第6話 樹齢千年の桜(1)

電車を2本乗り継いで、ようやく目的地に最も近い駅に降り立った。

ここへ来る途中、電車の窓から、線路を挟んで向こう側の土手にと、至る所に日本の春を代表する桜が咲きほこっているのが見えた。

世界が桜色に染まっている。

新緑にはまだ早い。

その中でこの桜の桜色だけが、目に飛び込んでくる。

風に揺れるたけなわに咲いた桜の枝。

蕾が綻び、春爛漫の中で見事に色をなして咲く様も、花びらがひらひらと舞い落ちている様も…どの様もみなそれぞれに桜のよさを表していた。

その木々の下では、人々が酒を酌み交わし、どんちゃん騒ぎの宴会が繰り広げられている。

春の一風景。

そんな人たちを横目で見ながら、バーンはここへやって来た。

いつもなら、臣人が一緒にいれば、酒好きの彼のことだ静かさを好むバーンを無理繰りその宴会へと引きずって行くであろう。

その臣人が今日はいない。

思いのほか、静かな状況に戸惑いながら桜の花を眺めることになろうとは思いもしなかった。

日本に来て4度目の春。

24歳の春。

桜の花が日本人の心を狂わせるのか、それともこの待ちわびた春という季節そのものが狂わせるのだろうか。

アメリカ人の自分にはなかなか理解しにくい感情だと思いながら、駅前にあるバスプールからバスに乗り込んだ。



町の中心部から離れて、かれこれ25分になろうか。

川に沿ってはしる道をバスはとてもゆったりしたスピードで運行していた。

人通りもだいぶ少なくなってきている。

窓の傍に座り、ぼんやりと外を眺めていた。

畑や田んぼが続く、長閑な風景が広がっていた。

遠くには結構高い山々が見える。

その山の峰にも淡い桜色が所々点在して、霞んで見える。

太陽もだいぶ傾き、紫色に霞んだ東の空には朧月がぽっかりと顔を出してきた。

車内アナウンスがある地名を告げる。

バーンは席を立って、バスを降りた。

運転手に『こんなところで降りて、何の用だい?』という顔をされながら、料金だけ箱の中に入れて、知らんぷりして降りた。

バックも何も持たず、身体ひとつでここまで来てしまったのだ。

さすがに旅行者には見えないだろう。

それとも、よほど外国人がめずらしいのか。

ポケットに片手を突っ込んだまま、バスの後ろ姿を見送った。

他の乗客はいたものの、彼以外には誰も降りなかった。

バスが行ってしまった後、あたりには風の吹く音もなく、鳥のさえずる声もなく、はんなりした空気がただよっていた。

どこからともなく鐘の音が、のどかにやわらかく聞こえた。

「…………」

彼は土手沿いに歩き始めた。

土手の下にはそんなに大きくはないが川が流れていた。

目指すは、樹齢千年の「墨染めの桜」と呼ばれる老木。

何時間か前にリリスから話されたこの桜の状況が思い出された。

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