第一章 第三話 私は異世界

随分奥まで来た。なんどか転びそうになりながら追いかけた。ところで私はなぜあの私を追いかけてるんだろうか。私にも分からない。


でも追いつけばなにか分かるかも知れない。そう思って追いかけた。

そろそろ足場も悪くなってきた。手を使って登らないといけない急な小さな山もあった。


私が立ち止まっていた。正確には私の格好をしたなにかだ。ちょっとした開けた場所に出た。


その私はくるりと振り返り微笑みながら私になにか話しかけた。


聞こえなかった。


口をパクパクさせているだけのように見えた。


私は彼女の口の形を注意して見た。

すると彼女は声に出さずにこう言っていた。


ご、め、ん、ね



自分の周りが暗くなった。背後からなにか動く音が聞こえる。背後になにかいる! そう感じて私はゆっくりと振り返った。


とても……とてつもなく大きな化け物がそこにいた。体長は5メートルくらいだろうか。体は灰色。筋骨隆々としていて、手には3メートルほどの巨大な棍棒を握りしめていた。大きな2本のキバが見えた。


そして激しく呼吸をしていた。まるで興奮しているみたいに。

私は思わす「ヒッ!」と声を上げた。


その巨人はゆっくりと棍棒を振りかざし私めがけて振り下ろした。


悲鳴すら起きなかった。私は私の頭蓋を粉々に打ち砕くものから目を離せなかった。死ぬ! 完璧に、こんなと……うぉっ!


私は急に体を持っていかれた。ズガン! 強烈な音をして地面に叩きつけられる棍棒。私はなぜか逃げ延びていた。


すると後ろには大きな狼がいた。全身銀色の毛で鋭い目つき馬ほどもある巨大な狼だった。その狼は巨人に向かって吠えるように威嚇していた。


巨人は言った。

「な、なにをする。なにをするオデの食べ物横取りすな。ガロウ!」


「こんなに小さい女の娘食べても美味しくないよ」

小さな男の子の声だった。

「さぁ乗って!」とそのガロウと呼ばれた狼は私の服を優しく口で噛んで引っ張り上げ背中に私を乗せた。


「いくよ!」

ガロウは疾風の如く駆け抜けた。

「危なかったね!」話しかけられた。

「もう少しで頭をグチャって砕かれて食べられてたよ!」

「気になって見に来て良かった。君人間だね! ここにいると食べられるよ!」


矢継ぎ早に話しかけられる。


「あの……さっきのは……」私はさっきの巨人のことを聞いた。


「あれはオーガだよ! オーガのフンボルト!」ガロウはそう答えた。「よくウィルオーウィスプと組んで人を騙すんだ!」


「ひょっとして自分によく似た誰かと出会ったんじゃない? そうやって人を騙すんだ」ガロウはそう言った。


お見通しだった。まるっきり言われた通りに騙された。


バキバキ……ドンドン!後ろから凄まじい音が聞こえてくる。私は後ろを振り返った。するとさっきのオーガが凄まじい勢いでこっちに迫ってきた。


「ううーーん!!オデの食べ物返せ!!このドロボーー!!」木々をなぎ倒しながらすごい勢いで追いかけてくる。


「まだ生きてるからドロボーじゃない!」


ガロウはそう言った。私が死んで肉になったらドロボーになるんだろうか? なんだか、とんでもない世界に迷い込んでしまった。私は思った。


「オイ! ガロウ何やってるんだ!」遠くから声が聞こえた。


「グリフィン! フンボルトから逃げてるんだ!」


「逃げてるってお前……なんだその女は」


「助けた! 食べられそうになってたから!」


「えぇ……なにやってんのお前は……」グリフィンと呼ばれたその青年は困ったように頭をかいた。


「おい! グリフィン! オメェもがーー!!」


フンボルトと呼ばれたオーガはその青年に怒声を浴びせた。


「うわっ!ヤベえ!めちゃくちゃ怒ってんじゃん!」グリフィンは身軽にジャンプしながら私達と一緒に逃げ出した。


全力で逃げながらグリフィンは

「おい! フンボルト! 話し合おうぜ!」と声をかけるとフンボルトはマトモに答えずに私達めがけてフンッ! 棍棒を振り下ろしてきた。


ドシン!


