第13話 小説家と漫画家(短篇)

「なぁ…日比野」

 金髪、黒縁眼鏡の男が目の前に座る男に声を掛けた。声を掛けられた男がグラスを手にして顔を上げる。見上げる顔はどこか生気が無く、やつれている。

「お前さぁ、聞くが…」

 言って男が手元にグラスを引き寄せる。引き寄せると瓶ビールを注ぎ、それを一気にぐぃと喉奥に流し込んだ。

「なんだ?山岸」

 日比野と呼ばれた男が金髪眼鏡をそう呼んだ。ビールを飲みほした金髪眼鏡が、日比野と呼んだ男のグラスにビールを注ぐ。

「お前さぁ、『漫画家』と『小説家』どちらがこれからクリエイティブで生き残れると思う?」

 問いかけられた男が僅かに眦を上げる。男は生気の無い様な表情を先程までしていたが、しかし言葉に反応したのか、それとも瞬間口にしたビールが回り始めたのか、段々と頬が朱に染まる。いやもしかしたらそれだけではないかもしれない。

(嫌味なことを言いやがって)

 これが男の顔を朱に染めた本音かもしれない。

「なぁどう思う?」

 山岸が日比野に再び問いかけた。日比野はビールを口に運び一気に喉奥に流す。流しながら先程湧き上がった熱を冷まそうとする。冷静にならなければ自分が馬鹿を見る。馬鹿を見るとは現実的を見せつけられ、自分がみすぼらしくなるだろうと言う意味だ。

 自分は小説家である。だが現実は山岸の様に週刊誌に連載している漫画家ではない。自分は世間に対して小説家と言っているが実情はウェブコンテンツに載せて小さな金銭を稼いでいるそんな小裴の身だ。有名な小説公募選考にも一度も残ったことが無い。だが実力はあると思っている。何故なら目の前にいる山岸とは同じクリエーター学校ではあったが、自分の方が彼よりシナリオでは抜群に良く、その頃は幾つかの賞も取っていたからだ。才能で言えば自分の方が上だという自負が三十台を迎える自分の心の内に今でもある。だから時が来れば『いづれは』と思っているのだ。

 だが山岸が放った問いかけはまるで今の自分の状況を端的に示している嫌味にしか聞こえなかった。山岸本人にどういう意図があったかは分からないが、それはそれとして


 ――嫌味なことを言いやがって


 と瞬時に思った。


 そう思ったが、しかしそんなことはお首にも出さない方が良い。努めて冷静を保つことがこの場での自分の自尊心というか尊厳を保つ最善の方法だと気づいたのでビールで熱を冷ました。

 グラスを置く。それから首を軽く回して窓の外を見る。外は夕暮れに染まり始めている。



 ここは大阪天満橋の八軒屋界隈。大阪上町台地北端の西麓に当たる。

 この場所は天満橋と天神橋の間にあり、昔は渡辺津と呼ばれ、熊野三山への参詣道熊野街道の起点として栄えた。

 現在は北浜、中之島といった河岸界隈として賑わい、季節になれば河岸の並木が色づき大阪としての歴史の名残を感じさせる場所になっている。

 そんな風情を見ながら先程の心の揺れなぞ、どこ吹く風よと思いながら知らん顔して言う。

「さぁ…な。山岸こそどう思っているのさ?」

 逆に問いかけられた山岸が「そうだな…」と言って黒縁眼鏡の縁を触る。

「俺はさぁ、漫画を描きながら思うんだよ。漫画ってコマ割りとか台詞とか勿論、全体のプロット世界観とか全てをこなすわけだろう。つまりは総合監督、まるで映画監督みたいなんだよ。つまり映像も含めたクリエーターだよ。それに比べて小説ってさぁ、その作品が訴えかけるのは、文字から読み取ろうとする相手の想像力だけだろう。なぁ日比野…現代を見れば動画コンテンツや音楽コンテンツ、色んなプラッタ御ホームがある訳だ。だから小説と言うのは…」

