと車に近づいていく。どうせ荷物持ちをさせられるのだ。言われる前に動いたほうが得策である。



「いやー、まいったまいった。ちょっと魚屋のあんちゃんに口説かれて遅くなっちゃったわ」

「口説かれたって、じゃあ今晩は魚料理ってこと? カレーって言ってなかったっけ?」

「はぁ? カレーだけど? なんで魚料理なのよ?」

「なんでって、今のは魚屋で魚を買わされたって話なんじゃないの?」

「違う違う。言葉のまんまの意味よ」

「じゃあ……口説かれた、ってこと?」



 ここで赤羽あかばねは、そういえばニコラス学園の守衛のおじさんも瑠璃るりにお熱だったことを思い出した。



「ったく、たまにあんのよね。別に何をしたわけでもないのに、あたしの虜になっちゃうってことが。もしかして、知らぬ間にそういったフェロモンでも出てんのかしら?」

「いやいや、それだったら俺とかも虜になってるはずだろ。こう見えても一応男だし」

「たしかにそうね。ってことはなに? もしかしてお前、あたしにムラムラきちゃったりしてるの?」

「あのなぁ……ったく、平気な顔でそういう冗談言うのはやめろって。仮にも俺の保護者なんだからさぁ」

「あら。ノリが悪いわね。ひょっとして不貞腐れてるワケ? 何時間もはき掃除させられて」

「そういう問題じゃないっつーの」

「あっそ。んじゃ早くこれ持ってってば。ほら、労役労役」



 自分から話し始めたんじゃないかよ、と思いつつも、赤羽あかばねは口にできない。そして逆らえない。



 運転席の真後ろのドアをスライドさせると、なかには程よく中身が詰まって膨れたビニール袋がいくつもある。嘆息してから箒の柄を右の脇に挟んで、しぶしぶ両手にひとつずつ持った──が、それがまた、思った以上に重かった。箒が脇から落ちてしまう。

 しかし瑠璃るりは気に留めることもなく赤羽あかばねの横を容赦なく、鼻歌交じりで通り過ぎていく。その手には何ももってはいない。



 悪態のひとつでもついてやろうか、と思ったところで、気付いた。

 瑠璃るりの横にもうひとり、人がいたことを。

 おそらくは助手席にいたのだろうが、今まで気づかなかったのは、ひとえに体が小さくて座席に隠れていたからだろうか。



 全体をほどよく土に化粧されてくたびれ気味の白いスニーカー。

 本来の色が褪せて変色したであろう古びた薄い青色のジーンズ。

 それに膝辺りまである紺色のダッフルコート。首元にはクリーム色のマフラー。

 


総合的に見ると素朴極まりない、質素で地味な格好だ。両手には軍手のような粗末な手袋をし、その右手で、なにやら中身の詰まった大きめの白い包みを肩にかけるようにして持っている。見ようによっては背中にしょっているように見えなくもない。



 沈みかかった夕日の紅い光線を艶やかに反射させた黒髪は肩に掛かるくらいの長さで、纏りなく要所で毛先が外側にはねており、そして左の眼のはしにホクロがくっきりと刻まれている。



 くしくも、赤羽あかばねはその少女に見覚えがあった。

 そして、それが誰なのかを2秒ほどかけて理解して一気に硬直してしまい、両手から地面へとビニール袋が零れ落ちてしまう。



「……どうかしましたか。そんなモアイ像みたいな顔をして」



 それはどんな顔だよ、と通常の赤羽あかばねなら口答えするところだが、そんな場合ではない。

 目の前にいる少女の──すなわちニコラスと名乗っていたあのサンタの出現に、本当に自分を捕まえに来たのかもしれないという恐怖が途端に全身をあまねいていたからだ。

 本能がそうさせたのか、覚束ない足取りで勝手に後退を始める。やがて足がもつれ、尻餅をついてしまった。しかしそれでも赤羽あかばねの目は少女に釘付けのままだった。



「お、お前……なんでこんな、ところに……」



 赤羽あかばねのしどろもどろな問いかけに、少女は答えようとしない。

 初対面のときのように、相変わらず不機嫌そうな表情で、そして赤羽あかばねから視線を外している。



 考えるまでもなく、少女がここに現れた意味は、ひとつしかない。

 だがそれにしても、なぜサンタは自分の居場所がわかったのだろうか。

 瑠璃るりのあとをつけてきたのだろうか。だとしたら、どうして瑠璃るりが自分と繋がりがあるとわかったのか。



 それよりもまず、この至近距離で、どうすれば逃げおおせるのか。このままだと、同じ場所でないにしても、また幽閉されかねない。

 ──これらを冷静でない頭で考えても、どれひとつとしてそれらしい回答が浮かび上がってくるはずもなかった。それどころか余計に思考のひもが絡まっていく。



「ちょっとりょう。そんなところで何やってんの? いきなり座り込んだりして」

「ち、違うって……こ、こい、つ……」



 赤羽あかばねは震えが止まらない右腕をどうにかあげて、少女を指さした。それを頼りに、瑠璃るりはサンタに視線を向ける。向けて、再び赤羽あかばねに戻してこう言った。



「こいつって、飛鳥あすかのこと?」

「……あすか?」



 混乱のさなか、おもむろに赤羽あかばねがサンタに顔を向ける。案の定、少女はそっぽを向いていたままでいたが、こちらを見ていないくせに、どうしてかより一層険しくなった気がした。



