第32話 古城探検

「他人の恋文に文句をつけるのはどうかと思うけど」


クリスチンは、フィオナから手紙を巻き上げて、あけすけに言った。


「長い。しかも、なんだ、このオレは優秀だって」


「か、返して…」


「なんだか、ムカつくわ。それに気取ってるような感じ? あの顔のくせに意外に饒舌ね」


そして、弟の手紙の方も読んで批評した。


「こっちの方がマシじゃない? 大体短い方が読みやすいわ。街の噂も書いてあって、興味を引くように工夫があるわ。最後にちゃんとあなたのことが大好きだって書いてあるし…」


「マークは、なんて書いてきたの?」


クリスチンは、急に勢いがなくなった。


「あ、えーと、マークは、どっかセシル・ルイスと似てるらしいわ。オレ様病ね」


「なんて言ってきたの?」


手紙を巻き上げられて読まれてしまったのだ。これくらいは聞いて悪いことはあるまい。


「私がマークのことを好きだ、みたいな前提で書かれているのがムカつくの。オレは優秀だって言う前提よりムカつくわ。誰もそんなこと、言ってないのに」


フィオナは、クリスチンの顔を見ながら、どっちも本当のことなんじゃないかと思った。マークの主張もセシルの主張も。クリスチンは本当はマークを愛しているし、セシルは事実優秀なんだろう。


「とにかく、古城探検を楽しみましょうよ! マリアには内緒よ? 手紙の中身も内緒。でないと怒られるから」


フィオナは、手紙の中身が知られると怒られるのはなぜ?と尋ねた。


「マリアはマーク推しなの。マークと早く落ち着けって言うのよ。本当にうるさいったらありゃしない。私は私の好きにするの」


クリスチンは金髪の巻き毛を振ったが、フィオナは大体の事情がわかったと思った。


クリスチンは、素直じゃないのだ。マークはじっと待っていたのだろう。機が熟して、自然にクリスチンが彼の手に落ちてくるのを。

だが、そろそろ待てなくなってきたのだろう。他人に取られる可能性に気づいたのだ。


『それは、マークがセシルを認めたってことかしら?』


フィオナの中で、一挙にセシルの株が上がった。

マーク・ロックフィールドは、知る人ぞ知る実力者だ。セシルより、十近く年上でビジネス界で名を馳せている。駆け出しのセシルとは違う。


『その人が、クリスチンをセシルに取られると不安になった……』


そのセシルの恋人はこの私……だといいな……。あれほどまでに口説かれているのに、フィオナは絶望的なまでに自分に自信がない十七歳だった。





「じゃあ、行きましょうか。サンドイッチとクッキー、それにお茶……」


「お嬢様、お茶は重うございます。エレンかサムにでも運ばせればいいのでは?」


「大丈夫よ。大した距離じゃないでしょ? 庭の中なんだから」


「はあ。せめてお昼は屋敷に戻って召し上がるか、あずまやに持って行かせるかした方がよろしいのでは?」


「大丈夫よ。今日は一日、庭の中で過ごしたい気分なの」


フィオナも気軽そうにニコニコしてみせた。


あの古城へ行ってみるだなんてわくわくする。

おとぎ話の世界が本物になるだなんて信じられない。


きっと、ただ単に、崩れかけた要塞の一部が残っているだけだろう。

でも、大昔の全く知らない不思議な物語が秘められているかも知れない。地下に続く階段や、秘密の部屋に通じる木の扉があって、それを開けると……。




二人は夏の昼日中、せっせと歩いて行った。お肌が心配な話である。


予想に反して、道は整えられていた。


「おかしいわね?」


丘のふもとについて、彼女たちは驚いた。

立派な小道が付いているではないか。


「無人じゃないのでは?」

「誰か住んでいるのかも」


「でもね、エレンに聞いたら、すごくビビッてて、あそこには魔女がいますって言うのですもの」


「魔女?」


フィオナは顔をしかめた。エレンの言う魔女って、どういう人種のことかしら?


「誰かおばあさんが住んでいるとか?」


「そうね。こんな田舎の人は迷信深いから……」


とは言え、老婆が一人で手を入れたにしては整然とし過ぎている。


「魔法を使ったのかしら?」


「せっかく来たんだから、塔の見物だけでもして行きましょうよ」


「そ、そうね」


崖をよじ登ったり、岩登りをしないで済んだのはありがたかったが、こんなにスムーズでいいのかしらと不安がよぎった。

つまり、ここは他人の土地なのではないかしら?


ふうふう言いながら坂道を上がり切った二人が目にしたのは、木々の中にそびえたつ灰色塔と、森の中の小さな庭だった。


目の前に広がる風景に、二人は見とれた。


「なんてロマンチックなの!」



その庭に人の気配はなかった。ずっと誰も来なかったのではないだろうか。


一部だけが開けていて、崖下の絵のような農村がちらりと覗いて見える。

誰かが昔に置いたに違いない古いが立派な木のベンチとテーブルが木陰にあった。灰色の石造りの塔以外、人が住む建物などは見えない。誰も知らない秘密の庭だ。


「でも、誰かがこの庭を造ったのよね?」


フィオナは首を回してあたりをうかがった。鳥の声以外、物音はしない。


「本当に美しいわ。誰もいない」


誰か、所有者はいるのだろう。だが、今は使われている様子は全くなくて、打ち捨てられた感じがした。


「不法侵入で申し訳ないわ」


「サンドイッチを食べたら、とっとと帰りましょう。帰ったら、ここに誰が住んでいるのか聞くといいわね。まるで夢の世界のような美しさだけれど、実際にはもっともらしい様子の工場主のミスター・トンプソンとか、なかなかどうして計算高い商人のスミス氏とかの所有なんでしょうね」


フィオナは笑った。クリスチンの気持ちは良く分かった。おとぎ話は本当の世界には存在しないだろう。


木陰は涼しくて、サンドイッチはおいしかった。疲れた二人は木のテーブルと椅子に、ちゃっかり座って休んだ。


「きれいなところね……音がしない」


「本当……」


突然、ガサリと言う枯れ葉を踏む音が聞こえた。娘ふたりは震え上がった。


得体の知れない恐怖に震え上がって、後ろを振り返った二人が見たものは、ひとりの老婦人だった。

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