第16話 桜鬼(2)
「
甲高い声が響くが、まだ姿は見えない。
だが、その声を聞いただけで全身に悪寒が走った。
あたりの空気が一変して、冷たくなったようだ。
アニスは毛を逆立てて、うなっている。
「…………」
「しかも片眼とはいえ、妾と同じ眼を持っているとは…。愉快じゃ」
そう言いながら、衣擦れの音とともに姿を現した。
両眼はバーンと同じ金色の瞳だった。
青い光を放つような真っ白な長い髪に、同じ白い
薄紫の打衣を羽衣のようにかけていても、そこに立っているのは天女ではない。
冷たく禍々しい気が、バーンに向けられていた。
「お前は…?」
「人としての名など忘れた」
冷たく言い捨てると、彼女は打衣を脱ぎ落とし、それを両手に持っていた。
「そなたには礼をせねばなるまいの。龍穴を閉じ、
「裕美を操っていたのか!?」
いやらしく彼女は笑った。
そうはいっても裕美本人にそんな意識はなかった。
彼女は操られているなんて思っていなかった。
自分がやったと素直に認め、償いをするために天界へとあがったのだから。
それが事実だとしたら、この霊はなんと強大な力を持っているのか。
死んだ者を自在に使役する力を持ち、しかも使役されている者にはそんな意識をまったく与えない。
これがリリスの言っていた『墨染めの桜』伝説にでてきた女性なのか。
それが真実なら何の目的でこの桜に憑いているのか確かめなければならない。
そう思いながらバーンは彼女をにらんだ。
彼女がすっと片手をあげた。
今までかしずいていた桜鬼が立ち上がった。
「こやつら……しばらく血にありついてないゆえ、食い散らかすかも知れぬが仕方あるまい」
彼女は髪を揺らしながら、ちらっと後ろの花鬼たちを見た。
襲いかかってくるのは時間の問題だ。
バーンはアニスの方にそっと左手を伸ばし、その身体に触れた。
「…………」
「はい、なんなりと」
バーンが喋ったような気配はないのに、黒猫は受け答えをしていた。
「お任せください。完全補佐します」
アニスはそう言うと、バーンの肩からぴょんと飛び降りて、一回転した。
黒猫の姿から、ツインテールの少女の姿へと
「妾を退屈させた罪、その血をもって償うがよいっ」
彼女がそう言うと、鬼がバーンを目がけて同時に襲いかかってきた。
その前にアニスが立ちはだかった。
「あたしがお相手するわ! ご主人様には手を出させないわよ!!」
小柄な身体で、身軽に鬼たちの最初の一撃をスルリとかわした。
アニスが動くたびに、彼女の首にぶら下がっている鈴がリンリンと音をたてた。
鬼たちのこぶしがあたったの地面には大きな穴が開いていた。
その様子を一瞥することもなく、バーンはずっと彼女の方を見つめていた。
「助けに行かずともよいのか?」
三対一で不利だどうする?と言わんばかりだ。
彼女は勝ち誇ったようにバーンの方をうかがった。
「…………」
何を言われても表情ひとつ、眉ひとつ動かさない。
「たいした自信よの」
口元に手を添えながら彼女は高笑いをした。
「…………」
「その自信がいつまで続くか見物じゃ。…こんなのはどうじゃ?」
彼女の両眼が光り始める。
バーンの周りは、また、闇に包まれた。
彼女も見えなくなった。
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