第7話 樹齢千年の桜(2)
『結構地元ではぁ有名な桜の老木なんですよぉ。それが今年に入ってからぁ花は咲いたんですけどぉ、この木のまわりでぇ交通事故が頻発してぇ…今は立ち入り禁止になっているそうですわぁ』
『交通事故……?』
『見通しのいい道路のようなんですけど、死亡事故が多いとかぁ~』
『…………』
『バーンさんって日本文化に詳しいって訳じゃないですよねぇ。「墨染め」ってぇどんな意味だかご存じですかぁ?』
バーンは首を横に振った。
『人の死を悼むときにぃそんな表現をするときがあります。あとは、散り際に花びらが墨色になって散っていくから、そう呼ばれるだとかぁ』
『…………』
『桜の花っていうのはぁ、他の木と逆の順番で花を咲かせるんですよ~。普通は葉が茂ってから花が咲くんですけどぉ、桜はまったく逆ですぅ』
『…………』
『花が咲いてぇ、それから葉が出るんですぅ。花を咲かせるための養分は前の年から幹に蓄えたものをぉ使うって言われてるんですよぉ』
『桜があんなに美しく咲き、花びらが薄紅色なのはぁ、幹の根元に人間の死体があるからだと…人間の血を吸ってぇ、色づくのだと』
『事故で死んだ人達が…?』
『それはさらに追跡調査をしてみないなんとも。樹が樹なので変な噂が出るのかも知れませんね~』
『樹が…?』
『ええ。墨染めの桜の伝説ってご存じですかぁ~?』
『……いや。』
『女の人の悲恋話なんですけどぉ。何でも~、戦に行って戻らない思い人をず~っと待ち続け、桜に姿を変えてもなお待ち続けたっていう』
『…………』
『その想い人が亡くなった春を悲しんで、「墨染め」になるのだと言われているそうですわぁ。史実かどうかはわかりませんけどぉ~。ロマンチックですよねぇ』
そんなリリスとの会話を思い出しながら、彼はふと立ち止まった。
川沿いの土手に、少し広くなった広場のような場所が見えてきた。
その中央には、それは見事な枝垂れ桜の老木が、何本もの支柱に支えられながら悠然とした姿を現した。
この土手に他に桜の木はない。
この一本だけが、まるでこの場所を支配しているかのように、ほの暮れの中にものすごい存在感で立っていた。
樹齢千年ともなると幹の直径は10mを越すほどの太さである。
幹というよりは、ゴツゴツした岩肌とでもいおうか。
真上に伸びた枝は花がたわわに咲き、枝垂れている。
毎年毎年、この見事な花をつけて、来る春を謳歌してきたんだと、彼は思った。
しかし、この老木のまわりには、何とも似つかわしくない杭打ちをされたロープが四方に張られていた。
そして、そのロープには立ち入り禁止の札も下がっていた。
老木のそばにある道路に眼をやる。
比較的新しいタイヤのスリップの跡が複数残っていた。
それと供えられた菊の花も。
ここは一本道。
カーブがあるわけでも、見通しが悪いわけでもない。
だが、ここで起きている事故はどうやら本当のことらしい。
バーンは、ロープの内側にはいると桜の幹に手を触れた。
「すごい……」
思わず口をついて言葉が出てしまった。
地面から吹きぬけるように、何かの力が湧き上がってきている。
力が手を通して流れ込んでくる。
「これは…?」
幹から手を離すと、手のひらを見つめ、そして握ってみた。
電気が通ったようにまだビリビリしている。
バーンは根元から屋根のようになっている桜の花を見上げた。
風に枝が揺れるのが見える。
花も微かに音をたてて揺れていた。
とにかく、まだ夕暮れで黄昏れている時刻だ。
『仕事』をするには、明るすぎる。
術をかけているところを人に見られては事だ。
もう少しここで、闇を待つことにした。
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