第8話 ワタシのコエをきいて

ユービトが血反吐を吐いた途端に少女は俺の腕を掴んで机の方に全力で走ろうとするのを、他の部下たちが遮る。


「ワタシのコエにこたえて」


黒髪の少女は右手に持つダガーで構えると、ダガーが気色悪く蠢くのを禹人ゲットウの老師は感づく。


「お主ら!しゃがめ!」


振りかぶるのと同時に前方にいた部下全員がしゃがむ。


醜いダガーで横一閃にはらうと、机の後ろにある窓もろとも壁に大きな一線。そして、他の幹部はしゃがんでいるのでそのまま窓に突っ切っれば、視界一杯に街の景色や地平線が見える。


「おまあええ、どおすんだよぉこれええ!」


「わかんない」


どうやらノープランで先行したらしい。

冗談だろ?


下に真っ逆さまに落ちていくと、池が偶々あったので、そこに突っ込んだ。


緑の視界、鯉がたくさん泳いでいる。


俺は急がねばと思い、上に上がろうとする。


黒髪の少女も上に上がる。


「なんとかぁなったなぁ」


と喘ぎ気味に言うと、彼女は答えず俺と同様に喘いていると、少女は俺の腕を「行こ」という言葉もなしに引っ張っていき、逃げ出す。


その途端に警報が鳴る。


黒髪の少女が「捕まって」と言えば、俺の意見も聞かずに俺を掲げあげて店の屋根にジャンプする。


俺は自分で何が起きているのか、さっぱりだった。


だって、俺と歳が変わらないような女の子が俺を持って屋根の上を走ってんだぜ?異常すぎる。


後ろを見れば、さっきの幹部たちが一斉に物凄いスピードで追いかけてきている。

特に禹人ゲットウの老師が早いなんのって。


しかし、黒髪の少女も負けていない。

こちらのスピードに追いつきそうもなく、そのまま関所を突っ切って、街の中を疾走していると、彼らを撒いたようで一安心。


「あぶなかったなぁ死ぬかと思った」


俺は壁に寄っかかって呼吸を整える。


「うん、そうだね」


彼女は冷静に言って、あの気色悪いダガーを納めた途端に地面に倒れた。


「大丈夫か!おい!」


「…」


「ん?なんて言った?」


「お腹減った」


「…」


うん、どうやら元気そうだな。


俺は一安心すると、少女を担いでそのまま帰った。






「おい!お前らどうするつもりだあ!」


「どうするって?どうしましょっか?」


俺はいつもの酒場に座って食事を取る。

手にあるのはパン一切れでそれを少しずつ食べるのに対して、目の前の少女はご飯をたらふく吸い込んでいく。


「お前、余裕そうだなぁ」


「そんなことないですよ、俺だって焦ってるんです。そう見せかけてるだけですよ」


今、はっきり言って袋の鼠、どうにかして逃げたいが、病人を連れて逃避行なんぞ出来るわけないしだからといって、ここに居れば捕まるし詰んでいるのだ。


「なに、カッコつけてんだ」


店主は呆れながら言うのだ。


「お前ら、本当は今すぐにでもここを出ないといけねえのに、こんなとこで油なんぞ売りやがって」


「俺だってそうしたいのは山々ですが、丑人オーガの子がいるから、そう言うわけにもいきません」


店主が何かをしばらく考えたあと、俺に


「俺の知り合いのところに匿ってもらおうか?」


と言ってきた。願ってもないことだった。


「いいんですか?」


「まあたぶんな、悪い奴じゃねえから助けてくれるとは思うが…」


どうやら癖の強い人らしく、素直に応じてくれるかはわからないようだ。


「行ってみないとな…まあ頑張れや」


「わかりました」


俺も不安だけども一応了承した。


それしか道は無いと思うし、それしかないならうまく歩いていくだけだ。


店主がこちらから離れていくのを見て、俺はパンを飲み込んで丑人オーガの少女にご飯をやるために二階に上がる途中、少女の身体能力について考えた。


ありえない身体能力だった。殴られても気絶せず、自分と同じくらいの重さの人間を軽々と持ち上げるなんて。


ますますあいつ出生が謎めいてきた。


しかも剣が伸びたのか?わからないがあたり全てを横一閃にしたのは爽快だった。


あの醜い剣の正体も謎めいてきた。


まあいいか気にするな。俺にはどうでもいいことだ、と思って丑人オーガの少女が寝ている部屋に入った。




壊れた城の最上階。


本が大量に敷き詰められた棚のある部屋で、机の上に足を乗せ、両手には分厚い本を持ち、腹部を見れば包帯が巻かれている男がいた。


名をユービトという。


「痛え」


彼はそう言って弱音を吐く。

自分の気まぐれのせいだというのに。

自業自得である。


「自業自得ですね、いつもの気まぐれのせいでこちらだって対応が出来なかったんですから、それに追い詰めすぎですよ、窮鼠猫を噛むって言葉をご存知でしょう?」


魚氐の男は書類整理なんやらなんやらで忙しいらしい。


「ああ、腹だけじゃねえ、耳も痛えーお前らなら出来ると思ったんだよー」


この男は残忍な男である。


たぶん奴隷一人を一日中棍棒で殴りつけたあと、その奴隷の四肢を切り取りその部位一つ一つを火炙りにしてもこいつは平気な顔をするだろうし、奴隷が二百度に焼かれた鉄板の上でタコの踊り焼きように踊っていたとしてもコイツはきっと笑うだろう。


しかしながら、この男は十人の幹部たちにはまるで家族のような信頼を置いている。

この幹部のうちの一人が事故他、病気で死んだとしたら、この男は三日三晩血涙が出るほどに泣き続けた挙句、二日間は指一つ動かせないほどに落胆するだろう。


「無理ですよ、こちらだって対応出来ませんよ、ましてやあんなイレギュラーな女がいたら尚更ですよ」


「それで、いいんですか?グリーンスライムの件は?」


「ああ、あれか?片方はグラッパに渡して、もう片方は繁殖に使うって?」


「はい、せっかくだったらグリーンスライム両方とも繁殖に使えばよかったのにと思って」


ユービトは難しい顔をする。


「いやさ、グラッパの母ちゃんは青カビ病って聞いたからせっかくと思ってな。

でもな、正直商売としてグリーンスライムはあまり向いてない」


「あれ?どうしてです?」

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