第四章 優と劣と
1
上手い!
と、見ていて思わず唸ってしまうような、素晴らしいボールカットを見せ、ドリブルで駆け上がった
「だから持ち過ぎないの! フットサルの基本はパス! 回りももっと動いてパスコースをどんどん作ってあげなきゃ」
「はい!」
子供たちの元気よい返事が青空の下に響いた。
ここは埼玉県
わたしはまた、飛び入り参加で先生をやっていた。
特に理由はないのだけど、なんとなく、またふらりとやって来てしまったのだ。子供たちの顔を見に。
ビブス着用組と未着用組とに分かれての紅白戦。みんなわいわいとボールを追いかけ、蹴っている。
子供たちだけではなく、それぞれのチームにはわたしと根本このみも混じっている。
試合開始から、五分ほど経っただろうか。
押しつ押されつの均衡した関係であったのだが、このみの指示により相手チームにスイッチが入った。細かなパスや、半ばバクチじゃないかと思ってしまうほどの積極的な動き出しとで、わたしたちを混乱させ、一気に切り崩そうとしてきた。
「未央ちゃん、マークずれてる! フミちゃん、そこは下がってボール追って!」
とりあえずこの場のピンチを防ぎつつ、陣形の乱れを直しマークの意識をしっかりさせ、奇策に対して王道たる戦法でどっしりと対応したかったのだが、しかし修正が間に合わなかった。
後ろから駆け上がってこぼれを拾った
シュートはゴレイロ
未央と江利子が、肩を並べてボールへと全力疾走。
江利子はこぼれをねじ込むため、未央はクリアをしようと。
ほんの一瞬の差で、勝ったのは江利子。
爪先で蹴った思い切りの良いシュートは、ゴレイロの脇をかすめ、そしてネットが揺れた。
決まってしまった。
わたしたちのチームの、失点だ。
みんな、地面を蹴り付けたり、悔しそうにしている。
本当に悔しいのだろう。
威勢よく挑んだはいいが、守備の甘さから先制を許してしまったのだから。
「未央とフミ、基本はマンマークでいいんだけど、あそこは受け渡しをするべきだったね。ぽっかり空いたとこ使われてパス通されて、そこからの流れで持ってかれたんだから。未央は、そもそもその前に問題があった。あそこで張ってても意味ないんだよ。もっと早くから下がって、ボールを追わなきゃ。ピヴォなんだから多少自由に動いても簡単に失点には繋がらないし、とにかくフットサルは全員攻撃全員守備だよ!」
「はい!」
名前も呼び捨てにして、あえてちょっと厳しい口調で個人攻撃をしてしまったが、二人ともそれにめげることなく元気な声を返してくれた。
今日のわたしは、ちょっと厳しい。
何故かというと、以前教えた時と比べて彼女たちが見違えるほどに成長していたからだ。
まだまだ全体的に粗削りではあるけれども、個人技の成長だけでなく、戦術の共通理解が出来るようになってきていた。
本当にフットサルが好きだから、頑張って、この短期間でここまで成長出来たのだと思う。
本当にフットサルが好きということであれば、ならもう一人前だ。なにをいわれても耐えられる。
だからわたしは、厳しくすべきところは厳しい態度で接しようと思ったのだ。
今時の子は打たれ弱いから、楽しい楽しいだけでやっていて、いつかわたしのように最悪な先輩が現れていじめられでもした日には、辛くてすぐ辞めてしまうどころか自殺してしまうかも知れないからな。
わたしは、フットサルとは関係ないけど子供の頃から色々としごかれていたから、耐性が出来ていたけど。
「とりゃあ!」
突如青空の下に轟いた、根本このみの叫び声。
わたしたちのチームの、ゴールネットが揺れた。
え……
なに、あいつ。
人がしみじみ先生としての自覚を噛み締めながら、感慨深い言葉の数々を胸に刻んでいる最中に、シュート決めちまいやがった。
「ずるい、大人のくせに!」
イエローカード級のモラル違反に、わたしは思い切り抗議の声を上げた。
「ずるくないよ。条件一緒じゃんか」
いや、ずるいだろ、どう考えても。
核爆弾落としといて、お前も持ってるからずるくないといってるようなもんだぞ。
でも、分かった。そっちがそういうつもりなら。
それじゃあわたしも、少しばかり本気の実力を披露してやりますか。
ちょうどフミから、こっちへとパスが来た。ナイスタイミングだ。
横目でイトコが迫ってきているのを認識したわたしは、すっと足を伸ばしてボールを受け、そのままかっこよくターン……しようとしたところ、その瞬間に背後からどおんと突き飛ばされて、地面に顔面強打。
受け身を取れず、思い切り鼻を打ってしまった。
「先生、ごめんなさい!」
イトコはぽっちゃりした身体で深々お辞儀をした。突進の速度を殺せず、ついわたしにぶつかってしまったようだ。
まだ小学生のくせにわたしと同じくらい体重ありそうだからな。
わたしの体重? それは秘密だ。
「大丈夫大丈夫」
