7.時をかける焼きそば

『 土曜日の昼 』



 かつて、小学校は土曜日は半ドンだった。半ドンのドンっていう語感もさる事ながら、毎週土曜日は格別の楽しみだった。普段、5時限か6時限のコマが、土曜日だけは3コマで終わる。お昼前に学校から帰れるんだぜ、最高すぎる。会社も毎日半ドンにするべきだ。給料を倍にして半日で終わらせるべきだ。僕は半ドン党があったら全力で応援するし、投票する。語感もいいし。



 食べ物の好き嫌いは生まれついてのものなのだろうか?

 ピーマンが嫌いな子供は「ピーマンが嫌い」と、ある種運命付けられて生まれてくるのだろうか?

 僕はそうは思わない。食べ物の好き嫌いは周囲から感染する説を唱えたい。


 Aちゃんがピーマンが苦くて嫌いと言うから、「苦い」をキーワードに食べてみたら存外に苦かったので嫌いと主張する。ここで、「いや、煮浸しにして鰹節掛けて食べるとマジで美味いぞ」とはならない。ピーマンは苦いから嫌いと主張していいのだ、と子供は理解する。伝染の一番の王道パターンと言える。


 親が料理が下手だった、という点も嫌いな物が多くなる説がある。お弁当に入っていたちらし寿司がとにかく不味くて、ナマモノが食べられなくなったという僕の奥さんの例もある。この歳まで刺身を食べられない呪縛と言うのは気の毒でしかない。そろそろ和解しろよ、と僕なんかは思うけれど、呪いと戦うのはどこまでもまで本人だ。隣でいかにも美味そうにマグロやサーモンを食べるしかない。最高なのに。


 そういう風にして食べるものというのはその人を形作る大事な要素であるし、話題に困ると出てくる鉄板である。僕は食料品で働いていたからたまたま食べ物の話題が多いのだと思っていたら、普通にみんな食い物の話をしている。パフュームやTHE ALFEEの話題の5億倍くらい多い。みんな食事をするし、その食べ物や食材の調理方法はテレビに次ぐ共通の話題であるからだ。言われてみればその通りだ。THE ALFEEなんて一生に3回くらいしか聴かない人もいるだろうが、食事は毎日する。メリー・アンの話題なんて盛り上がらない。決してALFEEをディスってる訳ではない。


 街角でふとした匂いが一瞬で何かを思い出させるように、食べ物にも突然、埋まっていた思い出を掘り起こすチカラがある。例えば僕の場合だと、半ドンの時に家で食べた、炒めた野菜と味がしない消しゴムみたいな豚肉が入っているソース焼きそばだ。ソース焼きそばは意外と外では食べられない。金を取る料理にすると野菜と肉が多くなるし、ちょっとソースにも凝っちゃって「うん、美味しいです」という味になってしまう。家で食べるにはカップ焼きそばが主流になるが、それだと学生時代の思い出になってしまう。


 油でベトベトで味が薄いと濃いのギリギリで、って言うか場所によって濃い薄いがまだらで、はっきり言って美味い美味いとガツガツ食べるタイプのものではないソース焼きそば。


 スタッフが見つけてきました。

 って言うか僕が見つけてきました。

 スタッフなんていない。僕しかいない。


 それはスタミナ太郎という焼肉食べ放題のチェーン店のバイキングに置かれているソース焼きそばだ。凄いたくさんのメニューが食べ放題であり、近頃だと中国人の団体客も大勢訪れて45分毎に入れ替えたりする人気店であるらしいが、僕は20年以上前から国道沿いのお店に友達と通っていた。ほとんどワシが育てたと言っても過言ではない。言わないけど。スタミナ太郎はワシが育てた、と言うと頭がおかしくなったと思われてしまう。


