第8話 シャヌラ-2

 女性は走ってきたのか、少し息が荒く、肩を上下させている。


「町長さんの家を探していると聞いたのですが……」ショートカットの明るい茶色の髪を揺らす女性。


 よく見ると、少し童顔でセブンティーンくらいに見える。


「はい。商店街の人に教えてもらいましたが、迷っています」ぼっさんがハキハキと答える。


「よろしければ案内します」グレーで半袖のカットソーを着て、細身のデニムと赤茶色の皮靴を履きこなす女の子が率先して迷える子羊たちを町長の家という牧舎に連れていってくれるそうだ。


「案内は嬉しいのですが、私たちみたいな変な人たちと一緒に居ても大丈夫ですか? ちなみにお金も無いですよ」ぼっさんも怪しいと思ったのか、少し質問をして探りを入れ出した。


「いえ。お金が欲しいという訳ではなくて……」少し俯いてしまう。


 僕たちは急かさないように次の言葉が出るまで黙っている。


「あの、その代わり……」さらに声のトーンが落ちる。


 なんだ。何がお望みなんだ。


「そちらの服に描かれている絵を近くでみせて下さいっ!」うにやんのことを手のひらで示しながら、今日一番の大きな声を聞いた。


「絵っ!?」声の大きさに少し驚き、聞き返してしまう。


「はい。その絵を。是非」先ほどと違って迷いの無い眼をしていらっしゃる。


 取り敢えずうにやんの方を見る。


「良いですよ」うにやんの許可が出た。



 女の子の名はカラルルという。絵描きを目指しているそうで、商店街でうにやんのTシャツに描かれている鈴知こもかのイラストに衝撃を受け、話しかけようか迷っていたそうな。しかし、衆目の前では話かけ辛く、話すきっかけも見当たらなかったらしい。そこで、僕たちが町長の家を探しているということを知り、追いかけてきたとのこと。


 道案内をしてもらいながら上記のいきさつを聞いた。


「ところで、町長さんの家にどのような用事なんですか?」カラルルさんの可愛らしい声が脳内に響く。


「ああぁぁ」と自分たちの素性を明かして良いものかどうか迷い、変な声が出る。そしてぼっさんの顔を見る。


 頷くぼっさん。


「僕たち、別の世界から来たんですけど……」カラルルさんの様子を伺う。


「……。あ、だから、このような素晴らしい絵が描かれた服を着てるんですね」鈴知こもかをベタ誉め。うにやんも嬉しそうで誇らしそう。


「で、町の外でさまよっているところ、チヴェカさんという人に出会い……」


 ふんふんと興味深そうに顔を上下するカラルルさん。


「町長の家を訪ねれば助けてくれますよって教えてもらったんです」


「でも家の場所までは聞けなかったんですね」


「そういうこと。チヴェカさんも急いでいたので」チヴェカさんをフォローしておく。


「チヴェカさんの仕事柄そうですよね」


「彼女のこと知ってるの?」ぼっさんが入ってくる。


「はい。このあたりの町々の手紙や物などを運んでいるんですよ」


 へぇーっと皆の声が揃う。


「普通は町と町の間を行き来している馬車に配達物を載せるんですけど、急ぎの場合はチヴェカさんのような有翼人の方たちに頼むんです」


 なるほどーっと四人で美しくないハーモニーを奏でる。



 その後、カラルルさんは鈴知こもかを観察しながら、うにやんと話し始めた。うにやんも絵描きの端くれ、経験と知識があるので話が弾んでいる。色の配色、彩度や明度のことから、人体の構造、衣服のシワの描き方など色々と語り合っていた。ちなみにTシャツの鈴知こもかはうにやんが描いた訳ではなく、公式のイラストレーターさんの作品である。


 そんなこんなで町長さんの家にたどり着いた。野菜売りの主人のいう通り青色の家だ。石造りの壁全体が青く染まっている。青色というより水色に近いかな。屋根は小さな朱色の瓦が敷き詰められている。町長の家といっても色以外他の家と大して変わらない気がする。少し大きいかなという感じだ。


「それでは、私はこれで。鈴知こもかさんを見せて下さりありがとうございました。勉強になりました」甲斐甲斐しくもお礼をしてくれるカラルルさん。いつの間にやら、こもかの名前覚えてる。


「いやいや。こちらこそ助かりました」


 街灯に照らされるカラルルさんの姿が見えなくなるのを見届けてから、皆の方に向き直る。


 うにやんがTシャツを前面に出し、鈴知こもかを強調してくる。僕たち三人は鈴知こもかさんに感謝の意を述べた。


 そして、改めて町長さんの家に体を向ける。すっかり夜だ。こんな時間に訪ねて大丈夫だろうかと少し不安になる。


 僕は呼吸を整え、扉に付いている犬が輪っかを咥えた金具に手を伸ばす。


「ちょっとまった」おんちゃんが静止してくる。


 どうしたのっと顔を向ける。


 おんちゃんは犬の金具を指差しこう言った。


「それ、私がやりたい」

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