と、じんじんくる痛みを我慢して強がってみるものの、なんだか鼻がむずむず、鉄っぽいにおいがしてきた。
指で鼻の下に触れてみると、どろりと血がついてきた。
「先生、鼻血! 美穂先生! 梨乃先生が鼻血出した!」
イトコに引っ張られ、わたしはピッチの外へ。
みっともない。ボール直撃を受けたからというならまだしも、転んで顔を打って鼻血とは。
「しかし、凄い上達したね、あの子たち」
わたしがいなくなってパワーバランスが変わったことで、このみもさすがに手を抜いているようだ。現在、唯一の大人だからな。
「うん。上達したでしょ。でもこれ、梨乃ちゃんのおかげなんだよ。こないだ来てもらったあの後ね、あの子たちすっかりチームプレーに目覚めちゃって、自分たちで話し合ったりして一生懸命に連係の練習ばっかりしていたから」
「そうなんだ。こんな短い間にああも伸びるなんて、凄い情熱だよね。ほんと子供は純真で無邪気で、可愛いよなあ。……それに比べて、あたしはもうすっかり汚れてて、自分が嫌になることばかりだよ」
ちょっと心の中でため息。
美穂にいっても分からないだろうというのに、半ば本気でぼやいてしまった。
この間の、ミットとの喧嘩による自己嫌悪に苛まれている状態から、まだ完全に立ち直れていないのだ。
だからこそ、ここへ来たのかも知れないな。
わたし、すぐ人からパワーをもらいたがる。
でもまあ、美穂のいう通り子供たちの成長にわたしも一役買うことが出来たというのなら、それは喜ばしいことだ。
「なあにいってんの梨乃、あたしなんかきっともっと汚れてるよ」
このみが、痛そうに鼻を押さえながらピッチから出て来た。味方であるはずのイトコと思い切り衝突して、わたしの時と同様に地面に顔面強打したのだ。
敵も味方も、しかも大人を粉砕するとは、おそるべしイトコ。
「なにが汚れてるの?」
「兄貴とさ、一つ残った極上卵のふるふるプリンの取り合いに敗れた腹いせに、庭に無茶苦茶でっかい落とし穴を掘って、水張って、枯木で塞いで、落としてやったことあるもん」
「うわ、それ逆にすっごく純真」
そんなんで自分を汚れてるだなんて、どんだけ汚れてないんだお前は。
2
じめじめとしたカビ臭い部室に、部員みんなで集まっている。
来週末に開かれる大会の詳細が分かったので、それに向けてのミーティングを行っているところだ。
新日本大学フットサル大会。
地区ごとのリーグ優勝校同士が集まって、トーナメント戦を行う全国規模の大会だ。
なお関東代表だけは、リーグ参加校が桁違いに多数のため、リーグ戦準優勝校も出場が出来る。
会場は大阪。
一日のうちに、一回戦から三位決定戦、決勝まですべてを消化する過酷なスケジュール。その大会を制すれば、待っているのは文句なし日本一の称号だ。
絶対に、優勝したい。
わたしは強く、そう思っている。
それにいたる心理が我ながらちょっと複雑なのだけど、要するに、出身校である
わたしの出身高校である佐原南フットサル部は、先月に行われた大会で優勝し、日本一の座を掴んだのだが、当然のことながらそこにわたしはいなかった。
嬉しく思う気持ちに間違いはないし、自分がフットサル部の土台を築いたのだという自負もある。
でもやはり目に見える勲章を持っていないということで、わたしだけがのけ者になっているような、そんな悔しく淋しい気持ちがどうしても湧いてきてしまっていた。先日、
これまであえて考えないようにしていたけど、ここ最近になって、むしろその感情の中に自ら飛び込んでやろう、と開き直ることにしたのだ。同じやらねばならないことなら、その感情を、有利に働くよう利用したほうがいいからだ。
そのコントロールはこれまでのところ上手くいっており、わたしも今回の大会で日本一になって佐原南を心から祝福出来るようになってやろう、自分がそこの土台を築いたことを心から誇らしく思えるようになろう、と上手く意識を切り替えて、やる気を高めることが出来ている。
といっても、試合に出してもらえるかどうかなど分からないけど。まだ二年生の身だし、三年生たち性格は最悪だけどフットサルは本当に上手だし。
まったく出番がないということも、ないとは思うけど。
これ以上先輩たちに嫌われない限りは。
なお、出場校は次の通りである。
北信越代表 金沢湾岸大学 (石川県)
東北代表
関東代表A
関東代表B
中部代表 名古屋
関西代表
中国代表
九州代表
我が習明院の第一回戦の相手は、宮城県
「変な名前」
「そこに勝ったら次は早速鎌倉教育かよ」
「リーグ優勝をうちらにさらわれたからね。これは本気でくるよ」
「そりゃそうだ。厳しい戦いになるよ」
三年生たちが口々に、鎌倉教育大学との対戦についてを語っている。
「え、先輩たち、なんで鎌倉教育が勝ち上がるって分かるんですか?」
