第11話 変わりゆく風景(2)

「 Od Z Chis E Siach L Ta-Vi-U Od Iaod Thild Ds Hubar PEOAL Soba Cormfa Chis Ta La Vls Od Q-Cocasb E Ca Niis Od Darbs Qaas F Etharzi Od Bliora Ia-Ial Ed-Nas Cicles Bagle Ge-Iad I L」

パアッと一瞬だけ、地面に差し込まれた短剣が、おのおの直線で結ばれたようにオレンジの光が見えた。

が、すぐにそれは消えてしまった。

『墨染めの桜』には変わった様子は何も見られなかった。

夜風が一陣吹いてきて、桜の枝と彼の金髪をかすかに揺らした。

ふうっと、ちょっとため息をつきながら、彼はまた桜の幹のそばへ歩み寄った。

(これで封印を解いて…話ができる……かな)

左手に持っていた球体にもう一度、目をやる。

右手をその球体の上に円を描くようにかざした。

すると、

球体が消え、淡い桜色をした霧のような物体が大きくなっていった。

バーンはそれをそっと地面に置いた。

やがて、それは人のかたちをとりはじめる。

両手を地面につき、身体をひねりながら足を横に揃えている姿をした一人の女性がいた。

ゆるいウェーブのかかった髪がまるで桜の枝のように風に揺れている。

年の頃は二十歳くらいだろうか。

パステルイエローのニットのアンサンブルを着ていた。

彼はその様子を静かに見守っていた。

「………」

「なんてことするのよ!!」

彼女は顔を上げるや否やくってかかった。

「………」

「いきなり身動きできないようにして! ひどいじゃないの!!」

彼女はバーンを睨みつけた。

しかし、彼の方は何も言わずに彼女の横に座り込んだ。

「………」

「………」

彼女もしばらく何も言わず、バーンの方をうかがっていた。

「…少し、話したいんだけどいいかい?」

とても穏やかな口調で、彼がこう切り出した。

視線は彼女の方を見もせず、前方にある対岸の土手に向けられたまま。

彼女は立ち上がりながら、少し後ずさった。

「関係ないでしょ? 何を話せっていう」

桜の幹に手を掛けながら、バーンの背中を凝視した。

話しかけていた唇が、ひらいたまま止まっている。

「………」

驚いた表情で彼を見つめていた。

彼女の顔がこわばっている。

「………」

「あなた。普通じゃないわね?」

彼女の意図する『普通』という言葉が何を意味するのか。

『普通』の人じゃない。

彼の発する『気』からそう感じたのか、あるいは『右眼』に気づいたのかはわからないが、声を震わせながらそう呟いた。

「・・・・」

バーンは、やはり彼女の方は見ようとしない。

そして、少し間をあけるようにして答えた。

「ああ、普通じゃない。」と。

今まで、何度となく言われ続けたこの言葉。

『普通じゃない』。

このあとには決まって人は、こう言った。

『化けモノ』『悪魔』『人間じゃない』と。

これらの言葉に、人々の視線に背を向けるようにして、生きてきた。

他の人たちと同じように『普通』でありたかった。

だが、『右眼』がそれを許さない。

自分は人と違う世界を見ることができ、違う世界から人間ではないものを召喚する力を持ち、それを使役することができた。

この『力』を使えるということは、『普通』ではありえない。

こう素直に、それを認め、答えることができたのは初めてだった。

言葉にして答えられた自分、受け入れた自分に、彼自身驚いていた。

(なぜ?)

『墨染めの桜』の美しさのせいなのか、それとも自分が少し変わったのだろうか?

バーンは戸惑っていた。

そんな彼の様子などわからない彼女は、嫌味でも言うように続けた。

「霊能者かなんか? 御祓いでもしに来たわけ?」

「…そんなとこだ」

くすっと笑いながらバーンが答えた。

「私は、別に何も悪いことしてないわよ。」

「…幻覚を見せていたのは、君だ」

ようやくバーンが、後ろにいる彼女の方に振り返った。

「それは! それは、そうだけど。あの夢から抜け出せる人がいるなんて思ってもみなかった」

彼が幻覚から抜け出したことに、動揺を隠しきれないようだった。

きっと今までこんな事はなかった。

ここに近づいた人は100%間違いなく彼女の幻覚にはまっていたのだろう。

「………」

彼は片目で、右眼を前髪で隠した状態で、彼女を見ていた。

「もう一度、夢を見せてあげる」

『墨染めの桜』を助けを求めるように見上げ、もう一度バーンを見つめた。

「………」

何も起こらないことに不思議そうな顔をした。

「ここに開いていた龍穴は、結界針で遮断してある。君に力を注いでいたその元は断たせてもらったよ……」

周囲にある銀の短剣を指さしながらそう説明した。

「どうして?」

「君と話をするため…」

いつになく、お喋りな自分。

臣人と二人で本業この仕事をやっているときは、役割分担がいつの間にか出来上がっている。

こんなことはしない。

霊を説得するのは臣人の役目だ。

自分は、最後の浄霊。

つまり『力』で何とかするほうの役目だった。

(別に臣人が浄霊をできないわけじゃない。あいつだってプロの術者。

そのへんの心得はある。あいつは、人間だろうが霊だろうが、やんわり、しかもこちらの意図する方に誘導尋問するように説得するのが得意だから。

?

霊と話をするのも、もしかしたら、ひさしぶりかもしれないな……)

臣人がいない。

日本に来て、そんなことはほとんどない。

8年前から、あの事件のあとからずっと臣人は必ず、いつでも、どんなときでも彼のそばにいた。

自分でも気にしないくらい、身近な存在になっていることに改めて気がついた。

臣人と一緒にいるようになって、忘れかけていたことがひとつある。

自分の周りには、もうひとつつきまとう不思議な一致。『死の翼』。

『自分に関わった人間は死んでしまう』という強迫観念にも似た思い。

高校まで、常に人の『死』を目の当たりにし、もうこれ以上死なせたくないという思いから、自分から人との関わりを断っていた。

話しかけることもなく、話をすることもなく。

そんな時期もあった自分が、今、臣人がいないという理由だけで彼女と話をしようとしている。

逆に、彼女はもう亡くなっているという安心感が彼をお喋りにしているのかも知れないが。

「やっぱり、なんだかんだ言ってもプロね。本当はそんな面倒なことをしなくても、あなたの力なら私を除霊吹き飛ばすくらい簡単にできるくせに」

彼女を見たまま表情を変えない。

「………」

「………」

さすがに彼女も気圧された。

「わかったわよ。こんなに、おせっかいな性格でよくこの仕事が務まるわね」

そういうとあきらめたように彼の隣に、ちょっと距離を置いて座った。

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