第18話 彦島宝石強奪事件
「彦島宝石強奪事件」
①某月某日某時
電子メール
…小林、
いや、今は役者四天王寺ロダンと言った方が良いかな。
悪い、突然だけど…仕事辞めて大阪を出て郷里の彦島に戻ることにしたよ。
まぁ急って事でもないか。以前、君に話した通り親父が胃癌のステージ4になってさ。
それで決心して郷里に戻ることにした。
まぁ会わないまま帰るのは寂しけど、大学出て互いに顔を中々会わすことも少なかったし、今の君は劇団に夢中だから、互いに人生のそんな時間の潮なんだと思えば、何となくなってくるもんだ。
今は新大阪から出た新幹線の中だ。だからまた彦島についたら連絡するよ。後、そうそう、君の西天満のマンションの駐車場に僕のクロスカブを置いといた。鍵は君の郵便受けに入れといたから、餞別代りに受け取って呉れ。
大学の頃は互いに50ccで良く旅したなぁ。懐かしい思い出だ。
じゃ、また連絡する。
それじゃ。
②某月某日某時
電子メール
ロダン、返信ありがとう。
そうか、今は泉州の馬蹄橋にある東夜楼蘭で行われる観劇の練習をしているのか。それも東エンタープライズ何て、すごく有名な芸能プロダクションじゃないか。遂に君も、運がいよいよ上向きかな。
僕は今、親父を緩和ケア病棟に入れた帰りで、丁度車でコンビニに立ち寄った所さ。目に前には下関の海が見え、遠くに巌流島が見える。
なんかさ、故郷ってなんかいいなと思いつつも、何か不思議と都会から帰った僕にはどこか居住まいの悪さを感じるのはどうしようも無いことかもしれない。
まぁなんせ仕事も無い無職だしな(汗)
さて、君は今何をしている?
昨日のメールに書いてある通りならミッキーと近い内に会うそうだね。
その時は是非サインをもらってくれよ!!
頼むよ。
③某月某日某時
電子メール
親父が入院したので部屋の掃除やら整頓をしていた。なんだか不思議と親父との色んな思い出の物が出て来て中々整理がつかなかったんだけど、実は思いもしないものが出て来たんだ。
それは、躰が木製の仏像で顔がマリア様のへんてこな彫像何だ。
そう、これはね。
今でも思い出すんだけど、此処では夏になると巌流島から花火が打ちあがるんだ。その最中に散歩していて浜辺で拾ったんだ。薄暗い浜辺で打ちあがる花火を見ながら波の音を聞いていたら足元に転がって来てそれを親父が拾った。
なんせ顔はマリア、躰は仏様。
何とも言えない奇妙なものだろう。でもさ、そいつを見ていたら不思議と子供心に親父と過ごした夏の思い出が浮かんできてさ。
なんか涙が出てきちまった。
だから急に海岸沿いを歩いてみたくなった。そしたら不思議とそこで赤い風船を拾った。それを拾うと何とも言えない程、僕の心をより一層哀憐の思いにさせたよ。
④某月某日某時
電子メール
ロダン。
見てくれたかい?
そうさ、不思議な彫像だろう。きっと美術好きの君なら興味を示すだろうと思ってメールしてみたんだ。だからさ、君がもしこちらに来たら見せたやりたい。
そうそう、実は昨日、突然家に牧師がやって来た。何か宗教の勧誘かと思ったんだが、何でも昔この辺りの海岸に変な像が流れつかなかったか調べているらしい。
それが何と僕が持っているこの彫像なんだ。
勿論、白を切ったけどね。
だけど近所の噂を聞くとその牧師、この辺りを最近うろついてるらしく、何でも自分が昔牧師になる前は仏師でその自分が掘った最高傑作の仏像をこの付近を船で航海中に海へ落としたから、それを今とか探して、自分の教会の本尊にしたいそうだ。
何とも時代も変わらず、変な奴はいるもんだな。
⑤某月某日某時
電子メール
メールで君に話したあの牧師。
しつこい野郎だ。どうもウチの親父が拾ったことを何処かで聞いたのかあれから何度も家に来る。
だから遂に僕は言ったやった。
――警察を呼ぶぞ!!