わたしは別に逆らうつもりでなく、ふと感じた疑問をそのまま口に出してみた。
「当然だろ。お前もしかして、脳に障害あるの? そもそも知ってるか? こんな大学」
広島県、
そこが、鎌倉教育大学の第一回戦の相手だ。
「さっきも思ったんですけど、なんかそこ、聞いたことあるような気がするんですよね」
「嘘つけ。でもまあサッカー部はそれなりに強いらしいから、知ってる奴は知ってるかも知らんけどさ。とにかくそっちに部員みんな持ってかれちゃうから、フットサルは弱いらしいってさ。必死になって詳しい情報を取り寄せる価値もないよ、当たるかどうか分からないんだし」
「でも、今回この大会に出場するわけだから、じゃあ強豪ってことじゃないんですか?」
「うん、まあ、そうともいえるな」
と、横で話を聞いていた主将の
「くどいよ、お前は。どこの情報だって、とりあえずは入手してるんだよ。それによるとその瀬野川ってのは、リーグ戦ではとにかく総失点数が凄まじかったって。運がよかったのか、他が引き分けばかりで上位が詰まっていて、リーグ後半に相手側の主力に怪我人が出たりしたことも手伝って連勝して、かろうじて優勝出来ただけ。そういうことらしいよ。分かった?」
「はい」
と頷いたものの、わたしは釈然としない気分だった。
一つには、やっぱりその大学、聞いたことのある気がするということ。
わたしはサッカーには興味もなく詳しくもないから、なら聞いたことがあるのが気のせいでないならば、それはフットサルを通じての記憶ということではないだろうか、と思ったから。
もう一つには、本当にそこがどうしようもない弱小だとしても、すっかり舐めきって眼中にない先輩たちへの不満。
さすがに、どことどう当たるか分からないからって、すべての相手に対して対策を打ち立てて練習することなど無理だけど、でも第二回戦の相手なんて二校のうちどちらかしかないんだから、なら、どちらと当たってもいいように全力で臨むべきではないのか。
「梨乃のノータリンはほっといて、そんな勝ち上がれっこない弱小よりも、やっぱり関東Bの鎌倉教育だよな、注意すべきは」
「まあ、事実上の決勝戦だし」
「そうね。一番強いといわれている関東リーグで、最終節まで首位に立っていたんだからな」
「相手主力の怪我もあって、最後にうちが勝って逆転優勝できたけど、もうとっくに怪我も治っているだろうし、厄介な相手になることは間違いないよ」
と、三年生たちが相変わらず口々に鎌倉教育との対戦ばかりを心配する中、
「あーーーーーっ!」
わたしは唐突に、大きな声で叫んでいた。
「うるせえなバカ!」
オジャ先輩に、すかさずメガホンでパコンと頭を殴られてしまった。
「思い出した! そこ、サジが行った大学だ!」
「そこ、ってどこだよ?」
「だからそこ、その瀬野川女子大学ってとこ」
「もうそこの話はしてないんだよ。黙ってろよお前は。なんだよサジって。お前のバカさ加減に、あたしこそサジ投げたいよ」
「誰が上手いことをいえと。って、そんなことどうでもいいんです。あのですね、鎌倉教育と瀬野川女子大学ですけど、瀬野川女子が勝ち上がってくる可能性、充分にありますよ。むしろあたしは、そっちが勝つんじゃないかと思う。もっと詳しい情報を仕入れて、念入りに対策しないと、負けますよ。間違いなく」
「はあ? なんでそんなこと分かるんだよ。予言者かお前」
オジャ先輩は、わたしのおでこを指で弾いた。
「サジが……
「だから誰だよそいつ? 代表?」
「あたしの、後輩です。代表に呼ばれたことは、ないと思いますけど、まだ」
それを聞いて、先輩たちは一斉に笑い出した。
「お前が勝手に可愛い後輩を買い被ってるだけだろ」
「うちらは強豪揃いの関東リーグで優勝してるんだよ。田舎でまぐれ優勝した、総失点数最悪のザル守備チームに負けるかよ」
「そもそもそ、初戦で鎌倉教育に負けるんだから、うちらと当たらないじゃん」
「あ、そうか」
まったく危機感のない先輩たちのこんな態度に、わたしはちょっとイライラしてきていた。そりゃ、無駄にビクビクするのもなんだけど、だからって……
「いや、だから、なにかあるんですよ。総失点数一位の酷いチームが、それでも優勝出来たわけが。ずっと連敗していたチームが、あっという間に盛り返して優勝出来たわけが。……だいたい先輩たち、相手を舐め過ぎなんですよ! たかが関東で優勝した程度で天狗になっちゃってさあ!」
部屋が、しんと静かになっていた。
また、やってしまった。
全員の視線が、わたしへと集中していた。
「お前、もう一回いってみろよ」
亀尾取奈美が、ゆっくりと口を開いた。
「そんなに聞きたければ何回でもいってやりますよ、先輩たちは……」
わたしもすっかり後へ引けなくなっていた。
