第13話 変わりゆく風景(4)
『花に…花の美しさに感動してもぉ、心まで許し、預けてしまってはだめですよぉ。絶対に…』
耳元で、リリスの言った言葉が聞こえ、バーンはハッとした。
(ラティ……)
いくら彼女と自分の置かれた状況が同じでも、ここには『仕事』で来ているということを忘れてはならなかった。
それを思い出した。
リリスの心配が的中していた。
(彼女はこれを心配していたのか…。
桜の本性を知らぬ俺が…忘れられない
桜に惑わされている自分にようやく気がついた。
「…やっていることが悪いことだっていうのも…わかってる」
彼女がバーンの横にいつのまにか立っていた。
「なぜ…こんなことを?」
彼も立ち上がった。
それを見ながら、悲しそうに彼女は笑った。
「見て……」
目の前の風景を指さす。
おぼろげしか見えない夜の風景が、再び雲間からさす月光に照らされ、広がっていた。
ショベルカーとダンプに螺旋を描くように削られた赤土がみえる小高い丘。
コンクリートに鉄筋が剥き出しになった建設中の道路の橋桁。
そして、この『墨染めの桜』がある土手の下に流れる川もよく見ると清流ではないことに気がついた。
「悲しかったの。彼と一緒に見た風景が…変わっていくことが」
「…………」
「ここだけは変わってほしくなかった」
彼女はそういうとうつむいた。
「君は…、」
「八つ当たりだったっていいたいんでしょう?」
髪をかき上げながら、バーンの言葉を遮った。
「…………」
この
それとも聞くことのできない桜の言葉を代弁していたのだろうか?
「それで死人も出てるんだ。…償わなくちゃいけない……」
リリスに聞かせられていた事前調査の報告とこの場で霊視した事実を思い返していた。
「そう…ね……」
彼女が唇をかみしめた。
「もうひとつあるだろう? この桜は死にかけている。これを生かすために龍脈の気をここに導いたんじゃないのか? 本来はここに通っていない龍脈の流れを通すことで、桜に生気を与える目的で…」
彼女はきびすを返すと、また桜の木の側へと歩み寄った。
そして、愛おしむように幹に触れた。
「それで自分が怨霊化してれば、世話ないわね」
視線は地面を這う太い根に向けられていた。
「あ~あ、何か、話しちゃったらすっきりした」
もう一度顔を上げて、バーンの方に向き直った。
思いっきり伸びをして、作り笑いをして見せた。
「もう消してくれる? 私を…」
「…………」
バーンは悲しそうに彼女の目を見た。
「俺はそんなことをするために、ここへ来たんじゃないよ…」
信じられないという表情で彼を見た。
「この『墨染めの桜』の浄霊と地鎮が目的なんだ。君を祓いに来たんじゃない。」
「…うそつき。」
そっぽを向きながら、ぽつっとつぶやいた。
肩に留まった野鳥が、また鳴いた。
彼女はその鳥の方に手を伸ばしながら、微笑んだ。
バーンは真っ直ぐに彼女を見て、穏やかな口調で言った。
「約束するよ。2つ…。君が天上で罪を償い終えれば、彼に会える。彼は事故死とはいえ、もう浄化されていて
「……」
「もうひとつ…この桜は枯れない。ここから見える風景は変わっても、この『墨染めの桜』は、変わらない。また来年も、再来年も咲き続けるよ…」
「ほんと?…」
震える声で呟いた彼女の目に光るものがあった。
野鳥が彼女の頬にすり寄りながら、また澄んだ声で鳴いた。
バーンは何も言わず、かすかにうなずいた。
「…俺、普通じゃないんだ…」
そういうとまた光の魔法陣が、『墨染めの桜』の周りに復活した。
あたりは金色の光に包まれ、眩しくて目を開けていられないほどの明るさだ。
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