第2章 捕まらない怪盗
第02話 世間を沸かす予告状
何の変哲もないワンルームの一室に訪れる早朝。
吐息すらもたちまち白濁してしまうほどに冷え込んでいる。
ついさっきまで見ていた夢──およそ6年前にあった出来事について浸りながら。
とはいえ、セットした目覚まし時計はまだ悲鳴を上げていない。今が何時なのかはわからないが、まだ定時を迎えていない以上は何をしようと自由だ。
だが、枕元に置いていた携帯電話がそれを許してくれなかった。寝返りを打ったところで、耳障りな悲鳴が撒き散らされる。
平日の朝の着信。発信者別に着信音を設定しているというわけでもないのだが、これまでの経験則からして、それが誰からなのか、そして何の要件なのか、簡単に予想ができる。
だからこそ緊張が走った。まさか今日もまた遅刻しているのか? と。
案の定、時計は一時限目の始まるちょうどその時間を示していたからだ。
だがおかしい。目覚ましが鳴らなかったのはどうしてなのか。
セットミス? いや、ちゃんとセットしたのを覚えている。目覚ましが寝坊なんて笑い話にもならない。
恨めしいように目覚ましを見て──そこで、あんぐりと口を開けて狼狽してしまう。
視線の先にあるのは、盤面を保護する透明な板が粉々に割れていて、秒針はカチカチという無機質な音に合わせてまるで痙攣しているかのように小刻みに震えている、死んだも同然の時計だった。
まったく身に覚えがないが、夜から朝にかけての犯行である以上、犯人は自分以外にはいない。アラームを止めようとして、力加減でも間違えたのだろうか。
これには
そこからはもう、気が気でなかった。
教師から「明日だけは絶対に遅刻するなよ。したら留年だから」と口を酸っぱくして言われた昨日の光景が頭をよぎる。背中に嫌な汗が湧いているのは、布団の温もりのせいではないだろう。
危機感のスイッチが入った
未だに着信は続いているが、こうなっては電話に出る時間も惜しい。一刻を争う事態なのだ。そう思い、ほったらかしにした。
洗面台の前で、なかばやけくそに歯を磨きはじめる。
視線の先には、左眼の下から鼻をまたいで右頬にまで伸びたアイスの棒くらいの長さをした傷と、そして──右眼の下から鼻をまたいで左頬にまで伸びた、大地の亀裂を彷彿とさせるような痛々しい傷痕がある男がいた。
歪なバツ印を顔に刻み込んだその男は、前髪からのぞかせるやや小さめの目の下に、いつもどおりクマがあった。
手触りのよさそうな黒髪は、男性としては長めの部類に入る。人の視線を奪う顔の傷をほんの1ミリでも隠したい、という心の表れなのだが、今のところ本人にその自覚はない。
基本的に寝癖がつかない髪質ということだけが、遅刻常習犯の
常に首からさげている、遠い昔に亡くなった両親の形見のふたつの指輪をひもごと内側に隠すようにしてワイシャツを着、それからワインレッド色の上着と灰色のズボンに着替えると、セールを見計らって箱買いした缶コーヒーのひとつを鞄に放りこんで準備完了。
こうして、日課とも呼べる中距離走が今日もまた、否応無しに始まりを迎えたのであった。
ワンルームの個室が密集した3階建ての学生寮の、その最上階に位置する自室から、片側3車線の大通りの歩道に出て、左に向かって走ること約1分。するともう、
両親を亡くしたことで柊での生活を余儀なくされていた
なんでも、柊とニコラス学園の資金融資者が同一人物らしく、柊の子供達は適齢期になると自動的にニコラス学園に進学する運びとなっているらしい。
そんなニコラス学園は、山奥にある柊とは比べ物にならないくらい豪奢な造りをしていた。
立地は東京の都心部の一角。そんな場所に広々と構えられていて、しかもその敷地は上空から見下ろした限りではほぼ正方形。
その周囲には横幅10メートル近くある人工的な水路が造成されており、緩やかな流れで学園を避けるように二股となって流れ、再び合流している。
地上からだいぶ下にある水路の、そのいたる所には植栽がしてあって、春になれば辺り一面が見事な薄い桃色に染まるその圧巻の光景はこの街の風物詩となっている。
学園の敷地内にたどりつくためには、その水路をまたぐ橋を渡らなければならない。それは大正門の前にのみしか用意されていないため、生徒や教師や来訪者はもとより、遅刻者も不審者もそこを通らない限りは学園に侵入することができないのだ。