「キャーーー!!」私は叫び声をあげた。


「オイオイオイオイ! 話し合いになんねーぞ! 頭を冷やせ!」



「これでも食らって頭を冷やしやがれ!ヴァーユよ!」と言うとグリフィンは弓を引絞った。すると風が集まり弓と弦の間に8匹の龍の形の弓矢が形成された。


「最小威力で……いけっ!」


放った。するとその風で出来た龍の弓矢はフンボルトの足元に突き刺さり地面から

8匹の風の龍が竜巻のようにフンボルトの体に絡みついた。


一瞬フンボルトの動きが止まった!

グリフィンはよしっ! と言ってガッツポーズをした。


しかし、「フンガー」フンボルトは凄まじい力でその龍の戒めから解き放たれた。


「ヤベェ! まるで足止め出来ない! 一旦逃げるぞ!」

グリフィンはそう言った。

「グリフィン乗って!」「よしっ!」 グリフィンは身軽にジャンプしてガロウの背に乗った。


私とグリフィンを乗せたガロウは疾風の如く駆けていった。


巨木の根本の影で私達はフンボルトから隠れるように地面に座っていた。


「はぁーはぁーなんとか逃げ延びたな」


とグリフィンが言うとガロウと目が合い突然笑い出した。


「見たか? あの顔」地面を叩いて笑っている。


ガロウも息を切らせながら


「はぁはぁ……そうだね。泣きながら怒って……ぷっ」ガロウも吹き出しながら言う。


グリフィンはしばらく笑い転げると

「あー楽しい」と言って寝転んだ。しきりに息を切らしている。


なにが楽しいんだろ。私は思った。こっちはもう少しで死にかけてた。ま、助けてくれたのはありがたいが。


「てか、お前人間か?」グリフィンは私に話しかけてきた。

「というか、なんだその顔にかけてあるものは?」


「こっ……これは……メガネです」私は言った。


「メガネ? メガネだって!」グリフィンはまた笑い転げた。


私はしばらく、むむむと表情を硬くした。


なにがおかしいのかまるで分からない。これが俗に言う異世界ノリというやつだろうか。


「あーおかしー」とグリフィンは笑った。


「てか、お前なんでこんなとこにいるんだ?ここにいるとあいつらの食べ物に……」


「食べ物はオマえらダ!」巨木の近くにフンボルトが迫ってきた。

いつの間にか見つかっていたんだ。


そしてフンッ! 棍棒が振り下ろされた。


飛び出すように逃げるグリフィン。私はガロウに服を噛まれてそこから逃げ延びた。


「見つかった! 逃げるぞ」グリフィンはそこから飛び出した。クイッと私はガロウの背中に乗せられグリフィンと一緒に逃げた。


「もぉーー! あなたのせいじゃない! あんなに大声で笑うから見つかったでしょ!」私はグリフィンに怒鳴った。


グリフィンは「だって仕方ないだろ! おかしかったんだから!」と走りながら笑った。


「よっしゃ! 派手にいくか!」

「ヴァーユよ! 暴風龍だ!」


とグリフィンが言うと私達を追いかけているフンボルトのさらに後ろの方から巨大な風のドラゴンがすさまじいスピードで迫ってきた。


それはフンボルトを追い越し私達をバクンッ! と食べた。


するとその私達を食べた風の龍は凄まじい勢いでとぐろを巻きながら上昇し森の頂上よりももっと高い空まで私達を連れて行った。


「キャーーーーー」私は暴風龍に飲み込まれながら叫んでいた。


300メートルくらいまで一気に上がっただろうか


私達はそら高くまで飛ばされ


私は見た


この世界を


巨大な森が見えた。私達が今までいたところだ。森の中に多くの遺跡が見えた。


そして、化石になって動かなくなったドラゴンを祀る神殿のようなものを見た。


巨大な塔をみた。


そして城下町と城。空には巨大な龍が飛び、遠くには凄まじく大きな首の長い亀がいた。


そして


そら


赤紫色に輝く空


こんなそらの色は見たことなかった。


そして照らされる雲


太陽は紫がかった黄色い太陽だった


「やっぱり、異世界だったんだ……」自覚してなかった訳じゃない、最初から別の世界に迷い込んだとわかっていた。しかし、こう目の当たりにするとなぜだか涙が出た。


それは美しいものを見た涙なのか、もはや別の世界に来てしまったという涙なのか


私には分からなかった。


「グリフィンこれからどうするの?」


ガロウが暴風龍の中グリフィンに尋ねた。

「うーーん。そうだなぁ……」

まさかこれからどうするか考えてないと言うのだろうか。


すると私達を取り巻いていた暴風龍の勢いがだんだん弱まってきて……


そしてグリフィンは言った。