 そこで山岸が瓶ビールを引き寄せたが、ビールが無いことに気づく。それで直ぐに店員を呼ぶ。大きなもじゃもじゃアフロヘアが揺れて側に来ると注文を伺う。

「あ、瓶ビールを一つ追加」

「分かりやした!!」 

 と答えた店員がくるりと山岸に背を向けたが、何かを思い出したように直ぐ向き直ると「それで…」と日比野に言い始めた山岸に向かってすまなさそうに言った。

「すんません、キリンかアサヒどちらに?」

 山岸が舌打ちをする。日比野との会話の間を切られたせいだ。どうでもいい表情で言う。

「じゃ、キリン」

「へぃ」

 と答えて店員が去ってゆく。

 再び舌打ちをして「…それで」という。

「つまりこれからは小説よりも漫画の方が時代に合うんじゃないかと俺は思う訳さ」

「何が言いたいんだ?」

「お前分かるだろう?」

 鋭くなりそうな日比野の視線を山岸が諭す様に言う。

「…つまりさ、学校出て何年だ?俺達…もう八年は経つだろう。俺は幸い漫画家として自立できてる。しかしお前は未だ出来ていない。考えてみろよ、これからの時代、小説だけで食ってはいけないだろう?」

 目を細める日比野が答える。

「言いたいことは良く分かる。だが俺はあきらめちゃいない。小説だっていい所もある。勿論、お前が言う漫画の良い所も分かっている。確かに小説には文学として側面しかないかもしれないが、しっかりとした芸術としての側面がある。夏目漱石、川端康成、三島由紀夫、いやそれだけじゃない。カフカ、カポーティ等、いくらでも芸術家が居る。俺はそこを目指している」

「芸術としての側面?はぁ、なんじゃそりゃ?じゃ聞くが、漫画にはそれは無いって言うのか?」

 金髪がまくしたてる。それに手を上げる日比野が今度は諭す様に言う。

「そんなことを言ってるんじゃない。漫画も今じゃ現代芸術だ。だがな、小説はまた漫画とは違う、こう…『美』があるんだ。『美』が。こうなんていうかな…崇高な『美』ってやつが?」

 それを聞いて鼻白んだのか、山岸が笑う。

「お前がウェブコンテンツにアップしてる作品に『美』っていうのかい?俺だって芸術が分かる。冒険者だの魔法だの、チートだの追放だの、まぁ何かわからねぇが、それらは漫画に取り込まれている領分じゃねえのかい?」

 そこで「いいか?」と言って山岸が友人を見つめる。

「つまりさ、日比野。俺が言いたいのは俺と組まないかってことさ。シナリオならお前は誰にも負けない。それは俺が学生の頃から良く知っている。漫画にはストーリが必要なんだ。だからお前が俺にそのシナリオっていうかストーリを書いてくれよ。それで一緒に手を組んで、漫画家として成功しようじゃないか!!」

 山岸の身振りが激しくなって、勢いよく両手を広げようとした時、先程の店員が瓶ビールを二人に間に差し込んだ。

「はい、注文の瓶でーす」

 声に反応して山岸が素早く瓶ビール手に取り、流れる様に日比野のグラスにビールを注ぐ。

「注文は以上でっす」

 言ってからその場を去る店員に日比野が声をかける。

「おい!!」

 その声に店員が振り返る。店員だけじゃない山岸も顔を上げる。見れば日比野が瓶を指している。

「…あのぉ、何でしょう?」

 そんな店員へ

「何でじゃないよ、見てよ。キリンじゃないだろう?これアサヒになってる」

 日比野の指摘に気づいた山岸が瓶のラベルを見る。見れば確かに指摘の通り、近隣ではなかった。困った顔で店員を見る。

「おいおい!!これ違うじゃないか?俺が頼んだのキリンだろう?」

 言われて店員が伝票を慌ててみる。見てから「あちゃー」と言いながら首を撫でる。

「すいません、待ちがえちゃいました」

 平謝りで頭を下げる店員。山岸の前でもじゃもじゃアフロが何度も上下する。それを追い払うように手を何度も払うと舌打ちをした。

「あぁあ、もういい。こいつで良いから」

 山岸の声に店員が顔を上げると「すいません」と言ってから再び頭を下げる。だが頭を下げると急にぱっと顔を上げて、まじまじと山岸の顔を見た。

 あまりにもじっと見つめる店員に山岸がたじろぎながらどもる様に言った。

「な、何だ?一体俺の顔をじっと見て」

 すると店員が山岸を指差して言う。

「あの…失礼ですが。もしかして漫画家の山岸先生じゃないですか?」

 山岸がちらりと日比野を見た。日比野は運ばれて来た瓶ビールをグラスに注いでいる。

(良くあることだ)