「ああ、やっぱりいいや、聞きたくない。殴りたくなるだけだから。突き指しちゃっててさ、その分厚い面の皮に悪化しそうだから。その代わり、スクワット五百回な。先輩に暴言吐いたんだから」
「あ、いや、暴言って、気に障ったのなら謝りますけど、ちょっとは人の話も……」
「五百回、やれ」
奈美先輩はわたしへと顔を密着させ、ぼそっといった。
「分かりましたよ!」
みんなの視線を浴びる中、わたしはあえて部屋の隅っこではなくホワイトボードの横の目立つところに立つと、いわれた通りスクワットを開始した。
「梨乃」
五百などという無茶な回数を命じられたことに、心配してくれているのだろうか。
大丈夫だから、とわたしは目配せをした。でないと内藤まで巻き添えを食らうんじゃないかと思ったので。
なんか優しいな、今日のわたしは。
単に先輩たちに対して意地になっているだけかな。
さて、わたしが必死にスクワットをしている前で、なにごともなかったかのように、ミーティングが再開された。
「しかし、二回戦目にして、さっそく関東同士で潰し合いかよ」
「別にいいじゃん、関東同士で慣れ合ってるわけじゃないし。分かってるだけに、やりやすいよ」
「やりやすいかねえ」
こいつら「なにごともなかった」過ぎるだろ。
相変わらず鎌倉教育の話題ばかりかよ。
わたしにいわれたからって、そっちこそむしろ意地になってるんじゃないだろうな。
これはもう、どちらにせよ結果は同じだな。残念だけど。
負けだ。
一回戦を突破したとしても、二回戦で負ける。
おそらく二回戦の相手は瀬野川女子。佐治ケ江対策をせずに、一体どうやって勝てというのか。
とはいえ、対策ってっいっても、どうすればいいんだろう。
どうすれば、止められる?
あの、佐治ケ江優を。
既にスクワットも二百回を越え、わたしは歯を食いしばり額から脂汗を垂らしながら、なおもそんなことを考えて続けていた。
3
「はい! ただいまうかがいます」
す、と同時に、膝の力が抜け、前のめりにぶっ倒れていた。
両手それぞれに何枚も重ねて持っていた皿が、ふわんと宙を舞い、がちゃがちゃんと音を響かせて砕け散った。
……やってしまった。
「お姉ちゃん、大丈夫? 派手にぶちまけたようだけど」
すぐ横の席にいる、すっかり出来上がった中年サラリーマン二人組の、太った方が声をかけてきた。
「あ、はい、大丈夫です。すみません、ありがとうございます、社長」
社長かどうかなど知らないけど、とにかくわたしはそういいながら素早く立ち上がると、清掃用具を取りに奥へと向かった。
何故このような失態をさらしてしまったかであるが、別に後ろから膝かっくんをされたわけではない。不意に下半身の感覚が消失し、あれれと思う間に転んでしまっていたのである。
原因は分かっている。
部活のしごきで、足腰がガタガタなのだ。
ただでさえ先輩たちにいつも人一倍いじめられているというのに、今日は加えてスクワット五百回やらされたからな。
ここは居酒屋「ほのかちゃん」。わたしのアルバイト先だ。
もう分かると思うが、いま仕事中である。
紺色の服に前掛けに頭巾といったいかにも居酒屋という和風な格好で。
しかし参った。久し振りに、皿を割ってしまった。
入って一週間で百枚割ってクビになった
だから評価の点では問題ないと思うが、しかし悔しい。
「だからさあ、してねえっていってんだろ!」
清掃道具を取りに行く途中、そんな怒気に満ちた若い男の声が、居酒屋のこの喧騒の中で、一際目立って聞こえてきた。
「だったら証拠見せてよ! 浮気してないんでしょ! だったら証拠を見せてよ!」
同じく若い女の、キンキン甲高い声。
茶髪のヤンキーみたいなカップルが口論しているようだ。
いいよ別に、浮気しててもしてなくてもさ。それよりこの店で、というよりわたしの担当ゾーンで喧嘩しないでくれ。
「してないんだから、そんなのねえよ。普通、してるって思う方が証拠出すもんじゃねえのか! ったく毎度毎度おめえはわけ分からんことぬかしやがって、殺すぞてめえ!」
「じゃあ殺せばいいじゃない! そう凄むってことは、やっぱりしてるんだ」
「本当にいい加減にしろよ、てめえ!」
なんでこういう連中って、決まって語彙が貧弱なんだろうなあ。などと悠長に思っていたら、それどころではない事態が……
男のほうが限界に達したようで、立ち上がるなり女の胸倉を掴んで、席から引きずり出したのだ。
「なにすんのよ! またそうやって殴るんだ!」
え、なに、常習なの? DV男かよ……
「うっせえな!」
男は腕を振り上げた。
おい、ちょっと……
「お客さんやめて!」
わたしは二人の間に飛び込んでいた。
担当ゾーンで殴り合いなど起こされると評価すなわち時給アップに影響するというのもあるが、しかしわたしのその行動はほとんど無意識によるものだった。
思い切り後悔することになるのだけど。
ばちいん!
