第5話 思い出

「桜雪…もういいよ…ごめんね…独りにして」

 僕は泣いていたのかもしれない。

 彼女は、その夜泊って、僕は朝早くに彼女を家まで送った。

 アパートに戻って、アルバムをめくる。

 ポツリ…ポツリと思い出が零れ落ちるような喪失感が僕の心を染めていく。

 笑っている彼女の写真、それは別人のようで…久しく笑った彼女など見ていないことに気づく自分が情けなくて…。

「会いたい」

 そう言えたとしても、彼女の笑顔を見る術など僕には…もう…。

 言えないまま数日が過ぎた。

 鳴らない電話を、ただ見つめて過ごす時間が増えたように思う。

 僕は何を失ったのだろう?


 得たはずだったのに…結局、何も残っていない。

 いや、最初から何も得てなかったのかもしれない。


 綺麗で透明な形のないナニカ…それは手の中にあった…のか?

 触れた…ような気がしただけだったのだろうか。


 何も無かったのだろう…だから、僕は…それを抱きしめたいと足掻いていた、それだけ…捕まえても、抱きしめても、そのナニカは、確かにあるのに…そこにあるのに…。


 触れても感じない…そのナニカ、いや…きっと何も感じないのは、僕のせい…。

 捕まえることに必死で…手の中にあるナニカは僕の目に映ってなかった。


 逢っていたようで…合ってなかった。

 そんな日々は流れて…日に日に、彼女の物が僕のアパートから減っていく…。

 彼女が高校を卒業した日。

 アパートに訪れた彼女は、僕にアパートの鍵を渡して黙ったまま立ち去った。


 僕は、アパートの玄関に座ったまま。

 彼女は引き返してくるかもしれない…いや、そんな女じゃない…でも…


 朝を迎えて…僕は、アパートを引き払うことを決めた。


 彼女とは、その後も幾度か偶然出会った。

 彼女の娘を見たとき…彼女にそっくりで、笑った…。


「アナタ達が付き合っている…そんなこと…在り得ないんだけどね」

 昔、2人で占い師に見てもらったときに言われたことがあった。


 交わることのなかったはずの線が、ほんの数年だけ…交わった…それだけ…

 きっとそれだけ…だったんだと思う。

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