 そんな表情で日比野は居る。山岸は偶に雑誌とかにも載る人気漫画家だ。だからその顔を知ってるファンが偶にいて、このようなことがある。

(まぁ俺みたいなしがない小説家とは違ってこいつは売れっ子だからな)

 嫉妬に交じる麦汁を噛みしめ、一気にビールを飲み干す。

「ですよね!!週刊ヤングドラゴンに連載している漫画家の山岸先生!!僕何かの雑誌で先生の写真見たことがあったんです。金髪に黒縁眼鏡の弧の姿の写真を。僕ねぇ、実は先生が描いてるあの『灰色探偵』シリーズ好きなんですよ!!車椅子の少年探偵が事件を解決するあのシリーズ最高です。今度アニメ化もするそうですね!!」

 思いもよらないファンの登場にやや照れつつも、山岸はちょっと相手の圧力に困りつつ「ちょっと…」と言った。

「今さ、プライベートで…」

 それで察してくれるファンは多い。目の前の店員もそれで何かを察したように「ああ…」と言った。

「そうでしたか。いやぁ僕はてっきり『灰色探偵』の新作ネタの打ち合わせ方思いました」

 ちらりと横目で日比野を見る。

「どうもこちらの方がシナリオライターみたいですんで」

 山岸がやや困り顔で言う。早く何処か行け、という気分が顔に出てる。

「そんなネタの打ち合わせを酒の席なんかですると思う?」

 店員が首筋に手を遣ってぴしゃりと音を立てる。

「ですね。そりゃそうですよね。そんな大事な作品の打ち合わせ何て酒の席ではしませんねぇ」

 それから深々と頭を下げる。

「これは失礼しました」

 言ってから席を外そうとする店員へ、山岸が声かける。

「だけどさ。これどうすんの?間違えたビール代?」

「あ、是ですか?どうしましょう」

 店員が妙に困った顔をするので思わず、山岸は笑ってしまった。何故だか分からないが、この店員、どことなく相手を人懐っこい感じにさせる。

 だから山岸は思わず口に出して言った。

「じゃあさ、ネタ頂戴。それでチャラにするよ」



「ネタですか?」

 もじゃもじゃ頭が揺れる。

「そう、ネタ?」

 山岸が店員を上から下まで見る。

 この若者、見れば頭はアフロヘア。身体は細く背も高い。傍目から見れば、どこかマッチ棒みたいに見えなくもない。服装はシャツにジーンズ、足元はコンバースシューズ。まぁ何とも言えない、はまっているようでどこかダサくもある。日比野も同じように見ているがその感想は日比野と同じかどうか、それは分からない。

 しかしそんな二人の視線の前に立つ若者は「うーん」と真剣に困り声を出している。

 山岸がその困り顔に声をかける。

「どうだい、君。あ…いや、マッチ棒の君?」

「え、マッチ棒?」

「そうそう、君の事さ」

 山岸が指差す。

「傍目に見ればマッチ棒だよ、君は。それでどうだい?何かぱっと着火するようなネタあるかい?」

 既に山岸は冷やかしの気分だ。その山岸とは対照的に日比野はやれやれと言う表情をしている。

「ほら?どうした店は忙しいだろう。早く言いなよ」

 山岸の口からくくくと苦笑が漏れる。それを見て日比野が口を挟む。

「おい、山岸もうよせ、いい加減…」


 ――あります!!