そんな音を他人事のように聞きながら、わたしは後ろへ吹っ飛ばされていた。
男の拳に、鼻っ柱を容赦なく殴りつけられたのだ。
お尻をついて、そのまま床をマット運動よろしくごろんと転がった。
「話し合いの邪魔しないでよ!」
ふっと意識の吹っ飛びかけたわたしに、ばしゃ、と水がぶっかけられた。男の分のコップも手に取ると、さらにもう一撃。
「申し訳ございませんでした」
って、なんでわたしが謝らないといけないんだよ! なんだよこの女、助けてやったのにその態度。というか、喧嘩すんなよ、店の中でさ。
くそ、ついてねえ。
でもとりあえず、わたしが物理的にも精神的にもクッションとして二人の間に入ったことで、カップルは少し落ち着きを取り戻したようで、黙って座り直した。
よし、とりあえず成績下がるのは防いだぞ。
と、そんなことより早く床を掃除しないと。
「おい、注文は!」
離れた場所から怒鳴り声。
そうだった。あのお客さんの注文を聞こうとして、慌てて転んで、すべてはそこから始まったんだった。まったく迷惑な客だ。
「はい、もう少しだけお待ち下さあい!」
せっかく厨房近くまで来たので、そのまま出入口の横にあるロッカーからモップを取り出して、そそくさと戻り始める。もう絶対に転ばないぞ。
「お、姉ちゃんどうした? 鼻血出てるぞ」
先ほどのサラリーマン二人組、の社長っぽい貫禄の人。
「え?」
鼻血?
指で鼻の下をこすると、どろりとしたものがついてきた。
うわ、ほんとだ。参ったなもう。
この前、子供たちにフットサルを教えていた時に地面に顔を打ち付けて鼻血を出したからな。粘膜が修復しきれてなかったのだろうか。
いやいや、さっきの一発だけでも吹き出るに充分だろ。
同じ月に二度も鼻血出す女って、なんなんだ。
「ほらこれ使いな」
社長さんからおしぼりを渡された。
「どうも、ありがとうございます」
人情を両手で受け取って、早速ごしごしと鼻の下や口の回りを清め始めるわたし。って、これ既に顔やら首やら拭いたりしたおしぼりじゃないだろうな。やるからな、オヤジは。
などと不安になっていると、
「ぐえええええ」
向こうのテーブルに学生の集団、一気飲みでもさせられたか、一人が床に両手をついて思い切り吐いている。
でろでろ広がる茶色の海。
わたしは心の中で、ぎゃあでもああでもない声にならない雄叫びをあげていた。
なんなんだよ、今日は!
思い出してみれば、朝から最悪なんだよ!
犬のフン踏むし。しかも二度も。
内藤には卵焼き全部食べられるし。あと、録画消されたし。
正論いっただけで、なにがスクワット五百回だよ!
なんでわたしの勤務の日にわざわざ喧嘩する? 金曜でもないのに飲み過ぎて吐く?
ああもう、イライラするな。
どいつもこいつも。
いや……我慢だ。
耐えろ。
そうだ、梨乃、耐えろ!
時給に響く。
高校、大学、アホな先輩後輩に日々囲まれて、お前はなにを学んだ? 忍耐だろ忍耐。
……排卵日なのかな、今日。予定では、もうとっくに過ぎているはずだけど。
でも冷静に考えてみると、あえてこんな気分に自分を持っていっているところもあるのかも知れないな。
迫る大会、試合のことを考えたくなくて。
だって……
もし一回戦を勝ち上がったら、
次はきっと……
「おーい、注文は! 早くしろ!」
「あ、はい! ただいま!」
これで三度目の催促。
バレたら絶対にまずい。わたしは狭いテーブルの間を心に雄叫びあげながらダッシュで抜け、さっきからうるさいその客の席へと向かった。
「お待たせしました。大変申し訳ございません。ご注文承ります」
と、息を切らせながらもなんとか笑顔を作り、腰に下げたハンディを手に取った。
ん?
あれ、
液晶画面が、つかない。
「うおお、壊れたあ!」
いつ? 転んだ時? 水ぶっかけられた時?
