第4話 本業(1)

明るい、あたたかい陽射しが差し込む春の陽。

風が薫る季節。

梅の季節が終わり、もう桜の季節。

どこでも、街のどんな小さな花壇でも春の訪れを告げるように色とりどりの花が咲きほこる。

どこかウキウキするような季節になっていた。



カラーン。

ドアベルが心地よく鳴った。

地下にあるこのテルミヌスの店内には、春の雰囲気は全く感じられない。

いつもと同じ落ち着いた雰囲気だ。

ちょっと落とし目の照明のなかに、ヨーロッパの中世を感じさせるソファやテーブルの家具が独特のムードをかもし出している。

古い中にも、懐かしい感じがするのはなぜなのだろうか。

黒いバーテンダーの服をピシッと着たリリスが入り口を見ると、バーンが店内に入ってくるのが見えた。

青いチェックのシャツにジーンズという軽装だ。

「いらっしゃいませぇ~」

ちょっと微笑んで彼をカウンターから迎えた。

いつも続いて入ってくる臣人がいなかった。

「あら~、今日はおひとりですのぉ?」

テンポのずれたほんわかとした口調に、思わず笑いそうになる。

「…………」

バーンは何も言わずに、リリスが居るカウンターに座った。

足元にいた黒猫が彼にまとわりついた。

小さな声でニャアァと鳴いている。

バーンはちょっとかがみながら、その黒猫の頭をなでた。

「めずらしいですわねぇ〜」

まったりとした雰囲気で彼女はグラスを磨く手をとめて、バーンの顔をゆっくり見た。

「何にしますぅ?」

「…………」

無表情で、なにも答えない。

そんなことは気にせずに、ニコニコしている。

「アメリカンでいいですかぁ?」

「…………」

微かにバーンがうなずいた。

「ちょっとお待ちくださいねぇ〜」

と、いいながらサイフォンの準備を始めた。

頬杖をつきながら、カウンターの端に飾られている大きな花びんに見事に、しかも豪華に生けられている切り花に眼を向けた。

そこにスポットライトがあたり、暗い中に一際浮き上がって見える。

赤、ピンク、黄色、オレンジと色とりどりの花が咲きほこっている。

切り花とはいえ、躍動感を感じずにはいられないような華たちだった。

コポコポッとお湯がサイフォンの中へと上っていく。

「お気に召しましたぁ? 私が生けた華は?」

もう一度視線をリリスに移すと、彼女は白いカップ&ソーサーをトレイにのせたままで、笑って立っていた。

あたりはコーヒーの香ばしい香りに包まれている。

「…………」

表情を変えないで彼女を見返した。

「そんなに驚いた顔しないでくださいよぉ~。近頃ちょっと華道に凝っているんですよぉ。とはいっても自己流ですけどね~」

そんな顔をしたつもりはないのだが、彼女はちょっとした彼の心の動きでも感じとれる才能でもあるようだった。

カウンターにすっとカップが置かれた。

湯気が立ちのぼっていく。

バーンはカップを持つと、一口、熱いコーヒーを流し込んだ。

その様子をニコニコしながらリリスが見守っていた。

店内には二人きり。

他の客は誰もいなかった。

BGMも何も流れていない静かな店内で、バーンは一杯のコーヒーを楽しんでいた。

「……リリス?」

一息ついてからバーンがこう切り出した。

「はぁい?」

「臣人に何か用でもあったのかい?」

ようやくバーンが言葉らしい言葉を話した。

「用ってほどでもありませんけどぉ。お仕事の依頼が来てたんですよぉ。締め切りがぁ、今日明日っていう急ぎのお話ではないんですけどねぇ〜」

語尾が、なんだか不自然に伸びている。

リリスの背はとても小さいので、小学生と話している気分になってくる。

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