 突然そこでもじゃもじゃ髪が揺れた。

 山岸と日比野が同時に若者を見る。

「ありますよ!!」 

「ほう」

 山岸が口を開ける。

「どんなネタだい?」

「そいつはですね…」

 そこまで行ったところで奥から店員へ声が掛かった。急ぎ首を回して「直ぐいきやぁす!!」と言った。

 若者は勢いよく山岸と日比野に向き直ると早口で話し出す。

「えっとですね…大阪には天王子七坂っていう歴史ある坂があるんですが…」

「そいつは知ってる」

「実はそれ以外に、歴史ある隠れた坂があるんです。その坂は普通の坂ですが通称『転坂』って言って、いつの頃からかその坂を通る人が必ず転ぶって坂があるんです」

「…ほう」

「で、その坂どんな歴史があるかと言うと転んで人が死ぬと言う歴史なんです」

「…?」

「この前もその坂で人が死にましてね、ご存じないですか?若い女が不意に転んで頭を激しく地面に打って死んだんです。みんなはね、噂してるんです。きっとそれはあの…呪いだって」

「どんな?」

「坂の途中に小さな顔無し地蔵があるんですが、昔豊臣の頃、武将に槍でささされ惨殺された物乞いの恨みが地蔵に憑りつき、それで坂道を行く人が次々と死ぬんだ…と…」

 しかしそこまで言うと店員は身体を翻うす。自分の名を呼ばれたからだ。流石にこれ以上はいけないと思ったのだろう、急ぎ忙しい店内へと駆けて言った。

 残された山岸は「なんだ…そりゃ」と呟いた。

 すると隣で日比野が席を立った。

「えっ?どうした?」

 驚いて声をかける山岸を見て日比野が言う。

「悪いが…俺、帰るわ」

「お、おい!日比野」

 慌てて山岸が声をかける。

 だが日比野は財布から数枚千円札をテーブルに置くと山岸に背を向けた。

「自分の分とあの店員が間違えたビールの分、一緒に払っとくわ。じゃあな」

 日比野は軽く手を上げて、後ろを振り返ることなく足早に店を去って行った。

 席にひとり残された山岸はビールをグラスに注いで喉に流し込むと先程の店員が出てくるのを待っていたが、厨房に入ったのか、遂に自分の前に姿を見せることは無かった。





「四天王寺ロダン君と言ったね、どうして日比野が犯人だと分かったの?」

 カウンターに置かれたビール瓶に映る自分の姿を見ながら山岸は言った。

 夜の八軒浜の界隈の雑居ビルのバーに山岸はある人物を呼び寄せ、今肩を並べている。

 今日の山岸は金髪を黒髪に染め、しょんぼりとグラスの底を覗いている。そのグラスの底に映る自分の姿を消す様にビールが注がれていく。

「なぁどうなんだい?」

 眼鏡越しに赤く染まる目が若者を見ている。見つめられた若者は首をぴしゃりと叩くと小さく頷いた。

「ええ、まぁ何となくすが、実はですねあの『転坂』の丁度真向かいのお寺、日比野さんの実家でしたでしょう?」

「ああ」

 山岸は頷いた。

「あそこね、昔から本当によく人が転ぶんで有名だったんです。何故だか分からないですけど、それも夜なんです」

「夜?」

「ええ。夜」

 若者がアフロヘアを掻く。

「そこが一つの謎ですが…しかし考えれば簡単なんです」

「どう簡単なんだい?」

「夜、暗くて足元って良く分からないでしょう?」

「…なるほど、それで釣り糸のテグスか、あれなら夜道に張られていても分からないな」

 若者が頷く。

「どうして日比野が犯人だと?」

「ええ、実はね。彼、ネットでもう一つ別の名前で作品を書いていたんです」

「別の名?」

「ええ『田中』ってどこにあるネーミングで」

「…そうなんだ。」

「僕ねぇ、こう見えても実は役者で劇団に居ます。だから偶に脚本も書くのでウエブ小説なんかは偶に参考にしてるんです。それである有名サイトを見ていたら、急にランキングが上がる作品がありましてね、実にその内容が…」

「坂道で人が転ばして殺すという話だった」

「そうです」

「読めばそれが実に巧妙で…というより殺人方法はシンプルなんです。内容はですね、坂途中の地蔵の首に釣りで使うテグスを何本も巻き付ける、それから向かいの自分の実家まで引く。それで夜道、人が坂を下るのが見えたら一気に引いて、バーンと倒す、それだけ」

