第一章 第二話 エルフの男グリフィン

妖精郷


じっと草むらに息を潜める二人の妖精鏡の住人がいた。


一人はエルフ種の男。弓矢を持っている。年齢は180歳くらいか。ただ人間界では若者にしか見えないだろう。


もう一人はダイアウルフだ。ダイアウルフは変化する生き物で人間に擬態でき、時には狼になれる。その狼の姿は人間界での馬と同じくらいの巨大な狼だ。そして人と狼の中間の人狼にもなれる。


「腹が減った……」エルフ種の男はつぶやいた。

なかなか獲物は現れない。空腹でお腹の音が鳴っている。


隣には呼んでもないのについてきているダイアウルフのガロウがいた。


「ねぇいつまでこうやってジッとしてるの?グリフィン」

ガロウが尋ねてきた。


「獲物を狩るまでだ、それか俺が空腹でくたばるまでだな」グリフィンと呼ばれるエルフの男が答える。


俺たちはこの妖精郷で狩りをしていた。もちろん狩りが趣味などではない。生きるための狩りだ。


今は二人で狩りをしている。俺の名前はグリフィン。種族はウッドエルフだ。そしてもう一人はガロウ、ダイアウルフだ。


「エルフって言っても案外狩れないもんだね。ウッドエルフはみんな狩りの名手だと思っていた」


鼻をヒクヒクさせながらガロウは言った。


ガロウも腹ペコなのだろう。食いつなぐために俺についてきた、ま、そんなとこだろう。


「嫌味を言うなら帰れ。大人しく狩ってくださいと自分の体を差し出す獲物がいるか? 狩るまで忍耐強く待つのがハンターの獲物に対する最大の敬意だ」俺は答えた。


そりゃそうだ。誰も死にたくはない。こうやって死にものぐるいで待つから獲物を狩った時の喜びは大変なものだ。だから獲物に対する感謝が生まれる。


五感を集中させる。今この瞬間に。


その気になれば隣にいるガロウの血液の流れる音さえも聞こえるだろう。遠くを見る。はるか遠くに住まう人間の表情まで見て取れる。そらを見る。空に飛ぶ鳥一羽一羽の動きから次の動きが予想できる。


しかし、チマチマ鳥など狩りはしない。俺が狙うのは鹿だ。食いごたえがあるからな。鹿さえ狩れれば何日も食いつなげる。


鹿さえ狩れればこの酷い空腹の旅路からも逃れられるだろう。


遠くに人影が見えた。フラフラと歩いている。なんだか見慣れない服装だ。人間界の人間みたいだ。


「ん?あそこは妖精郷の領域じゃないか?」


普通は人間は立ち入らないハズだが。人間が妖精の領域に立ち入ると「狩り」の餌食になるだろう。


人間なんて弱い存在はこの世界では一秒たりとて生きてはいけない。だが、こちらから人間界に攻め込むこともない。あまりない……ハズだ。


ほっといておけばいい


オークやオーガやなんかにやられて 


そのうち死ぬだろう


目の前に視線をもどした。


「あっ……」鹿の群れだ。三匹ほどの……

牡鹿に牝鹿……ゆっくりと狩られたそうに歩いていると。こちらは風下だ。気づかれてはいない。


「ガロウ……手を出すなよ……俺が仕留める」


「静寂の矢を使うか……」


グリフィンは弓を取り出した。それは木の枝そのままのような弓だった。


グリフィンはゆっくりと狙いを定め矢をつがえずに弦を引き絞った。


「風の精霊ヴァーユよ。力をお与えください」グリフィンはそうつぶやいた。

すると小さな竜巻のようなものが無数に集まりだし真空の弓矢の形を形成した。


「行け!」弦を放し矢を発射した。


静寂の矢と呼ばれた真空の弓矢は一切の音をたてずに鹿の体に命中した。心臓にあたる部位だ。

衝撃を受け鹿がバランスを崩す。すると一目散に他の鹿は逃げていった。

「どうだ? 仕留めたか?」手応えはあった。

すると……鹿は倒れた。


「よっしゃーーーー!!」

「やったぞ! ガロウ!」

グリフィンは隣にいたガロウの方を見た。


ガロウは消えていた。



私は森の中にいた。鬱蒼と茂った森の中で寝ていた。

青々とした森の中。土と森の匂いがした。

空からほのかに光がさしている。


あれ? ここは……

「確か異世界に来たはず……」しかし、見たところなんだか現実世界のジャングルのような感じだ。


私はメガネをクイッとあげて周囲を見回した。私一人だ。


確かニュクスはこの土地に行き夜の闇の力を示せと言っていたな。

力……そうだ。あの場所でニュクスから与えられたあの圧倒的な力、そして知識。


恐ろしいと思った。あんな巨大な力が存在するんだって……


あの力……


忘れた


全部忘れた


「え?ええええ!!思い出せない!忘れちゃったあああ!!力の使い方も全部!」

天然ってよく言われたけどほどがある。全部忘れた。もはやズッポリと忘れた。


「これからどうしたらいいの……」私は鬱蒼とした森の中でつぶやいた。


すると森の中に青白い光が見えた。それはまるで魂の光のようで宙に浮いていた。

ぼんやりとして燃えるように光っている。


なんだろう。不思議に魅せられるものがあった。するとその青白い光は森の中に消えていった。


「あっ……待って」私はその光についていくことにした。


私は森の中にどんどん入っていった。



森の中では不思議なものを見た。


一列に列をなして歩くキノコの群れを見た。親キノコに子供キノコ、子供キノコを守るように歩いていた。


そして、丸々と太った鳥を見た。なんというか金色のボールが飛んでいるみたいな、でっぷりとした鳥だ。その鳥が私の周りを飛び回った。


私が手を差し伸べると私の手のひらの上に乗って口に咥えていた赤いさくらんぼのような果物を私の手に落とした。

「これ。くれるの?私に」

そう言うとその黄金の鳥は飛び去っていった。


とても巨大な鹿を見た。ツノなしで体の高さ2メートルくらいあるだろうか。黄金のツノだった。私はその巨大な鹿に見とれていると


あの青白い光を見失った。


すると木の影から今まで隠れていたように人が現れた。


あれは……


私だ。


今私は私を見ている。


驚くかも知れないが驚いているのはこっちの方だ。私と同じ服装、私と同じ靴、私と同じ顔、そして私と同じメガネ


あれは紛れもなく私だった。


その「私」は私をみると森の奥に逃げていった。


「あっ……」私は追いかけた。

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