第2話 伝説(2)

交わした言葉通り、二人はこの『桜』の下で何度も逢瀬を繰り返しました。

姫にとっても耀桂にとっても、身分の違いなど大きな問題ではありませんでした。

仏門に下った耀桂も、婚儀が決まっていた姫も初めて知った恋でした。

やがて、その噂が父宮の耳にまで届いてしまいました。

激怒した父宮は、家来衆に耀桂を見つけだし、捕らえてくるように命じました。

程なく、耀桂は父宮の前に引っ立てられました。

厳しい追及と責め苦が彼を襲いました。

彼は姫君とのことを肯定も否定もしませんでした。

どんなに責められても、ただ『お許しを』と言い続けるだけでした。


肯定することで姫君を自分と同じような目に遭わせたくなかったのです。

否定することで姫君を好きだという己の心に背きたくなかったのです。


やがて、そんな許しの言葉も言えなくなるほどに耀桂は家来衆から痛めつけられて、虫の息でした。

どこからかそのことを聞きつけた姫が、父宮の元に駆けつけ、泣きながら許しを請いました。

しかし、父宮は姫君の言葉を聞き入れてはくれませんでした。

御家の面目もあります。

婚儀前の大切な娘を奪われた怒りもあります。

父宮は何より耀桂を許せませんでした。

噂を噂のまま、なかったことにするために父宮は耀桂を殺害することにしました。

それと同時に、姫の目の前で殺してしまえば、あきらめもつくだろうと踏んだからです。

姫は半狂乱になって、父宮に懇願しました。

『あの方の命を助けてくださるのなら、わたくしはいかなる事でも致しましょう』と。

その言葉を父宮は聞き逃しませんでした。

『ならば、こやつを想うことをやめ、決められた婚儀に臨め』と。

ハッとして首を横に振ろうとしたその時です。

『姫っ!』

息も絶え絶えに、耀桂が叫びました。

そして、首を振ったのです。

(逆らってはなりません。

私一人の身でなんとかなるのなら、それでよいのです。)

耀桂はわかっていたのです。

この世で、姫君と結ばれることがないと。

それでも、姫君のことを想っていると。

姫は泣き崩れながらそれを承諾しました。

耀桂の命が助かるのならば、それでいいと思ったからです。

父宮は満足そうに笑いました。

家来衆のひとりを呼ぶと耀桂を屋敷から出すように言いつけました。

そして、もう一言何かを付け加えました。

こくっと家来はうなずきました。

ぐったりとした耀桂は家来衆に両腕を抱えるようにして連れて行かれました。

ふいに顔が上がりました。

何かを言いたげに、姫の顔を見つめていました。

同じように姫も耀桂の顔を見つめていました。

言葉を交わすことも、触れることも許されませんでした。


その後、耀桂の消息は用として知れませんでした。

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