第9話 シャヌラ-3
僕はもう一度金具を見る。初めて生でお目見えするドアをノックするためのもの。海外の映画ではたまに出演している。正直、僕もこれでノックしてみたい。憧れる。
「俺もやってみたい」ぼっさんが軽く手を挙げる。
「ボクも」とうにやんも参戦してきた。
何か。何かアイディアはないか。僕が優先してノックする口実が……。
「みんなで一緒にノックするのは?」うにやんの提案。
「それだと、ノックしている感覚がよくわからないでしょ」ぼっさんが一蹴する。
「じゃあ、一人ずつ順番にノックすれば?」おんちゃんが淡々と発する。
「いや。町長さんに迷惑になるよ。何回もノックされたら恐怖を感じてしまうかも」ぼっさんがさらに一蹴。
結局、じゃんけんをして決めることになり、結果、おんちゃんがノックをする権利を勝ち取った。
「ところで、この金具の名前は何なの?」おんちゃんは握る相手の名前を質問してくる。
みな首を傾げる。
「ドアノックとか」ぼっさんが適当言う。
まぁいいやと改めて金具の輪っかを握ろうとするおんちゃん。
するとドアノブが勝手に動き、キィっと扉が開いた。
「どのようなご用でしょうか」年配の女性がゆっくりと姿を現した。
どうやら僕たちがやいのやいのしているうちに気づいたみたいだ。
「えーっと。町長さんはいらっしゃいますか?」
「主人は今外出中でじきに戻ると思いますが……」町長夫人は僕たちの姿を上から下へとのぞく。「よろしければ上がって待ちますか?」何を思ったのか夫人は僕たちを家へ入れてくれるみたいだ。
玄関に入ると靴が下に置かれている。どうやら靴を脱ぐ習慣みたいだ。しかし僕たちにそれは無い。玄関でどぎまぎしていると拭くものを持ってきて下さり、僕たちは足の砂を落とした。そしてスリッパに履き替えリビングに案内された。
テーブル席に促され着席。夫人はいそいそとお茶の用意を始めた。失礼ながら首をひねり、身体をひねり周りを見渡した。外観は石造りではあるが、内壁は木造でできており、床もサラサラの感触の木が敷きつめてある。それと、観葉植物やら木彫りの犬などが置かれているのが見える。犬好きなのかな。
コトっと目の前にソーサーに乗ったティーカップとお菓子が置かれ、夫人も着席する。僕たちは軽く会釈した。
「どうぞどうぞ」とお茶をすすめられ、皆で夫人と合わせて一口いただく。お茶は青色をしているが、紅茶のような味がする。
ふぅっと夫人が息を漏らし。「どうなさったのですか?」と事情を聞いてくる。
僕たちは他の世界から来たこと、チヴェカさんに町長さんを紹介されたこと、おんちゃんが裸で林の中を駆け巡ったこと、商店街で声を掛けた男性の困惑した表情が忘れられないことなど、笑いあり涙なしの話を緩急つけて説明した。
夫人はお菓子をつまみ、おもしろいわねという表情をしながら興味深く話を聞いてくれた。
「チヴェカさんに声を掛けられたのは不幸中の幸いだったわね」
「そうなんですよー」とおんちゃんがお菓子を手に持ち笑いながら話す。
「あぁでも主人が帰ってこないと、どう助けたらいいか分からないのでもう少し待ってくださる」
「はい。待ちます」ぼっさんがキリッと返事をする。眼鏡がお茶の湯気で曇ってるぞ。
「それまで、もう少しみなさんのお話を聞かせてください」
それから、僕たちは自分たちのこと、自分たちの世界のことをお話した。そしていつの間にか、料理の話題に移っていた。
ぼっさんは高校卒業後、一人暮らしを始め自炊をしており料理の知識が多少あるとのことで、夫人と話が弾んでいた。並んで、おんちゃんもお菓子作りをたまにしており、料理談義に混じっていた。
うにやんと僕は席を立ち、リビングの装飾品を見せてもらうことにした。うにやんは壁に掛けられている油彩の風景画を眺めている。僕は先ほど見つけた木彫りの犬を手にとっていた。夫人から触れる許可はもらっている。
玄関の金具の犬は鼻が長く耳が尖って、凛々しい顔つきをしていたが、この木彫りは逆に鼻が短く、耳も垂れ下がって、足も短い、朗らかな顔だ。
カチャっとドアノブが動く音がして、「ただいま」と男性の声がした。
そして足音とともにリビングのドアが開かれ、眼鏡を掛けた少し痩せている男性が現れた。
「おかえりなさい」と夫人が席を立ち声を掛ける。僕たちも「おかえりなさいませ」と後に続く。
男性は目をまるくし驚いている様子。
「いつのまにか執事が四人も」とリビングに入ってきてからの第一声。
これはボケなのか? 笑えばいいのか? 試されているのか?
「…………」
結局、笑っているのは鈴知こもかだけだった。
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