第13話 もてあます

 彼女だけを例にとれば、彼女は自分をもてあましていた。

 旦那は地元の優良企業、自身も働いている。

 中流の上ってところなのだろう。

 我慢をせずにソコソコの生活ができる、そんなレベルの家庭だ。


 彼女の話では、旦那は女好きでモテないほうでもないとのこと…。


 つまり不倫の条件が整っているわけだ。


 自分に興味がない旦那より、自身を求める若い男の方に傾く…自分に自信もある。

 そんな女性だ。

 事実、彼女は容姿だけではなく、料理や裁縫、炊事まで人並み以上に努力してきたようだ。

 完璧が欲しいのだ。

 それを認めてくれる相手であれば…彼女は心を寄せていく。


 それが僕のように、少し変わった人間であれば興味も湧くのだろう。

 例えるなら、誰にも懐かない猛獣が自分だけには懐く、そんな特別感が欲しい。


 事実、僕に興味を抱く女性は、そんなところがあるような気がする。


「桜雪君は一匹狼だからね」

 同じ会社の人に言われたことがある。

 そんな風に思われていたのか…人とは打ち解けているような気がしていた。

 実はそうじゃないのだと知った。

 それからかもしれない…自然と他の社員と距離を置く様になった。

 陰口というのは、本人に聴こえてくる。

「怖い」「ムカつく」「偉そう」

 僕を表す形容詞に尾ひれが付いて広がっていく。

 人間関係とは不思議なもので、その人の性格まで変えていくのだ。

 僕は他人に冷酷になっていた。

 上司は2人、退職した…何割かは僕のせいである。

 他部署の、偉そうで仕事のできない人間も退職させた…。

 僕は「切除できない腫物』のような存在だった。


 そんな僕に興味を持ったのが『彼女』である。

 そういう人間を自分の物に出来る。

 きっと、それが彼女の優越感だったのだろう。

「今日ね、〇〇さんにね、よく、あんな怖い桜雪さんに話しかけられるねって言われたの」

 嬉しそうに僕に話す彼女は、特別な自分に酔っていたのだろうと思う。

「桜雪は怖くなんてないのにね、優しいし」

 そんなことを言って、僕にキスする。


(僕は優しいのか?)


 彼女と唇を重ねながら、ずっと考えていた…

 大切な、あの人を裏切って…目障りな人間を排除していく僕が?


 自分の心が捻じれていくような気がしていた。

 僕は、もう自分を辞めることができなくなっていた。

 嫌なのに…こんな自分が嫌なのに…


「そんな桜雪が好きだよ」


 彼女の言葉に僕は頷くことしかできなかった。



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