第4話 青い影


ものというのは残酷かもしれない。


それは丑人オーガの少女であり、そして、これから死体という『物』になりかけている少女だ。


少女はぐったり地面に力尽きるように寝そべっている。


今日はよく少女に会うなと思いながら、少女に近づく。


少女は首をこちらに向ける。


たぶん、意識が朦朧していて俺が辰人(エルフ)だとかは一切わかってないないかもしれないが、


「大丈夫だ、安心しろ、俺は悪いことはしない」


と安心させるつもりで言った。


俺は彼女の手足に青い何かが生えているのに気がついた。


俺は彼女の右袖をまくった。


「やっぱりな…」


その青い何かというのは青カビのことである。


それは皮膚を覆うように、腕のほぼ全てに生えていて、肩の方まで続いている。


「すまん」


俺はそう言って上着をめくった。


やはりだ、ここまでカビが侵食している。


なるほど、これは死にかけるわな。


カビは彼女から養分を吸い取り続けている。


彼女の命が尽きて、動かなくなっても、カビはそこで自生を始め、生き続ける。


青カビ病という病だ。


はっきり言ってかかったら、命はない。


最期まで、諦観し続けるしかなくなる。


しかし、それはあくまで常識であればの話である。


「ごめんな、少し我慢してくれ」


俺は丑人オーガの少女をお姫様抱っこして家へと帰った。




俺が帰ってくると、宿の前で黒髪の少女が仁王立ちで立っていた。


「おそい」


黒髪の少女はもともと無表情なのだが、今は少しむすっとしたような顔をしている。


「すまん… でも悪い。今は懇切丁寧に謝っている場合じゃないんだ」


腕の中にあるこいつを助けないと、


「はい、これ」


彼女はそう言ってむすっとした顔のまま、俺が盗まれたはずの瓶と薬草を持っていた。


俺はその途端、膝を屈して泣いてしまおうかと考えた。この丑人オーガのことを考えて、膝を曲げなかったが号泣はした。


「なんで泣いてるの?きもい」


「ああ、それは俺が命よりも大事なものなんだ。ありがとう!」


俺はお礼を言うと、「それ持ってきて!」と言って俺はぼろっちい宿の二階に上がっていった。



俺は丑人オーガの少女をベッドの上に下ろす。


ベッドにはシミがついていて、黄ばんでいる。


本来なら、こんなとこで治療なんてするべきじゃないのはわかっているが、じゃあ、他に場所があるのか?といえばそんな場所どこにもない。


俺は医者じゃない。薬屋だ。しかも薬屋と言っても専門の知識なんてない。ただ薬草を売っているだけの辰人エルフだ。


俺が尽力できるのにも限界があるのだ。


「ちなみに誰、その子」


俺の後についてきた黒髪の少女は荷物を机の上に置くとそのまま椅子に跨いで座る。


「知らない、拾ってきた」


「何するの」


俺は答えずに、丑人オーガの少女の服を脱がせる。


上半身ほぼ全てにざわめく青い群集を、黒髪の少女は見ただろう。


黒髪の少女は気持ち悪い、オエと、あまりにも気持ちのこもっていない言い方だった。


俺は無視して持ち物の中から瓶を取り出す。


その瓶の中身の色は半透明の緑色をしている。


「何それ」


黒髪の少女が聞いたので、俺は


「スライム」


と答えながら、瓶の中からそれを取り出す。


「スライム?それでこれから何するの、え?」


俺はその取り出したスライムを手のひらに乗せて丑人オーガの青カビが繁殖しているところに塗っていく。


「何してんの?」


黒髪の少女は引いているらしく、声からでもそれが伝わってくる。


「治療」


「そのどこが治療なの?」


「治療だとも、スライムの性質は『喰う』だから、この青カビを喰ってもらうんだ」


まあ、確かに彼女からしたら俺は見知らぬ女の子に粘着性の液体を塗りつけているただ変態にしか見えないかもしれないが、俺は至って真剣であり、今俺にそんなやましい心は全くない。


俺はそう思ったあとに舌打ちをする。


やばい、胸にもカビが侵食してる…まあ、致し方ない。


ごめんよ…治ったらいくらでも殴っていいからな。


そうして、青カビが自生しているところにスライムを満遍なく塗っていったら、包帯を巻いて完了である。


「よし」


俺は納得して後ろを見ると、顔を青くしている少女がいた。


「飯、食うか?」


「その、手で食べるの?」


「安心しろ、ちゃんと洗うから」


「…わかった、食べる」





少女は今日も豪快に、パンとか肉とか野菜とかの入った料理を口の中に放り込んでいく。


はっきり言うと、女の食い方ではない。

犬の食い方である。

こいつのこと、これからワン子って呼ぼうかな

と思いながら、その暴飲暴食の一部始終を見ていた。


他のお客さんもその様子を見てやべえだの、すげえだの、影細々と感嘆している。


それを思うと俺はかなり気がひける。


「食べないの?」


彼女はむすっとした顔で俺に話しかけてきた。


「え?ああ、いらねえよ、辰人エルフはあんまり食べなくてもいいんだよ」


俺のテーブルにはパンが二切れ置いてあったはずだが、あっという間に食べ終わってしまった。

正直のところ、もう少し食べたいがこの大食いとあの上の丑人オーガの少女のことを考えると、無駄に食べることは出来ない。


「はい、これ」


むすっとした顔の黒髪の少女はこんがりと焼けた七面鳥を俺に渡そうと皿ごと前に出した。


「え、いらねえよ」


「食べて」


「でも…」


「あなたが食べないで私がたくさん食べるのは気がひける」


と彼女が言ったので、さすがにそこまでして否定するのもおかしな話だなと思い、


「わかった、それじゃあいただく」


俺は七面鳥にガブついた。


いやー、塩胡椒がきてて、美味いし、俺があんまり食ってないもんだから尚更うまい。


彼女に目線を移すとあのむすっとしたた顔はどこかへ消えていた。


「エルフってなんでそんなに食べないの?」


黒髪の少女が訝しそうに聞いてくるので、


「なんでって言われても食欲がわからないからだろうな、そんなに何かしたいと言う気持ちが湧いてこねえんだよエルフは」


「他のエルフもそうなの?」


「ああ、うん、たぶん」


彼女は口にご飯を頬張りながら静かにうなずく。


「そういえば、なんであんな怪しい人たちに囲まれてたの?」


「ああ、あれか? あれはな…」


「おい、エルフの兄ちゃん」


そう話しかけたのは亥人ドワーフの店主だった。いつもこの宿でお世話になっている。


「どうしたんですか?店主」


「後で、話できるか?」


「構いませんが、部屋は?」


「部屋?!お前の部屋でいいだろうが?!」


店主は何かと焦っている。なんでだ?


「それは無理です。病人がいるので」


「わ、わかった!そ…それじゃあ、空いてる部屋で話そう。あとついでにそこの嬢ちゃんも来な!」


と言って二階に上がって行った。


珍しい。

いつも落ち着いた様子の店主が今日はまるでビビリの三下みたいな感じになっていた。


不思議そうにしていると、彼女は無表情な顔して俺と目があって


「私もいかなきゃダメ?」


「だめだな、たぶん」


彼女は俺に言われて口に飯を頬張りながら落胆していた。




俺は彼女よりも先に食い終わったので、二階に行って、丑人オーガの少女にご飯を食べさせた。

俺がスープをスプーンですくい、彼女の口に入れていく。

彼女が食べ終わったあと、俺と黒髪の少女は店主の元へ向かった。




「この宿が明後日取り壊しになるかもしれない?!」


俺たちが店主から言われた最初の一言だった。

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