第8話 非日常

 歪んでいる…そんな自覚が芽生えた。

 僕たちの会話は猫を仲介するようになっていた。

 仲が悪くなったわけではない。

 ただ、生活の中心に猫がいて、2人の幸せの形が猫に変わってしまったような気がしていた。

 それはそれで楽しい日々でもあったのだが、出かけることも少なくなり、一日中、彼女の家で過ごすだけ変化に乏しい日が繰り返されていく…

 恋人でもなく、家族でもない、そんな曖昧な同居生活は確実に僕の中で彼女は猫の母親であり、僕は猫の世話人という立ち位置に変わっていた。

 それでも良かったのかもしれない。

 SEXは当然、キスすらしない関係になって数年が過ぎていた。

 それは、大人のママゴトのようで、どこか現実から遠ざかっているような気がした。

 もともと18歳という歳の差があり、彼女の娘2人との方が距離が近く、そんな家族の中に僕が入り込んで一軒家で同居しているのだ。

 僕は必要が無ければ彼女の部屋から出ないように暮らしていた。

 それは飼い猫と同じような境遇だったのかもしれない。

 言葉通じる猫…。

 彼女は僕を可愛がった。

 それは間違いない。

 好きの意味が少しズレてきていた。

 僕も、彼女も…。

 だけど…隣にいることが当たり前で、離れることもできなくて、きっと僕も彼女も悩んでいたように思う。

 5年先…10年先…どうなるのだろう?

 そんな不安が常に頭のどこかにあった。

 年老いるとは…悲しいことだ。

 僕が彼女と同じ歳になるには常に18年掛かるのだ。

 そして彼女は18年先に進んでいく。

 同じように歳を取れないというのは残酷なことなのかもしれない。

 解っていたつもりだった…きっと彼女が最初に躊躇したのは、そういうことなのだ。

 僕が勢いで開けた扉は、よく考えてから開けるべき扉だった。

 彼女を愛している。

 それは今でも…変わらない。

 そして、彼女も僕を愛してくれていた。

 僕は、その愛を当たり前だと思ってしまったのかもしれない。

 未来を考えずに、今だけを考えてしまった。

 それが許される関係ではないのに…

 誰よりも、先を考えなければならなかったのだ。

 彼女のことを想うなら…そうしなければならなかった。


 彼女が出かけなくなったのは…隣にいる僕のせいでもあるのだ。

 彼女は若く見える。

 僕も容姿は若く見える…

 親子でも不思議のない歳の差なのだ。


 家から必要以上に出なくなったのも、別々に買い物に行くようになったのも…

 今思えば、そういうことだったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る