「ゴメン。魔力切れ」


私達は


落ちた


「キャーーーーーー!!!!」


すると私達の下から巨大な黒い龍が私達をバクン! と食べた。


その黒い龍はとぐろを巻いており、私達はウォータースライダーみたいに黒い龍の中を回転しながら落ちていった。


「うおおおおおおおお!!!!」

「キャーーーーーーー!!!」

「おちるーーーー!!」

叫ぶ私達


そして私達は黒い龍の尻尾から地面に落とされた。

「いてててて……」


下にはフンボルトが待ち構えていた。


「フンガー!」


フンボルトは倒れてるグリフィンめがけて棍棒を振り下ろした。


私は


「やめてーーーーーー!!!!」


叫んだ


するとフンボルトの目の前に小さなブラックホールみたいな黒い球が紫電を伴い出現した。


バチバチバチ!


するとその黒いブラックホールは2メートルくらいまで大きくなり


中から現れた 


巨大な手が


片手が1メートルの長さの巨大な老婆の手


それが黒い珠をこじ開けるようにして出てきた。


そして黒い珠の奥に見えるのは


巨大な顔


まるで吹き出物みたいに大小様々な「目」が顔と頭にびっしりとついている姿


口もなく鼻もなく髪もなく、ただ目だけがついていて


それがフンボルトを認めると全ての目でギロリ! とフンボルトを睨んだ。


「うおおおおおお」フンボルトは驚いて逃げ出した。


するとその黒い珠は音をたてて消えた。


「なんだったんだ一体……」グリフィンは上体を起こしながらつぶやいた。


おもい……出した……


あれは「百眼の貴婦人」


顔についた百の目で認めたものを永遠に追跡し


3代どころじゃない、100代に渡って呪い続ける存在。


呪われた人間には決して幸福が訪れず、精神が崩壊し自殺するまでそばで呪詛の言葉を吐き続ける闇の眷族


呪われた人間が死んだ場合自動的にその子供を追跡する。


ただ今回は発動せずに済んだようだ。


「ま、なんにせよ助かったな!」


グリフィンはそう言うと私を見てニカッと笑った。


私はその笑顔を見て思わず顔が赤くなり、うつむいた。


ガロウが

「お腹すいたーー」

と言ったら

「じゃあ飯にでもするか!」グリフィンが言った。


私達は火を囲んで鹿を焼いていた。

「お前生の方がいいか?それとも焼いた方がいいか?」グリフィンは聞いてきた。


「やっ…焼きでお願いします」


私は答えた。ガロウは鹿の肉を生のまま食べている。「美味しいよ! これ美味しい!」


ガロウはしきりに美味しいと繰り返す。


グリフィンは焼いた鹿肉を手でちぎり

「熱っ熱っ!」と言いながら頬張った。

「うめぇーーーーー!!!超うめぇーーーー!!!」


グリフィンが吠える。


「ほい!」グリフィンが焼いた鹿肉を手づかみで私に渡してきた。


私は「熱っ熱っ!」手が火傷する前に鹿肉を口に頬張った。


「うんまああああ!!!!」


私は吠えた。


「舌を焦がす濃厚なジビエ味! まったりとしてそれでいてしつこくなく、野生の本能の目覚めを感じさせる濃厚な味付け! しかもこれは限りなくレアに近いミディアムレア! 素材の味を壊さないように繊細でかつ大胆な鹿肉!これは100点でも仕方ない!」


私は思いきって食レポしたが、グリフィンとガロウは聞いてなかったのか二人で楽しそうに雑談していた。


「あっ……こういうノリじゃなかった?」私はつぶやいた。



私は夕焼けをみた。


それは地球と違い七色に空が光輝いていた。


信じられないくらい美しかった。


私はしばらく七色の夕焼けを見ていた。


「どうしたボーッとして」


グリフィンが聞いてきた。


「あぁ……あの、本当に異世界来ちゃったんだなぁって思って」


「異世界? なんだそれ」


「うんとね。地球って私達の星があって、そこでは夕日は赤色だったの。こんなふうに色鮮やかじゃなくて」


「ふぅん。別の世界からくるってそんなやついるんだな。で、お前これからどうするの?」


「これから……」


私は七色に染められたそらを見た。大地を見た。世界をみた。


そしてくるりとグリフィンに振り返ってこう言った。


「私はこの世界を見てみたい!」


影が長く落ちる。2つの長い影が真っ直ぐに地面に線を落とす。グリフィンの方が身長があるせいか、その影の長さは一緒だった。


グリフィンは微笑んで言った。


「そうだな。きっと面白いぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る