第8話 四天王寺ロダンの足音がする(あとがき)
あとがき
M社新聞記者:佐竹亮
私がこの事件の事をはじめて勤めの新聞社で聞いたのは田中良二が自宅の長屋で自ら首縊り(くびり)自殺して、一月(ひとつき)が過ぎた頃である。
同僚のMより、三十年前起の正月に起きた或る長屋の火災事故に親子殺人が隠されていると聞き、私は大いに興味を持った。もし内容が面白ければ新聞に記事として載せたいと思った。
おりしりも大阪では天神祭りの日であり、浮き立つ街の群衆を抜け、空堀付近の坂上にある寺院へと赴いた。
そこには大きな寺院にふさわしい品格のある蓮池法主がおられ、私がこの件で取材をした時は、ちょうど亡くなった田中良二の為の供養の四十九日法要を営んでおられた。
私は小一時間程、茶を喫して部屋で待ち、やがてそこに蓮池法主が現れになった。
法主は私に「この件について記事にされるつもりか?」と聞いたので職業上そうしたことは止む得ないことであるから正直に「記事にします」と答えた。
法主はそれを聞くと「故人の名誉があるとは言え…」とおっしゃり「しかしながら全ては全て亡くなられたので分かることはお話します…」ということで伏せることは伏せながらも事件のあらましと、その解決に至った道筋を簡潔に教えてくれた。
私はそれらを書き写しながら、時に不明不都合な点や、要領を得ないところはその時々で聞いた。
あらかたそうしたことを聞き終えると私は「結局のところ一体誰が得をしたのか?」と伺った。
話を聞けば家庭で起きた不和であり、男女の睦ごとの不一致や個性の強さが引き起こした、別段猟奇的ともいえない普通の金銭目当ての殺人であると思えた。
「その通りです」蓮池法主はそういうと茶を一服して、私に言った。
「しかしながら平凡であるということが何よりも怪奇的なのです。それもこれらが年端も行かぬ少年の頭脳で描かれ、組み立てられたという点が少年犯罪としての立派な大人の猟奇殺人として仕上がっているではありませんか。またこうしたことが未解決であったということはいかに世の中の隙間が深いと言うこと、それらはこれからインターネットなど作り出す未来においてもこうした殺人は未解決で存在できる可能性があると言うことの証なのです」と言った。
「だってほんの三十年前ですよ。人間がそれ程進化していると思いますか?あなただって平成に変わる瞬間をテレビで見ていたその時代の事ですから、それからどれほど経っているか」
私は蓮池法主が言われた「あの子」について先程ようやく調べ終えたところだが、彼自身は特別小説のように話題をさらう様な話は殆ど無く、博多から神戸の方に大学に出た年、不運にも阪神大震災に見舞われ命を失った。
彼は成長につれて自分に足して足長おじさんがいることを周囲に漏らしていたらしい。生後、博多の或る家庭に養子縁組された彼は里親の元で、金銭に不自由の無い生活をしていたそうだ。
しかしながら彼が佐伯百合から受け継いだ財産は手にすることは無かった。その財産は結局里親に管理され、里親によって散々させられた。せめてもの佐伯百合に対しての慰めとしては、彼の大学の入学費用の一部に当たられたこと事かもしれない。
最後になるが私は寺院を後にする際、玄関口で蓮池法主に聞いた。
「これらの事は全て良く調べられていますが、それは法主様の方でお調べになられたのですか?もしかして誰かプロの方に?」
法主は首を横に振られ、私に言った。
「私の友人に頼みました」
「友人に…そうでしたか。蓮池法主、是非ですね、そのご友人にお話を伺いたいものです。すいませんが…ご友人の御名前は?」
法主はそこで不思議そうに頭を捻られた。捻りながら私に言うのである。
「実はその御仁…、名前を『四天王寺ロダン』と言われましてな。しかしながら、あの日以来…ぷつりと私の前から姿を消されました。以前まではちょくちょくこの講堂で劇をやられて良く来られていたのに、あれ以来とんと来やせん…それに彼のその名は役者名で本当の名があるんですが…」
「本当の名があるのですか?」
「ええ…、そうなんです、何といったかな…変な髪形をしてますが何でも高名な探偵の方の助手の遠縁とかで…」
そう言って数秒、立つすくんでおられたが、結局「忘れてしもうた」と言って笑われた。
その時の法主の何とも言えない笑顔が、私の取材の中で凄く印象に残った。
私はそのまま寺院を出て長屋に向かって坂下の石畳の階段を下った。するとその時階段の石畳を鳴らす音が後ろから聞こえるので振り返ってみたが、しかしそこには誰もいなかった。
なんとも不思議なことがあるのだなと思うと代わりに空からぽつぽつと空から雨が降って来た。
私は雨に濡れるのを避けるため、急いで坂下を下りてゆきながら、途中、風呂桶を担いだ若者とすれ違うと、頭を抱え込む様に一目散に群衆の中に駆け込んで行った。
今思えば…、
その時すれ違った人物が彼であったのではなかったかと思った。
話を聞ける機会を失った、まさに臍を噛む思いである。
法主は私に言ったのである。
『彼は変な髪形をしてます』と。
そう、すれ違った彼は縮れ毛の大きなアフロヘア。
まさに法主の言う『四天王寺ロダン』その者の姿だったからである。
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