第21話 桜鬼(7)

「さあ、参れ。妾とともに永遠の春を」

「黙…れ……!」

今までになく強い口調で、彼女の言葉を遮った。

(俺は…もう、あんたを許せそうもない)

うつむいていたバーンの顔があがった。

右眼の金色の『魅了眼』が青いコンタクトレンズの下から透けて見えた。

彼女を静かな眼で見据えているものの、そこには怒りが隠れていた。

「ご主人様!!」

アニスがようやく鈴を鳴らしながら駆け込んできた。

が、バーンの様子がいつもと違うことにギョッとした。

あの穏和なバーンの雰囲気ではなかった。

アニスですら後退りたくなるような、近寄りがたい雰囲気だった。

バーンはアニスの方は見ずに、右手を『待て』というような感じであげた。

そして人差し指だけを立てた。

それを見てアニスはうなずくと、『墨染めの桜』の幹のそばに立った。

彼女は銀の髪をかき上げながら、横目でその様子をうかがった。

「俺はこんな『力』が、…『魅了眼』が、欲しいなんて思ったことは一度もない。あんたはそれを使って自分の快楽のために使い、無関係な者の命を奪い、自分の若さを保つために自然の流れすら歪め…そして死者の眠りをも冒涜した。あんたをもうこれ以上、ここに野放しにしておくことはできない…」

バーンは彼女を睨みつけた。

「お前に妾が止められるだと?おもしろい。やってみよ」

彼女もバーンを睨みつけた。

バーンと彼女のちょうど中間地点で、バチーンと目に見えない何かがぶつかり合った音が響いた。

「互角かえ!?」

「いや……」

その音を合図にするように、彼の周囲に群がっていた霊たちが離れていった。

波が引くように、『墨染めの桜』から水の流れる川の方へ遠のいていく。

「なんじゃと!?」

彼女は目を疑った。

「もう、彼らはあんたの“魅了”には従わない……」

バーンは後ろポケットから結界針として使っていた銀の短剣を一本取り出し、右手に握った。

「…Ol Sonuf Vaorsagi Goho Iada Balata. Lexarph, Comanan, Tabitom. Zodakara, eka; zodakare oz zodamram. Odo kikleqaa,piape piaomoel……」

今までにない最大級の魔法陣を敷いた。

あたりはまばゆい光の螺旋に包まれた。

それは桜のちょうど上まで到達するほどの大きさだ。

直径を10mにまで広げ、『墨染めの桜』も彼女もすっぽり覆い尽くしてもまだ余裕があるほどの魔法陣だ。

それが完成すると同時にアニスが、桜から精気を抜きはじめた。

深紅の瞳で幹を見ると、「にゃああぁ」と、ひとこと鳴いた。

「なっ、」

「言ったはずだ…許さない……と」

「何をする!?」

「今、俺の魔法陣で龍穴と閉じ、龍脈の流れを断った。あんたの『力』の元はこの『墨染めの桜』だけになった」

バーンは右手に持った銀の短剣で中空に五芒星を描いた。

『よう…け…い…』

「!」

その手が止まった。

ハッとして耳を疑った。

『助…けて…』

誰か女性の声が微かにバーンの耳に届いた。

(誰だ!?)

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