やや弧を描くように膨らんだ形状でかけられた、横幅6メートルはある橋を正面に見据える。橋の向こうに見える大正門は正規の時間を過ぎると不審者対策のために閉ざされてしまうのだが、案の定、今も閉ざされていた。
しかしそこは遅刻常習犯の
例によって会釈をし、守衛も笑顔になって片手をあげて返事する。そうして守衛が手元に視線を戻して何かの操作をすると、大正門のわきにひっそりと用意された、人ひとり通れるくらいの扉が自動的にゆっくりと横にスライドしていった。
「いつもすいません、ありがとうございます」
「おう、今日もがんばれよ。明日は遅刻すんなよ」
もはや定型文となっている会話だ。
最後には「はい」といつも答える
そのまま走りだそうとして、不意に背中から「そうだ、
「明日で学校も終わりだけど、今回もやっぱり柊に帰るのかい?」
「ええまあ。あそこが俺の家ですから」
「そうかそうか。んじゃあ、
60はとっくに越えているであろう初老の守衛は、春と夏と冬の長期休暇に入る直前──
どういう関係なのか気になって前に一度尋ねてみたことがあったが、
その言葉の真偽はさておき、守衛が
守衛が微笑んだのを確認すると正面に向き直り、そこからはもう、敷地の真ん中に位置した昇降口のある円柱状の建物を目がけて、ひたすら全速力で走るだけだ。
敷地内のいたるところには、水路と比べても負けず劣らずといった具合に色とりどりの植物の姿がある。もうすぐ新しい年を迎えようとしているこの時期ですら華やかさを損なわない絶景だ。
内外ともに西洋の雰囲気を醸しだすような細工が施された校舎は、敷地のちょうど中央にそびえ立つ円柱状の建物から東西南北を指し示すようにしてそれぞれ直角に伸びて存在している、という奇妙な造りをしている。
それを上空から見下ろすと『十』という字に見え、さらに外壁や水掘を考慮すれば、ちょうど『田』の字に見えるとも言われている。
ちょうど今、目の前に広がる校庭で授業が行われていないのをいいことに、
そうしてついに教室の前にまでたどり着いたわけだが、この時点ですでに
もちろん朝食は抜きだったし、寝起き直後でこれほどまで必死に走ればそうなるのも無理もないかもしれない。けれど論点はそういったところとは別にあった。
最近になって、
たとえば、どんなに規則正しい生活をしても、眼窩の下のクマがどうしてか消えないこととか。それに、10代半ばの成長中の男性にもかかわらず、たかだか数百メートル走っただけで眩暈を起こしそうになるほど消耗してしまうこととか。
それとはまた別に、虚弱体質なのかと思うくらいに線が細い。
柊での慎ましい食生活が身に染みているせいもあって暴食することもないが、それにしても標準体重よりもだいぶやせ細っている。
もしかして内臓の何かがおかしいんじゃないか? と思い、意を決して一度だけ大きな病院で診てもらったこともあったが、特に異常と呼べるものは見当たらなかったというのだからますます謎が深まるばかりである。
結局、わからないということがわかっただけにとどまっただけだ。
私生活にそこまで支障はないし、健康とはいえなくても不健康でもないのであればもうそれでいいや、と一応の結論付けをして、それ以降は深く考えることを放棄していた。
呼吸が十分に落ち着いたところで目の前にある教室の後ろ扉にそっと右手を伸ばした──が、いざ扉に触れそうになった瞬間、なかから妙なざわめきが漏れ聞こえてきた。つい触れるのをためらう。
だが、ここまで来ておいてじっとしているわけにもいかない。音を立てないようにそっと扉を動かし、すっと首を覗かせてみた。
するとどうしてか、クラスメイトが教室の前方に群がっていた。そのうえ、授業中のはずなのに豪く賑やかでもある。
何事かと身をかがめたまま、とりあえずこんなところを誰かに見つかる前に教室に入っておくだけでもしておこうと静かに行動を起こしていると、また弾けるように賑やかになる。
「どうです、みなさん。これがわたくしの『
しゃがんでいることと人混みのせいではっきりと姿は見えずとも、溶けた飴が伸びてまとわりついてくるような甘ったるい特徴的な声とその嬉々とした口調でわかった。今のが、茶色く染め上げた縦ロールの髪が特徴の
そうとわかれば、今何が起こっているのかもだいたい想像ができる。
ただそれにしても、今は本来授業中のはずでは?