最初の内はそれで引き下がっていたが遂にあいつ僕に言いやがった。
――お前の親父は地獄に落ちるだろう。それはお前も家族の全員もだ。
こいつ頭がおかしいのだろうな。
それで警察に連絡した。
翌日、警察が来たけど何か話を聞きに来ただけで帰った。
ロダン、
不思議だな。
世の中は。
変なやつばかりだ、君も人間の坩堝とも言うべき大阪の大都会にいる。
十分注意してくれよ。
⑥某月某日某時
電子メール
病院より連絡があって親父の容体が急変したらしい。
病院へ行くよ。
何、気にするな。
こうしたことになる心の準備は出来ている。
⑦某月某日某時
電子メール
ロダン
親父が死んだ。
残念だ。
しかし仕方のないことだ。誰でも最後の時は来る。
そう、葬儀場の事を知りたがっていたね。場所はここ――だ。
君の弔電を受け取る。
心からありがとう、
親友のロダン。
⑧某月某日某時
電子メール
初七日も過ぎた。
幾分か心の平穏も取り戻したよ。弔電はありがとう。
君の心配りに感謝する。今日は父の遺品の整理をしている。例の彫像が何故か夏の夜に見た花火を思い出させてくれる。
⑨某月某日某時
電子メール
蝉よりも蠅よりもうるさいのはあいつだ。
またあの牧師がやってきた。
僕は遂に怒りに任せて手に例の彫像を握りしめてあいつに見せて言った。
二度と来るな!!
もし来たら、こいつを壊してやると。
するとあの牧師、神の使い何て目じゃなくまるで悪魔のような眼差しで僕を睨み、あろうことかひっひっと嗤い、まるで舌なめずりするように去って行った。
なんて男だ。
こちらは未だ喪が明けぬ身であるというのに、なんという恐ろしい奴なんだ、あいつは。
⑩某月某日某時
電子メール
おはよう。
早朝早々にメールするが気を悪くしないでくれ。今度はあの牧師の仲間なのか、また変な奴がやってきた。
年老いた目つきの鋭い男なんだ。そいつも僕に例の彫像の事を聞いて、それから誰か来ただろうと聞きやがるから、遂に僕は堪忍袋の緒が切れた。
だから洗いざらい罵詈雑言で罵ってやるとそいつはしめしめという顔をして家の玄関から消えた。
しかし、何と言うんだこの彫像に何があるというんだ。
親父と僕の思い出に何があるというんだ。
こん畜生め!!
⑪某月某日某時
電子メール
ありがとう。僕の心を慰める言葉をくれて感謝する。君も馬蹄橋と言うところの温泉街で劇の猛練習みたいだね。
是非、頑張って欲しい。
それから君が言ったように図書館で昔この辺りで何か無いか調べてみた。
だけど、何も君が期待するような事柄は無かったように思うよ。
此処は土地柄、関門海峡の入り口にあたり、瀬戸内を抜けて大阪湾へ向かう大小の外国貿易船が入るから、偶にそんな貿易船との海難事故はある。まぁそんな古い事故の幾つかが図書館の保管図書に…僕が生まれた頃に幾つか新聞に載っていた。
まぁそれぐらいだ。
それよりもいよいよ東夜楼蘭での観劇が始まるらしいね。
あの女優のミッキーと一緒何て僕は君が羨ましいよ!!
⑫某月某日某時
電子メール
ロダン。
…やられた。
母親と香典返しの品を買いに出かけた間、遂に家の窓が割られ例の彫像が盗まれた。
何と言う事だろう。
まさか本当にここまでするとは。
勿論、犯人は分かっている。
あの牧師だ。
今、警察が自宅で鑑識をして指紋を採集してる。
僕はあいつの顔を勿論知っているし、いずれ掴まるのも時間の問題だろう。
そう、そう、ロダン。
僕は君の忠告通りにしておいた。
急いで逃亡しているあいつがそれに気づくかどうか…、だがもしそれが分かったとしても、その頃はきっと牢屋の中だろう。
しかし、それが君の言う二十年前の事件の犯人かどうか。
もしその通りならば君は役者の夢をあきらめて探偵になった方がいいね。
これはもしそうならばと仮定した時の僕から君への賛辞だと受け止めて欲しい。
⑬某月某日某時
電子メール
警察より連絡が来た。
まさに何というか。全ては君の言う通りだった。
つまり犯人は君が言う二十年前の巌流島付近を逃亡して海上警察の船と諸突事故を起こした奴だった。
僕は君の為にパソコンからメールをする。
長くなるけど読んで欲しい。
⑭某月某日某時
電子メール
ロダン、
犯人は佐賀に住む仏師の小暮万次という男だ。
