第20話 桜鬼(6)

すると、どこからともなく何人も、何十人も人間が現れ、バーンを目指して不確かな足取りで近づいてきた。

頭から血を流している者、肩から下がない者、頭が半分ない者。

どれもこの『墨染めの桜』の周りで事故死した者たちであった。

そのさらに後ろには違った出で立ちの者たちが続いた。

服装は落ち武者ような者さえいた。

苦しそうに呻き声を上げながら、亡霊と化した人たちがバーンを目指していた。

「さあ、どうする?そなたのために呼び出してやったぞ。妾の糧になった人間どもだ。ほほほ……」

バーンは動かなかった。

魔法陣を敷くことはできなかった。

魔法陣を敷き、結界を張るということは、彼らをさらに苦しめることになる。

死んですら自由にならぬ霊たち。

自分の気持ちに関係なく、彼女に魅了されたまま、操られる。

その霊が一人、また一人とバーンに近づいてきた。

彼は少しうつむきながら、前髪で両眼を隠していた。

「やめろ。なぜ…こんなことをする…?」

「お前のその『魅了眼』はただの飾りか?さあ、妾の術、破ってみよ」

龍脈からあふれだす力を受けて、絶対の自信があるのだろう。

彼女は余裕たっぷりに笑って見せた。

バーンの足元から、下半身、上半身、両腕にいたるまでまるで幾重にも折り重なるように、死者の霊は群がっていた。

まるで助けを求めるように、バーンにすがっているようにも見える。

バーンの身体に爪をたてるものもいた。

霊たちの顔は、みな一応に悲しそうだった。

自分の意志と関係なく、操られることに対する悲しみで一杯だった。

こんなことはしたくないと目で訴えているものもいる。

が、彼らの身体の自由は利かない。

彼女の命じるままにバーンを襲うしかないのだ。

指先や足先から『気』が霊に奪われて、氷のように冷たくなっていった。

身体の力も抜けていく。

しかし彼は表情を変えることなく、されるがままにその場に立ち尽くしていた。

そして、

「俺は…こんな『力』ほしくなかった…。こんな『力』が無ければラティも死なずにすんだんだ。」

「ぬしも思い人に先立たれていたのぉ。妾が、再び逢わせてやろうか。それとも?」

彼の弱みにつけ込むように彼女は言った。

「それ以上…喋るな……」

低い声でバーンは言った。

自分のラティへの想いは、彼女の思っているようなものではない。

人の想いは確かに不確かなときがある。

だがそれ以上に、その想いに導かれて生きていけることもある。

ラティとの出逢いがそれを教えてくれた。

『カルぺ・ディエム』

『もう二度とないこの一瞬』に。

バーンはそう思っていた。

彼女はそんなことお構いなしに続けた。

「どちらでも望むようにしてやろうぞ。それとも妾の僕になるか?裕美の替わりに?こんな亡者どもすら相手にできぬようでは、たかがしれておるが」

「…………」

「そなたの力、いらぬというならば、その若さととも妾の糧にしてくれようぞ」

「…………」

「さあ、参れ。妾とともに永遠の春を」

「黙…れ…!」

バーンは今までになく強い口調で、彼女の言葉を遮った。

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