教師が人混みで隠れているかもしれない可能性を払拭できないため、下手に自席に着くこともできない。とりあえず
「すっげー。その
「クリスマスプレゼントに特別な
「えっ、マジで。それじゃあ、
「ええ。なにせ、社長さんとパパは懇意の仲ですの。わたくしも小さいころからのお知り合いですし」
「あたし、昨日やってた特番を観てたんだけどさ、たしか
「あ、それウチも観た! そうだよね、たしかそれくらいの金額だったような……」
「あんたら何言ってんのよ、
「それに、どうやらみなさん勘違いなされているようですけど、さっきも言ったように、わたくしは
「……じゃあ、タダ、ってこと?」
「ええ。すべて社長さんの好意ですの。でもこれも、わたくしだけ、特別に、ですけど」
撒き餌のようなその言葉に、取り囲んでいた同級生たちが食らいつく。
そこからは「私にもなんとか!」とせがむ者が現れ、続けざま「俺も」「私も」と便乗する者もでてきていたほどだ。
欲望に駆られ、すがり、自分を崇め奉ろうとしているクラスメイトたちを見て、それに優越感を覚える。それが
「ねえ
「それもそうですわね。でしたら、あと少しだけですよ」
なかば困ったように左手首に巻いた黄金に輝くブランド物の腕時計に目をやるが、その顔に困惑の色はなく、むしろ嬉々とした感情が滲みでているようにすら見える。
「そうねぇ、何がいいかしら」
今度は本当に思案顔だった。口元に手を当てながら教室中をざっと見渡す。
しばらくして、すぐ傍の机に置いてあった、誰かの新品未開封のペットボトルに照準を合わせると笑みをこぼした。そこで長い茶髪を左手でいたずらに遊ばせながら「それでは皆さん、少し下がってくださる?」と注意を促した。一同はそそくさと、教卓からその机までのわずかな距離を軸として左右に分かれる。
「では、行きますわよ」
さっきまでと打って変わって、
右手を握り拳から人差し指だけ突きだした状態にして、それを腕ごとゆっくり振り上げる。その細い腕の先端に、全ての視線が集う。
無音。息遣いすらない静寂。
それから少し間隔をあけて、「えいっ」と腕が釣り竿のように振りかざされた。
指先から、裁縫針程度の太さの、白濁色をした一筋の繊維がビュッと音を立てて飛びだす。そのまま狙いよく、目当てのペットボトルに付着した。
そして紡がれた糸がちゃんと張り付いているかを軽く指を動かして確認すると、再び「えいっ」と声をあげて勢いよく腕を引き、捉えた獲物を引き寄せて、それを左手で捕獲してみせたのだった。まるでカウボーイさながらである。
歓声とともに湧き上がる拍手の津波に、陶酔しきった
今から約4か月前──9月の初めに転入してきた
そのためか、事あるごとに人の目を惹こうとする傾向があり、今回のようなパフォーマンスも今に始まったことではない。もっとも、その気質を矯正するために両親がこの学園へ転入させたらしいというまことしやかな噂がささやかれていたりもするのだが。
性格はさておき、事実として気品のある容姿をしているし、常日頃から高価なものを食しているのだろうか他の女子達より肌艶がよい。もしかしたら、まだ高校生なのにエステとかに行っているのかもしれない。可能性としてはおおいにあり得る。
とにかくそんな理由から、当然のように男子から一定の人気はあるし、そして美容に興味のある一部の女子には崇拝され、それの恩恵に少しでもあやかりたいハイエナのような生徒などから日々追い掛け回されたりと、ある意味本人の性格と合致した学園生活を過ごしている。
けれども、こういった人種に嫌悪感を抱く者だっているのもまたたしかである。
かくいう
教室には、どういうわけか教師の姿はどこにもなかった。よくわからないが、とりあえず怒られないで済みそうだ。
とはいえ、今さらあの集団に加わろうとも思えない。ここに来るまでで疲れてもいる。
そんな理由から、場の空気を壊すことのないように足音を殺して歩き、自席に座って体力の回復に勤しむことにした。
そこで、窓際の最後列の女子が
冷ややかであったその目が、ぱっと見開かれた。
肩甲骨あたりまである麗しい黒髪はゴムでひとつに束ねられていて、右の鎖骨から胸元にかけて流れるように存在している。
見開かれた両目はアーモンドのような曲線を描いていて、くっきり二重のややつり目。瞳は大きく、男女問わず視線を交えた者に魅惑的な印象を植えつけるのは間違いないだろう。