そして君がいう例の博多天神にあった百貨店Mの宝石を強奪した窃盗団のリーダなんだ。
何故、仏師でもあり仏の側に仕える男があんな奇妙なことをしでかしたのか。
聞けば、往時あいつは仏師として腕は良かったが酒癖が悪く、色んなところに借金があった。それでその借金の返済の為に宝石強盗をして、行方をくらましていたが、遂に警察に見つかり巌流島付近を船で逃走中、警察に囲まれ、お縄になった。
その際、奴は海に落ちて掴まったのだけど、実は肝心の盗んだ宝石類は見つからなかった。
警察は躍起になってあいつに自白させようとしたり、また関係者や逃亡経路を懸命に捜索したけど、結局駄目だった。
しかし、すごいぜ、ロダン。
聞くところによれば強奪した宝石類の総額たるや、あいつが抱えていた三百万そこらの借金の金額に見合わない額の三億円相当だそうだ、全く驚くよな。
そしてあいつはつい三か月前、刑務所を出て、この付近を牧師まがいの姿でうろつき始めた。
それがメールにある通りだ。
何故あいつが牧師姿になったのかは、奴曰く――マリア像という事でそれに似合う姿になる方が良い、なんていう素人剥き出しの浅い考え方なんだ。
まぁ仕方ないよな。万次はホームズに出て来るモリアーティ教授のような犯罪の芸術家じゃないのだから。
だがな、ロダン。
あいつは意外と計算高い。
なんとここら辺をうろつく前にどこに往時の自分が投げ出された付近の潮の流れが海岸のどこら辺に辿り着くか、ちゃんと風船を流して実験して、見当を立てたそうだから。
それで奴は昔この付近で僕等親子が変な彫像を拾ったという噂を聞いたらしく(やはり田舎だな。都会ではこうした噂なんて三日もすれば消えてしまうのに)家にやって来て遂にそれを強奪したという訳さ。
だが、ロダン。
ほら、話しただろう。その後に家にやってきた目つきの悪い老人の事を。
実は奴なんだけど当時の万次の事件の担当刑事だったらしく、出所後のあいつの後を付けていたらしい。何とも刑事の執念というか勘なんだろうな。何としてでも宝石類を探し出したい、だからきっと奴は隠している宝石類に近づく筈だと言う、直感にも似た刑事の執念という一言に尽きるよ。
そして遂に万次が彫像を抱えて僕の自宅を走り去り巌流島へ逃げたとところ、その刑事、木刀を握りしめてかの宮本武蔵のごとく見事な跳躍で佐々木小四郎ばりの万次に飛びかかり、強烈な木刀の一撃を額に食らわして悶絶させて取り押さえたという訳さ。
ここにかくして万次は再び掴まり、彫像の秘密を警察に喋るという事になったのだけど、いやいや実際は中々上手くいかないもんだね。
つまりこの彫像は自分がある山中に隠した金庫の鍵を隠した仏像で、あの時海に落ちた際、この彦島に運よく流れると目算して、やがて時を経て回収し、中に仕舞い込んだ彫像から金庫の鍵を取り出すのだという算段の様だったけど、だが警察署で彫像の中を割って見たら何もない。
流石に万次、ここで運尽きたのか、声無く驚いてその場で勢いよく舌を噛んで自死したらしい。
…憐れだね。
さて、ロダン。
彼の自死には君も心苦しく思っているだろう。なんせ君が言った忠告がそうさせたのだから。
今君は馬蹄橋のある東夜楼蘭での観劇を終え、何やら傷心のようだと言っていたね。
失恋かい?まぁ失恋と言うのは気の毒だけど僕等にとってはとても大きなインフルエンザ風邪みたいなものだ。やがて治るさ、ロダン。
それでだけど、君は僕が餞別に渡したクロスカブを返しに傷心の旅で態々彦島まで来てくれるそうだね。
じゃぁその時にその後について話をしようか。
君の指示通り、彫像を電動ノコで彫像を割ったら出て来た…この鍵をどうしようか。 勿論、彫像は綺麗にアロンアルフアも真っ青の特殊ボンドで元に戻したから、逃亡に必死の万次の傍目には、それは分からなかった訳だ。
ロダン。
宝石類はなんせ時価三億円らしいぞ。。
えっ、
それがどこにあるのかだって?
君は言うだろうね。
だけどさ、
そんなのこの事件を遠くで解決した君程の明察な頭脳ならきっと分かるさ。
さぁ
ロダン。
僕は君がクロスカブに跨ってやって来るのを心待ちにしている。
じゃあ、その時にまた話をしよう。
某月某日某時
―――君の友人 Tより
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