「うおおじゃねえ、さっさとお客様のご注文伺って、床の掃除しちまえよ! バカ!」
「いたっ!」
アキノリ先輩にお盆で後頭部を殴られた。
ばあんと平たいとこでやられた後、縁でゴツゴツと。そのゴツゴツが、無茶苦茶痛かった。
なんてついてない一日だ。
4
薄明かりの下、ベッドに敷かれたシーツの中で、わたしと
今日は安全日だから、と、いっただけなのに、ミットったらどういう意味で受け取ったのか知らないがやたらと激しかった。アホじゃなかろうか。
案の定すぐにへばってしまったようで、現在はわたしが主導になって、互いの身体から快楽を引き出すべく頑張っているのだった。
普段は、顔やお腹、もしくは口の中で最後をむかえることが多いのだけど、いま説明したようなわけで今日のミットはもう二度もわたしの中で終えている。その都度、わたしは何度も絶頂に達しているのだけど。
安全日などない、などという人もいるけど、確かにそうかも知れないが、まあこのままいけばいずれ結婚するであろう仲なわけで。
求め合い始めて、もう何時間になるだろうか。
でも、まだわたしは全然足りていなかった。
わたしの体力だって、もう限界のはずなのに。
いや、ことのはじめの時点で、既に限界だった。
だって部活のしごきとアルバイトとで、もうすでにボロボロだったのだから。なのになにやってんだか、と自分のことながら思う。
そんな状態だというのに、わたしはシーツの中で様々な姿勢をとってはミットを求め、自らに受け入れ、真っ白になろうと頑張り続けていた。
もう全身がガタガタだけど、ミットがふがいないから仕方がない。
二度放ってもまだそこは石のように元気であり、彼にとってふがいないなどといわれるのは心外かも知れないけど。
どうも今日のわたしは、大切な試合、というより不気味な試合を控えて、妙な精神状態になっているようだ。
それはアルバイト中から、薄々感じていたことだけど。
恥を忍んで正直にいってしまうと、今度の大会の二回戦で対戦することになるかも知れない
まだ対戦するかどうかなど分からないのに。
対戦するにしても、わたしが試合に出られるかなど分からないのに。
佐治ケ江にしたって、試合に出るかどうか、それどころかそもそもその大学のフットサル部に入ったかどうか、現在も在学中かどうかも分かっていないというのに。
それなのに、わたしは佐治ケ江が怖いのだ。
もしかしたら対戦するかも知れない、というだけで、それはもう充分なほどに。
この気持ち、誰に話したところで理解してもらえないだろうな。
そうした気持ちになっていることは間違いないのだが、何故そうした気持ちにいたったのかが、自分でもよく分からない。
なんとなくの想像はついているけど。
客観的に考えて、おそらくそうした感情の根底にあるのは、わたしの持つ佐治ケ江優への劣等感。
かなわない、届かない存在である、と、まず佐治ケ江に対して、そういう認識があるのだろう。
もとからある程度そうした自覚はあったけれど、劣等感と自尊心とを戦わせることなく、逃げるように過ごしてきた。
高校の頃はわたしが部長であり、先輩であり、佐治ケ江の扱い方一つ、試合の起用方法一つでいくらでも自分自身の劣等感を押さえ込むことが出来ていた。威厳を保つことが出来ていた。
でも、もしもこの大会で、同じピッチに立つことになるとしたら、そうはいかない。
敵同士。
そこで、これまでなんとかとりつくろってきた威厳、メッキが、ボロボロに剥がれ落ちる。それが怖いのではないだろうか。
もちろん、それを笑うような佐治ケ江でないのは分かっている。あくまで、わたしの心の問題なのだ。
せっかくこの大会で日本一になって、これまでの自分の高校時代のそうした感情を、むしろ輝かしい自負自慢の心へと逆転昇華させて、佐原南の優勝や、強豪校となったことを心の底から祝福しようと思っていたのに、なんでこのタイミングで佐治ケ江と……
ごまかし続けてきたプライドを、ズタボロにされる。
そうした恐怖心が、どうしても拭えずにいつまでも頭の中をぐるぐると回り続けている。
それをなんとか追い払おうと、それでついわたしは人肌を求めてしまっているのだろう。物理的な刺激は、単純に色々なことを忘れられるから。
ここに出掛ける前だって、ずっと内藤のでっかい背中にぴったり張り付いていたもんな。ぶんと振り飛ばされて、壁に頭を打ってしまったけど。
そんな負の感情に振り回されることなく、単に佐治ケ江との再会を、そして対戦を楽しめれば、それが一番なのだけどな。
例えこちらがボロ負けてしても、笑顔で彼女の勝利を祝福出来ればいいんだけどな。
ほんと、意地というものからいつまでも解放されない自分の子供っぷりが嫌になる。
この前のミットとの大喧嘩で、成長出来たと思っていたのに、根本はなにも変わっていなかったようだ。
とにかく、そんな混乱する自分の感情を追い払うために、明日も朝から講義があるというのにこんな夜遅くに彼氏のところへやってきて、こんなことしているというわけである。