小さく控えめだが歪みのない造形の鼻と薄紅色に彩られた唇を持つ上品な口。それらひとつひとつがバランスよく噛み合って、かの女子は卓越した容姿を兼ね備えていた。
その名は、
そんな
普通なら威圧的なそれも、秀麗な顔立ちの
だが彼女をよく知る
とりあえず「おはよう」と平然とした口調で言ってはみたが、
とりあえず自席に座ろうとしたところに、「さっきので起きたんでしょ」と唐突に口を開いた。幼さの残る声には威厳などまるで感じられないが、だからこそ怖いこともある。
「えーと、さっきのって?」
「電話。出なかったけどさ、
「あ、あー、ってことは、さっきのはやっぱり
「ふーん」
「……まるで信じてない、って顔をしてるな」
「あれ? そう? 気のせいじゃないの? そんなことよりも、ねえ、アレ使ってないの?」
「アレって、例の目覚まし時計のことだろ? つ、使ってるってちゃんと」
もう壊したけど──とは嘘でも言えない。
アレは、少し前に
「ふーん。それならなんで遅刻したりするのかな? 今日こそ遅刻しないって、先生たちと約束したよね、たしか」
「うーん、なんでだろうな。ハハハ」
「……もういい。ちゃんと答える気がないなら」
そう言って
自分のつれない態度がそうさせたのかもしれないことに素直に反省を覚えるが、かといってこのタイミングで目覚まし時計を破壊してしまった事実をつまびらかにすれば、火に油を注ぐ結果になりかねない。
一考した結果、ここは素直に謝ることにした。
ただし、事実をほんの少しだけ改ざんして。
「ごめん
「ほらやっぱり。まったく、何でそう、つかなくていい嘘をつくのかな」
「それは、えっと……」
「とにかく、明日からはちゃんとアラームをセットするんだよ? いい?」
「あ、はい」
そんな顔をされては、壊しただなんて口が裂けても言えなくなくなってしまう。
いつかは打ち明けなければならないだろうが、そのときにはどんな目に遭うか怖くて想像すらできない。同時に、明日以降どうにかして遅刻を回避するその何らかの措置も講じなければならなくなってしまう。
代替案として妥当なところは携帯電話のアラーム機能だろうが、もしもその効果が十分見込めるのであれば、そもそも目覚まし時計なんて
ならば
入学当初、ふたりは放課後の夕方から夜にかけて互いの部屋に行き来し、一緒に料理をして夕飯を食べ、夜に自分の部屋に帰る、というのが習慣になっていたのだが、その延長線上ということで、
しかしそれが、男女それぞれ別々の寮なのに
とはいっても、お互いの部屋を行き来するのをやめたわけではないが。
さてどうしたものか、と悩んでいると、続けざま
「でも、先生にはちゃんと謝りに行っておいたほうがいいよ」
「それそれ。それなんだけどさ、先生は? 授業はどうしたんだよ?」
「どうしたって、昨日のホームルームでそういう連絡があったじゃん。ほら、あそこにも書いてあるし。もう、それも覚えてないの?」
教室の前方へと向けられたその先に視線を合わせると、人だかりのせいで今まで気付かなかったが、たしかに黒板に大きく『自習』の文字が書かれている。
「なるほどな。それでガガブー(
「そういうことみたい」
「ふーん。でも、さっきのはたしかに凄かったよな。
「……さあ。ちゃんと聞いてたわけじゃないし、よくわかんない」
それを境に、
有体にいって
いわく、親の威光を振りかざしているところがどうにも気に入らないらしい。
正直、そこは
だからといって、ふたりが露骨に
冷え切った状態の缶コーヒーを、自身に宿る異能によって、高温にするために。
そんなわけで、
ちなみに、
そして──これは頻繁に使用するようになったがゆえに改めて痛感したことだが、
こうして握っている缶コーヒーも、市販されている通常のそれであれば、まず5秒もあればぬるま湯くらいに温まり、それからさらに10秒もすればプルタブを開けたときに蒸気が溢れるほどになる。それを
なによりも厄介なのは、余りにも効力が薄いので、こうして一度温め始めてしまうと、温まりきるまでは目立った行動がとれなくなる、ということだ。
今も不用意に離席することすらできず、人目の付かないよう机の下に隠し、まさに卵を温める親鳥のような心境でじっと、温まるのを待つほかない。
こんな中途半端な異能では、