「単純だな」

 吐き捨てる様に山岸が言う。

「単純です。なんせ子供の事からしていた悪戯ですからね。ウェブ小説に書かれた物語も最初は悪戯を愉しんでいた子供心を描いてて、その後段々とそれにはまる主人公がやがて人を殺したくなる衝動に駆られる、そんな話です。ご本人が子供の頃にしていた悪戯ですから、方法は単純ですが、しかし、心理描写は生々しい。これは本人以外には書けない自伝的策人小説ですよ。だからそのリアリティが凄くてランキングを突如駆け抜けた…勿論本人は悪戯で運悪く人が死ぬなんて本当は思っていなかったでしょうが、やがてスリルを味わいたくなったのでしょう。釣り糸のテグスなんて引きもどせば、跡形も無く消えて、証拠も残らないでしょうし…」

「でもどうして彼だと分かったんだ。『田中』が日比野だと」

「ええ、それは物語の世界観です」

「世界観?」

 山岸の問いかけに若者が目をしょぼしょぼさせる。

「ええ、彼の作品では『転坂』で人が転倒死するのは豊臣の頃に武士に槍で突かれ惨殺された物乞いの恨みが顔無し地蔵に憑りつき、だから人が転んで死ぬのはその祟りだとなっていましてね…」

「…それが?」

「そこ、僕のオリジナルなんです。だから彼、おもいっきりそこで僕のをパクったわけです」

「本当の話じゃなかったのか?」

「ええ、そりゃあんだけ忙しい時でしたからね、あそこは僕の思いつきでした。ともなれば奇妙な符号でしょう?僕が一度しか、それも思いつきで話したことが世界観になっている、そんな話聞いた人しかできないことです」

 山岸ははぁと息を吐いた。

「あいつは学生の頃から俺が唯一認めた才能あるやつなんだ。俺はあいつがいつまでも小説にばかり夢中になるのが本当に残念で、残念でなかった…だからあの日俺と一緒に漫画を作ろうと言ったんだ。漫画だって物語が必要だ。素晴らしい物語に素晴らしい作画、そして総合力。俺はこれからの漫画に新しい新風を吹き込めるには日比野の力が不可欠だと…だからあの日あそこであいつを誘ったんだ、それなのに…」

 山岸は言葉を吐き出すと後は黙って何言わずカウンターに顔を突き伏せて泣き始めた。

 若者がそんな山岸に背に向かって言う。

「山岸さん、でもどうでしょう?日比野さんはそのおかげでウェブ小説で連続一位を取り、今もなお一位であり続けている。これは本当に大変な事なんです。例え本当の殺人者が書いた小説としても、それは本当の意味で彼の成功だったのではないでしょか?確かに彼はその後、首を括りましたが、それでも尚、彼の作品は『美』を持って永遠にデジタルコンテンツの中で輝き続けるのです。故人に取っては素晴らしいことだと思うことも故人の心の慰めになるのではないでしょうか。僕も役者としていつかは素晴らしい作品を演じてみたいと思ってます。そう、芸術家としてそんな作品を残してみたいと思っています」

 


 日比野雄二は警察に自首後、自宅で首を括った。彼が警察に語ったところに拠ると彼自身はあくまで悪戯として行っていただけで、かかる女性の死は偶然の出来事だった。

 彼が語るところでは自分宛てに一通のメールが送られ、それは自作の出版化を促す内容だった。本人が意気揚々と当日指定された場所へ往くと、しかしながらそこには或る人物しかおらず、それでこの件が露見するに至ったと述べている。その人物は実に簡単に自分自身の悪戯の事と女性の殺害方法を述べたが、それは既に自分が小説で自白している事であり、何も特筆すべきは無いことだと日比野に言った。

 では何故その人物が当人に嘘までついて自分を呼び出したのかは、あの時、自分が間違えたオーダー分の金銭の建て替えをしてくれたことへの感謝を伝えるだけの善意からであり、自分に対して女子殺害の犯罪の出頭をうながす意思はなかった。

 しかしながらそれ以後彼が書いた自伝的殺害小説がウェブ小説で思いのほか好評を得続けたことが、彼自身を苦しめることになった。

 そこで彼は遂に出頭を決意したが、あくまで自分が決意したのは自分自身への嘲りが自分自身の最高傑作をないがしろにされたく無いと言う彼自身の思いからであり、もしかすればその時から考えていたかもしれないが彼の自殺によりそれが崇高な『美』へと変化することを願ったのかもしれない。

 ちなみに彼の作品『転坂』は今もウェブ小説の上位にランキングされ、近い内に書籍化が予定されているとの噂である。

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