そう都合よく彼氏を使ってしまうことに、思い切り罪悪感を抱いてしまうのだけど、いやいやこういう時のための彼氏だ、とすっかり開き直るわたしなのである。
こいつだってこうして思い切り女とやれるんだから、文句ないだろ、と。
だんだんとミットの体力も回復してきて、いつしかすっかり攻守は逆転。わたしはミットに身を任せ、ずっと攻められっ放しになっていた。
やっぱり安心してすべてを委ねられる存在というのは実に肌の心地も好く、だんだんと気も高まって、最初に望んでいた通り、頭の中はほとんど真っ白になり、自分の口から出る悲鳴のような叫び声を、すっかり他人事のように聞いている状態になっていた。
ボロアパートで、隣の部屋にまる聞こえかも知れないけど、声をおさえるなんて無理。そんな羞恥の気持ちを覚えるような理性など、完全に吹っ飛んでしまっていた。
ミットが三回目の爆発をするまでに、わたしはまたもや何度も絶頂を迎え、そして最後には気を失った。
5
「えっと、ここがこうだから、と」
手早く朝食を作り終えたわたしは、それからずっと、小さなテーブルの前にあぐらをかいて、ぶつぶつ独り言を呟きながらパソコンの画面と睨めっこしていた。
カチカチ、とボタンを押すたびに画面内に表示されている白丸と赤丸の配列が変化して行く。
マウスのボタンって二つもあって、どっちがどっちなのかいまだによく分からず、操作は適当だ。
背後で、もぞもぞと音がした。
振り向くと、ミットが目覚めたようで、ベッドの上で上体を起こすところだった。
「おっはよーっ」
わたしは軽い感じに挨拶する。
「おっはよーっ。つうか朝っぱらから素っ裸であぐらかいて、なにやってんだよお前は。ああもう、ほら、見えてるってバカ」
いかにも寝起きといった、元気なさそうなミットのかすれ声。
「いいじゃん、誰もいないんだし」
「ここにいるだろが」
じゃあいないも一緒だろが。
ミットはわたしの心の声を無視して(当たり前?)腰をぐりんと回し床に足をつくと、衣服を身につけ始めた。
この男のいう通り、もう朝である。七時半である。
何故こんな時間に彼氏の部屋にいるかというと、昨晩、ここに泊まったからである。
まあ、励んでいた時点でとっくに終電などなかったわけだから、今更わざわざ説明するまでもないことかも知れないが。
「ああ、ご飯出来てるから一緒に食べよ」
「って、その格好で作ってたのかよ!」
「エプロンだけつけとけばよかった?」
「……料理どころじゃなくなっちまう」
ミットの顔が、心なしか赤らんだ。
それもいいかも……
って、なに考えてんだわたしは。
服を着終えたミットは、ベッドから床に下り、正座のような姿勢のまま腕の力で、ぐいーっとわたしへ迫ってきた。
わたしたちは、軽く唇を触れ合わせた。
お泊りの時恒例の、朝の挨拶、スキンシップである。
「それ、どうだ?」
ミットはパソコンの画面に視線を向けた。
先ほど、画面に赤丸白丸が並んでいることを説明したが、これは先日ミットが入手した、無料の戦術シミュレーションソフトだ。わたしにとって面白いんじゃないかと思い、ダウンロードしてくれたらしい。
夜遅かった割には早起きしてしまったわたしは、ふとそれを思い出し、これで佐治ケ江対策として布陣などを考えていたのである。
結局、佐治ケ江のことが頭から離れなくて悩んでいるくせに、自ら飛び込んでしまっているよな。
自分のことながら、自分の気持ちがまったく分からないよ。
不安に思っていることは間違いなく、だからその時の気分によっては逃げたくもなれば、不安だからこそ戦わなければと思うこともある、と、ただそれだけなのかも知れないけど。
「なんかこれ、操作がよく分からないね。分かっても、あまり役に立たなそう」
わたしはミットを尻目にマウスかちゃかちゃキーボードで数字キーかちゃかちゃ。
「ああ、そう?」
「そもそもこれ、サッカー用だもんね」
本来なら有り得ないことだけどチーム六人づつ退場したことにして、人数を強引にフットサルに合わせてみただけだから。
個人のパラメーター設定も可能で、身長やスタミナなど、とりあえず分かっている範囲で打ち込んでみたものの、計算の大前提となるピッチの広さもゴールの大きさもサッカーサイズのまま変更出来ないし。
4-4-3とかなんとか、フットサルに関係ない選択肢ばかりだし。
ソフト自体の完成度も低いようで、この作り込まれていない統一感のない入力操作で、いちいち選手の登録作業をしているのが、実にバカらしく、苦痛になってきた。
最初の最初は楽しかったんだけど。
「めんどくせーっ!」
データ全消去じゃ。
「ご飯にしよ、ご飯に」
「分かったから、その前にせめてパンツくらいはけよ」
「おお、すっかり忘れてた。というか、なんでそっちだけしっかり文明人になってんだよ。ずるいな」
「知るか」
ミットの部屋に置いてある新しい下着と服を身につけ、さて、ようやく朝食だ。
料理をする音でミットが起きてくるかと思っていたけど、ちっとも起きてこなかったから、すっかり遅くなってしまったよ。
もう朝の八時だ。
