第25話 花見(2)

カウンターには、バーンと臣人の二人きりになった。

「…なあ」

カラになったグラスを置きながら、バーンの方を見ずに尋ねた。

「ん?」

「わいが行った方がよかったとちゃうか?」

胸騒ぎがしたから、出張どころではなく帰ってきた。

とは、さすがの臣人もバーン本人を目の前にすると言えなかった。

バーンは無事戻ってきた。

入らぬ心配とは思いながらも、臣人は言わずにはいられなかった。

「…………」

「何もなかったんか?」

その言葉にバーンはちょっと動揺した。

桜に取り憑いていた彼女に見せられた幻覚が甦る。

あの臣人に言われた言葉が。

「…………」

だがそれ以上に、隣に臣人がいる。

そのことの方がなんだかうれしかった。

その反面、後悔もあった。

(本当にあれでよかったのか…!?)

泣きながら自分の顔を見つめていたあの女性の顔が甦った。

もっと何かを言いたそうにこちらを向いていた表情が甦った。

仕方がないこととはいえ、やはり力任せに跡形もなく除霊する吹き飛ばすということは後味がよくなかった。

どんな霊にせよ、どんな人間にせよそんなふうに行動するのには理由わけがあるはずだからである。

それを理解した上で、救済という名の光をあててやることができなかったのだろうかと自問自答した。

『怒り』という感情にまかせて術を使ったこと。

その事に対する憤りを拭うことはできなかった。

そんなことを考えながら臣人の横顔を見ているうちに、彼はひとつのことに気がついた。

(そうか。

臣人は、知らず知らずのうちに俺のリミッターになっていたのかもしれない…な。

俺が無感情でいないように、感情的になりすぎないように。

あの時、もし、臣人がいたら…?

俺と同じようなことを……したんだろうか?)

今までの臣人の行動をひとつひとつ丁寧に思い返していた。

自分の感情に正直に生きている。

怒る時には仁王のごとく。

救う時は如来のごとく。

いつもバーンより先に笑い、怒り、喜んでいた。

まるで彼の感情を先導するかのように。

無表情、無感動を装う彼を諭すように。

(いずれは自分ではずさなければならない『感情』という名のリミッターに…)

バーンは左耳のピアスにちょっと触れた。

(ラティ……君がいつも

いつも、そうしてくれていたように…

今は臣人がその役目を果たしてくれている。

そんな気がする。

俺に足りない…大切な何かを与えてくれるように。

俺が最も怖れているものに向き合えるように。)

バーンは少し安心したような顔で臣人の横顔を見続けていた。

「…ああ、何も」

静かに彼は答えた。

「そうか」

臣人も彼がそう言うならば、これ以上追及はすまいと口を結んだ。

ようやく彼の方を見て、にいっと笑った。

「じゃあ、本腰入れて飲むことにしまっか。花見や花見!!」

「…………」

もういいよ、桜はという顔でバーンは臣人を見た。

「はい。どうですかぁ〜」

リリスが透き通るガラスでできた細身の花瓶に一枝の『墨染めの桜』を生けてきた。

時折、花びらがゆく春を惜しむようにカウンターの上に散っていった。

「この桜、すごいな。」

ぽつっと臣人が呟いた。

「200、300年の木やないやろ? 宿ってる『気』が桁違いや」

「樹齢千年……」

「うわぁ~。何でその仕事、わいにまわしてくれへんかったんや、リリー」

「学校のお仕事でいらっしゃらなかったからでしょうぉ?」

また、チクチクいじめるようにリリスが言った。

「急ぎでなかったんやったら待っててえな」

頭をかかえて、叫んでいた。

いつもと変わらない彼らの様子をバーンは眺めていた。

ふとガラスの花瓶に生けられた桜に視線を向けた。

桜の花、ひとつひとつに眼をやった。

明るいところで見るとまた印象も違った。

他を圧倒する存在感はないが、美しいことには違いなかった。

あの土手で見た桜とは全く違った印象を受けた。

生き生きと桜色の花を咲かせている。

湧き上がる生命力そのものに見えた。

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