瑠璃るりさん、ひょっとして、この子のこと知ってるの?」

「知ってるも何も、飛鳥あすかは柊の関係者だけど」

「…………は?」

「んー、もっと正確に言うと、この柊の、資金提供者の娘ってところかな」



 それは……一体どういうことだ? 

 すると何か? 今の言葉をそのままに、単純に解釈すると、『柊はサンタが盗んだ金品を元に運営している施設』ということにならないか? もっとも、その理論でいけば芋ずる式でニコラス学園もそうだということになるわけだが。

 ということは、瑠璃るりの背後を付けてきたとかではなく、正式に、ふたりで一緒にここに来たとか? いかにも知り合いのような感じだし。



 いや待てよ。まだ瑠璃るりは、飛鳥あすかという名のこの子が、つまり世間を賑わすサンタだということを知らないのかもしれない。

 つまり、瑠璃るりが知っているのは、あくまでこの少女の表の顔である『飛鳥あすか』という面だけなのかもしれないが……はたしてどっちだ?



 思考が目まぐるしく駆け回っている最中に、不意に「は、は、はくしょいっ!」と、地べたにすわりこんだまま耳をつんざく強烈なくしゃみをした。冷えきった地面のせいで、尻まで冷えたのかもしれない。

 その様子を見てなのかどうかはわからないが、瑠璃るりが「ほら、もう陽も落ちてるんだし、こんなところで駄弁ってないで、とっととなかに入るわよ」と言ったのだが、それに対して、さも当然のように、サンタが「そうですね」と返答する。



「ちょ──こ、こいつも入るのかよ?」



 赤羽あかばね瑠璃るりに食ってかかると、その赤羽あかばねに今度は少女がえらい剣幕で食ってかかった。



「私が入ったら、いけないんですか?」

「それは──」



 たしかに、この少女が柊の出資者の身内であるという話がまかり通っている以上は、今ここで立ち入りを拒む理由はない。ただしかし、それが仮に真実だとしても、感情がそれを拒んでいた。



「さっき、柊の資金提供者の娘だとかなんとか言ってたけどさ、瑠璃るりさんは知ってるのかよ。こいつが、実はあのサン──」



 サンタのひとりなんだってことを! ──と、高らかに言い放つつもりだった。

 瑠璃るりが真実を知っているか、ただ確かめるだけのつもりだった。

 なのに、それが完遂できなかった。不思議と赤羽あかばねの声が途中で枯れたのだ。



 もちろん言い淀んだわけではない。むしろ赤羽あかばねからしてみればちゃんと発声したはずだった。それなのに、自分の声が空気をうまく伝わらずにいるのだ。自分の口や声帯はちゃんと動いていたはずなのに、それが空気を伝わっていないというか。



 そうと気づいたときには、発声どころか呼吸そのものが苦しくなっていた。まず空気が肺に入ってこないのだ。酸素が十分に取り込まれないことから、次第に体中の血管がドクドクと音を立てて暴れだし、同時に胸のなかがよじれるような苦痛が湧いてきた。



 それらが一気に肥大化し、やがて酸欠で意識すら薄れかかってきたところに、視界に少女の視線を感じとった。



 空いた左腕を伸ばして向けていたが、気のせいか苦しむ赤羽あかばねを見下ろしてい少女がすごく悲しそうな眼をしていたように映った。下唇を噛んでいるようにも見える。そんなことはあり得ないだろうに。



 そのまま、それは意識を失うほんの一瞬前にまで及んだ。

 もうダメだと思った瞬間、急に肺の苦しみが和らぎだしたのだ。酸素を取り込めるようになったらしい。赤羽あかばねは全身を使って、なりふり構わず闇雲に、肺に目一杯酸素を取りこむことに勤しんだ。