わたしはキッチンから次々とお皿を持ってきて、座卓の上にならべていった。
ご飯、ひじきの煮付け、卵焼き、しらすと大根おろし、焼き魚、けんちん汁、コンビニで買った豚の角煮、ほとんど冷蔵庫にあるものだけを使ったにしては、しっかりバランスのとれた和食が出来た。
自慢じゃないが、わたし結構いい奥さんになれるんじゃないだろうか。
「でその、お前の部の後輩って子が凄いんだろ」
先頭、ピヴォを表す丸の上のを、ミットはぐるぐるとペンをなぞらせて太く強調した。
「凄いなんてもんじゃないよ。……他の選手も、詳しい情報はまだないけど中国地区で優勝しているわけだから、まあ並以上だろうね。先輩どもは、たいしたことないなんてすっかり舐めきってるけど」
食事中のマナーとしてちょっとよくないのは分かっているが、わたしたちは紙とペンとを使って試合の作戦を練っていた。
うちの部のことや女子フットサルの力関係云々といったところはミットはよく分かっていないので、ほとんどわたし一人で進めているだけだけど。
やっぱりパソコンなんかより、こうして紙とペンを使っている方がしっくりくる。
高校の頃も、どんなことでも大学ノートに手書きが基本だったからな。
そういえば、部長ノート、いまどうなっているんだろう。
わたしがフットサル部の部長だった頃に、部活の様々なことをひたすら記していた大学ノートだ。参考になればと、部長を引き継いだ
別に手渡しで代々受け継ぐ必要もないけど、なんらかの方法で先代たちの遺産が残っていくといいよな。それで単純に強くなるかなんて分からないけど、伝統深まるというか、覚悟が定まるというか。
あれ……
自分の心に、奇妙な違和感を覚え、わたしはそれがなんなのか、自分の心を探った。
すぐに分かった。
いつの間にか、佐治ケ江への恐怖心が薄らいでいたのだ。
昨日の夜までは、その感情がどんどん大きくなっていくばかりだったのだけど、ミットと一緒に作戦を練っているうちに、いつの間にか。
むしろその苦境に燃える、などといえるほど復活したわけではないけれど、いたずらに自分を苦悩に追い込んでいくような悪循環からは解放されていた。
大学に行かなければならないのもあるけど、なんだか無性に外に出たくなって、ボールを蹴りたくなって、ミットが洗面所で顔を洗っている間に、黙って部屋を後にした。
パソコンの画面には、メモ帳に大きな大きな文字で「ありがとう」とメッセージを残して。
佐治ケ江恐怖症が軽減されたことに対してだ。
なにを大袈裟なと思われるかも知れないけど、これ、わたしにとって重要な問題だから。
まあ、第一回戦を突破出来るかも分からないし、突破したとしても、あの先輩たちが主力の中、どうやって立てた作戦を実行に移すか、そこが大きな問題なのだけど。
6
並べた小石の間を、腿を高く素早く上げながらジグザグに駆け抜けた。
今度は後ろ向き、同じように腿を高く素早く上げて逆戻り。
ここはわたしの住むマンションの近くにある児童公園。寝坊や外泊をしない限り、なるべく毎朝ここで身体を動かすようにしている。
続いてボールを使い、ドリブルで小石の間を抜ける。
フットサルで使用する、ローバウンドの四号球だ。
以前、バウンドタイプの二号球を使って練習していた時期もあった。以前というより、つい数日前まで。
でも、わたしはわたしだ。そう思い、真似するのをやめた。
二号球は大人には小さ過ぎる。
だからこその練習効果も間違いなくあるのだが、わたしには、なるべく実戦に近い環境での練習の方が向いているようだから。
小石の間を抜ける練習の後は、鉄棒の支柱を利用し、味方を想定しての壁パス練習。
ちょっとでも精度が狂うとそもそも支柱に当たらないから、集中力を養う訓練にもなる。
一時期は佐治ケ江との対戦で自尊心が崩壊することを恐れて困惑していたのだけど、最近少しずつ気持ちの整理がついてきた。
やってやる、という気持ちが少しずつ沸き上がってきているのを感じていた。
佐治ケ江とのことではなく、その向こう側にあるものを、ようやく見ることが出来るようになってきたから。
結局、
なにがあろうと、やることは一つ。
というのがたどり着いた結論だった。
「練習」だ。
時と練習は嘘をつかない。
わたしは誰だかの名言を思い出していた。
まあまたわたしの子供のような精神は、つまらないことにあたふた狼狽したり、ブチ切れたりするのだろう。
そういうことも受け入れることが、成長なのかな。
でもそんなことより今は技術を成長させたい。
大会の時までに。
来たるべき試合に備えて、一歩、半歩でも、前に。
やるぞ!
わたしは公園に生えている木に向かって、思い切りボールを蹴った。
跳ね返りを胸で受けるつもりであったのだが、次の瞬間に聞こえてきたのはボールの弾む音ではなく、ガラスの砕け散る音だった。
やってしまった……
強く蹴りすぎたのみならず方向違いもいいところで、隣の民家の窓ガラスを割ってしまったのだ。
バイト代が……
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