第5話 雨が降ってる

梅雨入りにはまだ早い今日、窓際の席から見る窓ガラスには、雨粒が叩き付けられていて、雨が降っているな、なんて見ればわかるような当たり前のことをぼんやりと考えて、窓ガラス越しからの雨模様をただ眺めていた。


「何してんの?」

声をかけられたので、顔を窓ガラスから声のした方向に向ける。

ショートの髪型の、制服をラフに来ている、けだるそうな表情の女が立っていた。

「なにって、雨見てるんだけど?」

「それ楽しいの?」

「まぁ楽しくはないけど、なんとなく。というか何の用だよ。須賀」

須賀友恵、俺や友康と同じ文芸部に所属していて、友康とは中学生のころからの付き合いだ

そして、俺との付き合いも中学からのものだ。


「それ暇ってこと?だったら、ちょっと用事あるからきてくんない」

せっかくの昼休みにめんどくさいなぁと思いつつ、

「……まぁいいけど」

「さんきゅ」

「で、どこ行くの?」

「部室」

「ふーん、友康は?」

「先行ってる」

それだけ言うと、須賀は足早に廊下に出て、部室に向かいだした。


そう言えば、なぜこの三人が文芸部に入っているかというと、話すと長くなるが、深い深い理由があるのだ。まずうちの高校である、桜坂高校では、部活に入ることを強制されているため、どんな人間も最初は、どこかへ所属しなければならない。それでどこでもいいかと文芸部に決めると、たまたま、三人とも似たような動機で文芸部に入部したっていう話なんだけど……

深さのかけらもなかったな。

まぁそれぐらいの関係性が好きではあるんだが。


そんなことを考えながら、歩いていると、三階の空き教室を超えた先にある、我らが文芸部の目の前についていた。

相変わらず分かりづらい場所にあるよなぁ。無駄に遠いし。

須賀に入ればと言われたので、ドアを開けて中に入る。

教室を見るといつもの真ん中に置いてある二つの並んだ折り畳みテーブルに友康ともう一人知らない男が座っていた。ツーブロックの爽やかイケメンという感じで、文芸部には似つかわしくない。

それを言ったら須賀もそうなんだろうが。


取りあえずこの爽やかイケメン君が須賀の言っていた用事という事なのだろうか。だったら挨拶の一つでもすればいいのかなと考えていると。

「やあ、君が大輔君かな?」

「……あぁそうだけど」

いきなり下の名前かよ。フレンドリーすぎるだろ。

ビックリして体がちょっと反応しちゃっただろうが。

「俺は碓氷翔人。よろしく」


爽やかな笑顔を浮かべて、握手の手を差し出す。

様になる奴だなぁと思った。普通こんなキザな態度滑るだけだろうに、碓氷翔人のそれはまるで、物語のキャラのように様になっていた。

その手を俺は軽く握ってよろしく、と少しどもりながら答えた。




              ☆




折り畳みテーブルには俺と友康、そして碓氷が座っていた。

須賀は私には関係ないというような態度で窓際に腰かけながらスマホを触っていた。

「友康これどういうことだよ」

小声で話す俺

「いや、それがさ──」

「俺が頼んだんだよ」

碓氷が会話の間に入ってくる。

というか聞こえてたのかよ…


「どういうことですか?」

「大輔くんさ、俺のこと知ってる?」

「名前ぐらいは聞いたことありますけど……」

「俺大輔くんと同じ一年だからタメ語でいいよ」

同い年なのか。物腰が落ち着いているから、年上かと思ったんだが。

「じゃあ、タメ語で。碓氷は俺に何の用なんだ?」

ふっと少し笑って碓氷はアイツの名前を出した。

「───水瀬のことだよ」


……あぁ、やっぱりそうなのか。という思いと同時に、俺に何の用で、水瀬の名前を出してくるのかが分からなかった。牽制と言うか何というか、そういうアレ何だろうか。

「牽制とかそういうやつ?」

思ってた言葉をそのまま出してみた。すると碓水が違うよと笑いながら言った。

「じゃぁなに?」

「あぁそうだな。決意表明かな」

「何のだよ」

「水瀬ちゃんのこと大輔くんには負けるつもりないよっていう決意表明」

……なんだそれ。女の恋愛でありがちな小競り合いみたいなことを言うやつだなと思った


「まぁていうのはおまけでさ、本当は大輔くんがどんな人物なのかを見に来たんだよね」

「どういう意味それ」

「水瀬ちゃんが大輔くんのことを昔好きだったっていうからさ」

「は?」

素っ頓狂な声を上げる。

昔って、じゃあこの前の夜のアレは何だったんだよ……


「いやさ、俺も実は一回水瀬ちゃんに振られててさ、そんで好きな人でもいるのって聞いたら昔はいたって答えたから、その時は俺もそれで引き下がったんだけど、やっぱり諦めきれなくて、もう一回告白しに行ったら、付き合うつもりはないけど、碓氷くんの告白断ると角が立ちそうだから、友達ぐらいなら良いよ、だってさ。

俺がイケメンで良かったって人生で一番強く思ったよね。まぁそれで、水瀬ちゃんから大輔くんの話を聞いたってわけ」

なんというかそれは……


「最低じゃん」

ポチポチとスマホを触っていた須賀が、嫌悪感を滲ませるように言った。

「あんたもそれで納得してんの?」

須賀が碓氷をにらみつける。

「まぁ確かに、俺だってプライドぐらいあるから、完全に納得してるって訳じゃないけど、それでも、今は相手にその気がないだけで絶対に付き合えないって訳じゃないでしょ。

振り向かせる自身も結構あるしね。それにあそこまで明け透けに言われたら案外悪い気はしなかったし、逆に燃えたよ。絶対に振り向かせてやるってね」

「ふーん。そ」

それで言いたいことは終わったのか、須賀はまた手元のスマホを触る作業に戻っていった


「なぁ碓氷、水瀬俺のことなんて言ってた」

こんなこと、碓氷に聞くのは、なんとも情けないのだが、今の俺には藁にも縋る思いだったし、恥も外聞も持ち合わせてはいなかった。

「うーん、水瀬ちゃんあんまり大輔くんのこと話したがらないんだよね。俺は結構聞くんだけど。そもそも全然話さないからこっちに会いに来たって感じだったし。

まぁでもそうだな、あの人は結局私のことを見ていないからとは言ってたかな」

やっぱりそこなのかよ。

一体どこを見ろって言うんだよ。


悪いなと碓氷に礼を言う。

「良いよ。これぐらいは。わざわざ昼休みに時間も貰ったことだし。

取りあえず言いたいことは言ったし、今日はこの辺で」

そう言って碓氷は席を立って、文芸部から出て行った


かたんとドアが閉められて、後に残された俺と友康は同時にため息をついて、須賀はスマホを触ることを止めて、ぼんやりと窓ガラス越しの雨模様を見ていた。

それを見て俺は、雨が降っているな。

なんて見れば分かるようなことをぼんやりと思った。

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