 そんな無様な姿に少女は一瞥だけし、また顔を背ける。



りょう、あんた大丈夫?」

「なんとか、な。それにしても──なあ瑠璃るりさん。今俺が苦しんでたところ、ちゃんと見てたよな」

「そりゃあまあね」

「じゃあ言葉を選ばずに聞くけど、瑠璃るりさんには、のか、わかるのか?」

「何をしたのか、ってどういうことよ? 誰も何もしてないじゃない。ただお前が急に、勝手に苦しみだしただけじゃなくて?」



 今の質問で理解する。

 目の前の少女がサンタであることを、瑠璃るりは知らないのだと。 



「そんなわけないだろ。俺が苦しんでたのはそいつのせいだ」

飛鳥あすかのせいって、何を根拠にそんなこと言ってんの?」

「根拠ならあるさ。ちょうどいい、瑠璃るりさんはどうやら知らないみたいだから俺が教えてやるよ。そこにいるそいつは、あのサン──」



 あのサンタなんだよ! と叫ぼうとしたところでまた、さきほどの苦々しい現象が繰り返された。声が途絶え、たちまち呼吸困難になる。

そうして臨界点まで達する直前で拷問から解放された。赤羽あかばねは四つん這いで俯いたまま、さっきよりも大きく、長くむせていた。



 どこかから「学習しない人ですね。本当、バカみたい」という声がした。

 ここまでくると、もはや憎しみが沸いてきてもおかしくない。地面に触れていた右手が、勝手に土を抉っている。



「ったく……飛鳥あすか。いろいろと面倒だからさ、もう先に『ホシ』使っといてくんない?」

「それもそうですね。わかりました」


 

 わけのわからない会話に頭を起こすと、瑠璃るりの発言を受けた少女がちょうど懐に手を忍ばせているところだった。

 しばらくして何かを取りだし、そのまま手元でいじる。すると、聞き覚えのある、オルゴールのメロディが流れだした。記憶にある限り、それを聞いたのはあの密室に閉じ込められていたときだ。



 目が点になっている赤羽あかばねは、そのまま混乱しきった頭の整理をしにかかった。

 このメロディは、一体何を意味しているのか。

 どうして今、この場にこの謎のメロディが必要なのか。

 さらに言えば、どうしてそれを、瑠璃るりが、少女に指示できるのか。



 このメロディの発生源の物品の名称のようなものが『ホシ』であると認識もしていたようだし、消去法でいくと、考えられる理由としてはひとつしかない。

すなわち──赤羽あかばねの予想は大きくはずれていて、おそらく瑠璃るりは、知っているのだ。

 何もかもを。


 気付いたときには、少女は『ホシ』と呼ばれる何かをすでに懐にしまい込んでいた。そして「瑠璃るりさん、私、先に行っててもいいですか」とだけ言い放ち、瑠璃るりの返事も待たずして、勝手知ったふうに柊の玄関口へと向かっていた。メロディも遠ざかっていく。



 瑠璃るりはサンタの背中を見つめながら「やれやれ、って感じね。でもまあ、気持ちもわからなくもないけど」と腕を組みながらため息交じりに呟く。そして、赤羽あかばねに正面を向けると歩み寄り、手をさしだした。



「ほい。大丈夫? 派手にけど」

「やられてたって、じゃあやっぱり瑠璃るりさんは、あいつが──」



 赤羽あかばねが追加で尋ねるよりも先に、瑠璃るりはもう片方の手の人差し指を立てて自分の唇の前に持ってくる。それ以上は喋るな、という意味らしい。



「いろいろ聞きたいこともあるだろうけど、続きはなかに入ってからね。外じゃ、どこで誰が聞いているかもわからないご時世だし」



 人前でやたら滅多に話せる内容ではない、と言外に言っているように聞こえる。

 たしかにそれはそうなのかもしれない。となるとつまり、さっき少女に2度も苦しめられたあれは、秘密の暴露を防ぐための予防措置といったところだろうか。 



 ありえない。こんな山奥で一体誰が聞き耳を立てているんだよ、と思った赤羽あかばねだったが、すぐ目の前にいる超聴覚ドッグ・イヤーを持った瑠璃るりの存在が、湧き上がった憤りをたちまち沈静化させた。たしかにこういった例もある以上は油断もできない。



 なんとなくではあるがあの少女の行動原理は一応理解できた。むろん納得はしてはいないが。手段は他にもあっただろうに。 

 赤羽あかばねはようやく目の前の手を掴み、立ち上がることにした。



「で? あいつはそもそも何をしに来たんだ? こんな夕暮れどきに」


 

 まさか俺を捕まえに来たとか言わないよな? と言及したかったが、この際、もう不要な言葉は使わない。



「話をしに来たのよ。大事な話をね」

「話? 話って何の?」

「そうね、有体に言えば、『お前が知らないお前の話』ってところかな?」

「……はあ? それってどういう意味?」

「ああそっか。あたしとしたことが、お前がバカだってことをうっかり忘れてたわ。こういう、ちょっと気の利いた表現じゃわかんないもんねーバカって。あー可哀そう」

「おい。一言、いや二言多いぞ、コラ」

「本当のことを言われてんだから、そんなふうにへそを曲げんなっつーの。ほら、行くよ」


 

 瑠璃るりは、一度は赤羽あかばねに預けたビニール袋を黙ってその両手で再び持ち抱えると、玄関口へと向かって歩いていった。赤羽あかばねも渋々それを追う。

 途中で、不意に瑠璃るりが振り向いた。赤羽あかばねも適度な距離感を保って立ち止まる。



「だからさ、『お前がここに来るまでの話』ってことよ」

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