風俗嬢の章
第16話 古風な響き
名前からして期待していなかった。
というか誰でも良かった。
風俗嬢である彼女を初めて呼んだのは寒い冬の日だった。
吹雪の夜だった。
「ワタシ、指入れNGだから」
ホテルに現れての第一声がそれだった。
可愛い顔はしているがベテラン嬢の嫌な部分が表に出ている、最初の印象は良くなかった。
一緒にホテルを出ることもなく、一人でさっさと出ていった、愛想のない嬢。
2度と呼ばないだろうな、そう思ってホテルを出た。
ホテルを出ると吹雪、その中でボーッと立っている女がいた。
さっきの嬢、雪で送迎が遅れているらしい。
(関係ないか…)
と思ったのだが、なぜか僕は彼女に横に車を寄せて声を掛けた。
「乗って待ってるかい?」
乗るわけないと思っていた、さっき初めて会った風俗なんか利用するような男の車に場慣れした嬢がホイホイ乗るわけないと…。
嬉しそうに頷いて、彼女は僕の車に乗ってきた。
「ありがと、グミ食べる?」
ドイツ製の固いグミ、さっきも散々食わされたグミだ。
「グミ好きなの?」
「ううん、事務所にあったから持ってきただけ」
しばらく、適当に話して、彼女は送迎車が来ると戻っていった。
吹雪の夜…変なデリヘル嬢と出会った。
不倫に疲れて、仕事も…気づいてはいなかっただけできっとズレ出していたんだ。
それから、僕は何人かのデリヘル嬢とプライベートで会うようになっていた。
子持ちの嬢と出かけ、旅館で「お父さん」などと呼ばれると変な気持ちになった。
三十歳手前の嬢が「歳を取りたくない…」と泣き出したことも…
旦那が働かないと愚痴を聞くこともある。
だけど、自分のことは話せずにいた。
それなりに稼げるサラリーマンを演じてた。
実際、それなりに稼いでいたし、嘘でもない、だけどそれは僕の一面でしかない。
そんな生活が続いて数か月…僕は仕事で香港にいた。
帰りの空港で、大きなグミの袋が目に付いた。
「ドイツのグミ…か」
ふと、彼女のことが頭を過った。
僕は、そのグミを何袋か買って日本へ戻った。
翌日、僕は彼女を呼んだ。
「このグミ嫌いだから客に食わせてたんだよ」
彼女は笑った。
普通の嬢なら、後で捨てても「ありがとう」とか言って演技するものだが、正直なのか、客をナメているのか…
「要らなきゃ捨てていいよ」
「ん? 事務所に置いておくよ、空港で買ったの?」
「あぁ」
「ふぅん、海外で、アタシのこと考えてくれたの? そういうの嬉しいよね」
僕は、この変な風俗嬢を、面白い娘だと思った。
恋をしたというわけではない。
抱きたいと思ったわけでもない。
ただ…逢いたい。
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