 決して、断じて肉が美味い訳ではなく、とにかく安くて腹一杯食べられるのでかつては足繁く通っていたのだが、30代前半になると行かなくなった。その肉の色形は何かの生物の屍を連想させるものであるし、カプコンのゲームモンスターハンターの食事で「くず肉」という少しだけステータスをアップさせる食材があるのだが、僕はそれをゲーム上で選ぶ度に「スタミナ太郎や…モンハンの世界でもスタミナ太郎があるんや…」と何故か関西弁で恐れおののいていた。スタミナ太郎というお店は、ちょっとお金を持ったり、食欲をパワープレイでねじ伏せなくても何とかなる年齢になると自動的に卒業するお店なのだ。


 でも「もう一度くらいチャンスを与えてもいいのではないか」と言ういつもの謎の上から目線の提言(僕がした。スタミナ太郎には強気で出られるタイプ)によって、僕が住んでる場所の近くにオープンしたスタミナ太郎に行った際にそれを発見した。


ソース焼きそばの食べ放題なんて珍しいと思い、適当によそってテーブルに持って帰って食べた瞬間、1980年代のラジオの音と、テレビで掛かっていた女の60分と、窓からそよぐ土曜日の風とひるがえるレースのカーテンが脳裏に蘇った。当時の仲睦まじい家族の肖像が蘇った。近所のスタミナ太郎で、僕はひとりでタイムスリップしていた。そう、スタミナ太郎はタイムマシーンだったのだ!(絶対違う)


 なんちゅうものを…なんちゅうものを食べさせてくれたんや…と京極さんみたいに涙をボロボロ出したかったが、もちろん出なかった。一緒に行った友達も僕が何を言っているか分からなかったみたいだった。それは勿論そうだ。焼きそばに対する思い入れなんか有る無しに差があるに決まっている。


 ある人にとっては塩気のない大きな、ベタッとした大きいおにぎりがそうかも知れないし、伸びたスープを薄めすぎたインスタントラーメンがそうかも知れない。当たり前だけど、そういうタイムマシーンに乗れるキーアイテムは個人によって全然違うのだ。僕が「お前な、この焼きそばの価値が分からないなんてどうかしてる。人生間違ってる、やり直してこい」などと言う権利は一切ない。大切な友人を無くすだけだ。恐らくその罪は一生かけても償いきれないだろう。たかが焼きそばでそんな十字架を背負いたくない。


 食べ物は不思議だなあ、と思う。テレビでよくフワトロパンケーキやオムライスやお得ワンコインランチなんかをやってるけど、食べたいなぁとは思うけどわざわざ行ってまで食べようとは思わない。きっと、美味けりゃ良いってもんじゃないのだ。多分、料理も文章も。






※2020年3月5日追記

近所のスタミナ太郎は潰れてしまった


【コメント】

◇女の60分!(笑)

私はうどんとコロッケと吉本新喜劇で確実にタイムワープ出来ます。

ホンワカパッパ♪


◆(お名前)様

お読みいただきありがとうございました!

関西の方ですね?

うどんは、お出汁が透明な方ですね?(予想)


いつもありがとうございます!

江戸川台ルーペ 2019年5月19日 01:12 編集


◇タラタラてれてれとなんや知らんけど、書きなぐってるみたいやけど、それなりに読ませるものになっていて、目ェが話せへんとこがごっつうオモロイとこが最高にたらたら感があって楽しい文章やなぁ~て、思いました。


ほな、サイナラ。おおきに。お喧まっさんどした。


◆(お名前)様

たらたら書くのが好きで、無限に行けるぜ! と思っていたのですが、毎日10回連続で書くと空っぽになった気分になりました。読んでいただき幸いです! どうもありがとうございました!

江戸川台ルーペ 2018年11月30日 01:35




レビュー☆6

ある一文にひかれて

★★★ Excellent!!!

「もう一度くらいチャンスを与えてもいいのでは」目線。

あります。

それでUFOに、何度も裏切られているのですが。

2019年1月16日 23:31



集計期間: 2018年5月1日 18:00 〜 2020年2月17日 05:12

❤️7 👁55



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