第5話 本業(2)

「俺では?」

真面目な顔で考え込んでいる。

エメラルド色の目が綺麗だ。

「バーンさんが悪いわけではないんですけどぉ、ちょ~っと心配ですぅ」

両手を握って顔に当てている。

「………」

「どうしようかなぁ??」

首をかしげて本気で困っているように見える。

「…臣人はしばらく戻らないよ」

バーンは、またコーヒーが入ったカップを口元へと運びながら、いつもの淡々とした口調で言った。

「あらぁ、なぜですの?」

「泊まりがけで出張。全国技家研究大会とかなんとか…」

「まあ。そういえば、忘れてましたわぁ。お二人とも高校の先生になったんでしたわねぇ」

「だから、俺がやるよ」

「でもぉ…」

ここまで彼女が渋る理由がバーンには思い当たらなかった。

今までであれば、こんなことはない。

臣人に来た仕事でも替わってやるなんて事はいつものことだ。

「…………」

コーヒーを飲みながらリリスを見た。

「そうですかぁ?」

「で?」

「桜の古木の浄霊と地鎮ですわぁ。詳しくはぁ、この中にぃ資料が…」

カウンターの下から茶封筒を取り出して、上に置いた。

バーンが中から書類をとりだして、読もうとした。

「…………」

彼の書類をめくる手が止まっている。

「あ、ごめんなさ~い。わたくしとしたことがぁ。臣人さんに頼もうとばかりぃ思っていたのでぇ、資料は日本語でしたわ」

大きく開けた口を手で覆い隠すように、リリスは自分のミスに驚いた。

すぐに、ぺろっと舌を出し、首をかしげて右手でコツンと自分の頭をたたいた。

ちょっと困った顔をしたバーンだった。

日本に住んで、4年になる。

が、話す方は他の日本人とさして変わりなくできるようになったものの、文章を読む方はやはり難しかった。

ちょっとした文なら読めるのだが、こういう類の調査書はまったく駄目だった。

いつもなら臣人が解読して、解説してくれる。

その臣人も、今日はいない。

「…いいさ。場所と状況だけ教えてくれれば、何とかするよ…」

カップをソーサーの上に置いた。

「は~い。でもぉ、そのまえにぃ、ひとつ。この時期の桜を甘く見てはいけませんよぉ」

バーンの顔をじっと見ながら、人差し指を立てて念を押すようにリリスが近づいてきた。

「…………」

なんだ!?と思いながら、彼も彼女を見返した。

「花に…花の美しさに感動してもぉ、心まで許し、預けてしまってはだめですよぉ。絶対に。なかには妖力を持っている木でもあるんですからぁ…。特にバーンさんは外国の方ですし」

「…………」

ちょっとリリスの迫力に負けそうになっているバーンだった。

「日本人の桜への思い入れというのはぁとても特別なものがあるんですよぉ。わかりますぅ?」

自分が日本人のような口振りである。(注:リリスも外国人です。)

「……心配性だな」

この仕事を臣人とこの日本で始めてから、同じように4年の年月が経過している。

今まで危ない目に遭ったのは1度や2度ではない。

そんのことはわかっているはずなのに、リリスはなぜこんなにも念を押すのか不思議だった。

「臣人さんがこの仕事をするんならぁ、こ~んな心配はしませんわぁ。心配なのはぁ、その桜のまわりで起こっていることがぁ。幻覚や幻聴を伴う事故が主だからですぅ」

「…………」

(幻覚…と幻聴か……)

何となくリリスの意図することがわかった気がした。

仕事を受けたのが『俺』だから心配していたのだ、彼女は。

バーンはイスから立ち上がった。

それを察してリリスも口を結んだ。

「と、ここでぇそんなことを言っていてもぉ、仕方がありませんわねぇ」

にこっとまた彼女は微笑んだ。

「場所はぁ…」


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