せいぜい『無いよりはあったほうがいいくらいなもの』で、仮にこれがなかったからといって、特にどうということもない。
だからやっぱり、自分は化け物じゃない──それが
そうしてじっと、人知れず缶コーヒーを握りしめていると、教室の後ろ扉がそっと、少しだけ開いたの気づいた。
見れば、ひとりの男子生徒が悪びれもなく堂々と、厚さが5センチはありそうなハードカバーの本を片手に抱えながら入ってくるところだった。
両耳を覆い隠して首元まで届くほどに長く伸びた明るい茶色の髪の、その前髪の隙間からふたつ、牛乳ビンの底のように分厚いメガネのレンズが薄っすらとうかがえる。
「よう。おはよう、
「……今日はもう来てたんだな」
「ああ。といっても、今さっき着いたばっかりだけど」
ぼそぼそ言う
この態度に特段の不満や不快を覚えることはなかった。
会話は必要最低限の単語しか口にしないし、しかも声も小さい。
そもそも長くて多い前髪と分厚いレンズの二重防壁のせいで対面していても視線がどこに向いているのかわからない。どんな表情を浮かべているのかもわからない。
こう表現すると影の薄い存在のようだが、明るい茶髪のせいで嫌でも目立ってしまう。
本人曰く、地毛とのことだが、いずれにせよ、性格と外見がミスマッチしていると言っても過言ではない。
そんな
1年生の夏頃にはすでに学園一厳しいといわれている教師から目をつけられ、それから何度か説教をされたようだが、最終的にはその教師のほうが根負けしてしまったらしい。そうなってくると、もはや誰が説教しようとも聞く耳を持たないのは明白である。以来、
唯一本を手放すのは実技教科の実技のときだけなのだが、体育に限っては持病があるらしく、入学当初から見学のみとなっている。ただ、見学の時間ですらも本を読んでいるくらいだから、本の虫という表現がこれほどまで当てはまる人物もそうはいないだろう。
こんなふうに好き放題やっている
そんなわけで、最近では
というのも、
ふたりを相手にしたとしても、最初こそ(今でもかもしれないが)
そんな
それは、針のように細い両目でおかっぱ頭が特徴的の、小柄な外国人留学生のリーによるものだった。
何やらただごとならぬ様子に教室の眼が向かうなか、リーは息を切らせながらその場で大声をまくしたて始める。
「た、た、大変だヨ! 今年は、今年はニッポンに来るらしいヨ、サンタクロースッ!」
たどたどしい日本語で発せられたその言葉が、たちまち教室を一気に静寂へと塗り替える。
一拍置いて、教室内が再び、さっきの披露会を上回る勢いで弾けた。そのまま、群衆が
「うおーっ、マ、マジかよ!」
「ねえどこ、どこよリーっ! 日本のどこに現れるの?」
「いや、あノ」
「なあ、あいつら今度は何を盗むんだ?」
「ちょ、ちょっト! そんなにきゅーに言われてモ、僕だってわっかんないヨ! 知りたかったら自分で調べてみて、きっとニュースとかでやってるかラ!」
その言葉に誰しもがポケットをまさぐり、即座にそれぞれの携帯電話を手にしだす。
「ちょ、ちょっと皆さん? まだわたくしの
クラスメイトの手の平を返したような態度に憤慨するも、今となっては誰もかれもがどこ吹く風だ。注意を取り戻そうと大きな声で呼びかけてみても、もはや誰も相手にしてくれない。
ここまでくると、さすがの
リーの声は
案の定、今もまた画面の映りは悪いままだ。
「なあ
「うん。ちょっと待って、今ボリュームを上げるから」
かくしてアルバイトを始めた
画面上には、中心に据えられた20代半ばくらいの女性のニュースキャスターが主導となって計4人、白を基調とした空間を背景に、湾曲した机にそれぞれついていた。右上に『緊急特番』と表示されている。
『えー、どうやら、サンタクロースから
『はい、徳井です。えー、今私は
『はい、徳井さん、ありがとうございました。また何か新しい情報がありましたらお願いします。えー、
『はい、徳井です。えー今、現場では、今回サンタクロースの標的となった『龍の瞳』と呼ばれる、バスケットボールほどもあるルビーが──』
と、そこで一時間目の終わりを告げる予鈴が教室中に鳴り響いた。しかし、誰一人として教室から外にでる者はいなかった。
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